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その百二 静養

 

「助けて!マオー!」


 暗闇の中で誰かがワタシを呼んでいる。

 誰かは分からない。だが、助けを求めているのなら行かねば。

 そう思い、声のする方に走った。


「マオー!マオー!」


「っ!マリ!!」


 声の主がマリだと気づき、足を速めるがどんどん遠ざかっていく。

 最後には暗闇の向こうへと消え、そこには新たに現れた影だけが残った。


「古き王よ。貴方の負けだ」


「ザヲ!貴様ぁ!」


 やがてワタシの視界は、瞬く間に白へと染まった。




「_______________うおっ!!」


 覚醒と同時に声を上げた。

 まず目に入ったのは、見慣れない天井。

 木やツタなどの緑に埋め尽くされた、自然由来な空間であった。


「ゆ、夢か……?ここは」


 辺りを手探った。

 どうやらワタシはベッドの上にいる。

 何やら寝ていたようだが……。


「……あ」


「おや、目が合いましたね。おはようございます、マリー」


 見回していると、ベッドのすぐ横で座っていたクルと目が合った。

 見た目だけでは誰か判断できないほどの包帯を身に包んでいる。

 だが、くぐもった声色からはいつもの調子なのが(うかが)えた。


「クル、ちゃん先輩……ここは?」


「一度泊まったあの宿屋らしいです。どうやら地下らしいですけど」


「あぁ……えと、間違ってたらすいませんけど、私達ちょっと前まで魔族の本拠地にいませんでした?」


「あってますよ。昨日までそこにいましたから」


「昨日……あそこまでの移動には数日かかりますよ、ね?」


「……ふーふん?」


 クルは眉を八の字にして肩をすくめた。

 どういうことか分からない、というジェスチャーだ。


 その様子に思わず深く息をつく。

 結局分かったのは、ここが宿屋の地下であること。

 地下の割には木漏れ日のような明かりが照らされている。


「ま、細かいことはいいんじゃないですか?皆無事みたいですし」


「皆、無事……本当ですか?」


「本当です。まだ朝ですし、疲れてるでしょうからまずは朝食を取りましょう。皆のとこまで行きますよ」


 今は朝、という新たな情報に困惑しつつもワタシはクルの手に引かれていった。


 〜〜〜〜〜〜


「はいはい。皆さんおはようございまーす」


 クルの健やかな挨拶が響き渡る。

 寝室を出るとすぐそこに大広間が広がった。

 ここも青々とした自然に囲まれており、地下とは思えないほど優しい光に包まれていた。


「おはよ。遅い起床ね」


 中心に置かれた大きな木製テーブルではトーストを頬張るケイナが1人だけいた。


「だって、マリーが起きなかったですもん。ボクはずっと前から起きて……ふあぁ」


「その割には起きたてみたいな欠伸(あくび)するじゃない」


「ケイナ……無事、だったのか?」


「はァ……そういう反応すると思った。ほーら、みたら分かるでしょ?」


 ケイナは服をたくし上げ、腰から上を顕わにした。

 見ると血の滲んだ包帯が胸元に巻かれている。


「魔族にやられたのか?」


「いや、アタシの内包式(スクロール)の副作用みたいなもん?……でもしっかり生きてるから安心なさい」


「そうか……良かった……」


「うわー!!そんな、素肌て!ケイニィ、朝っぱらからハレンチですよ!刺激が強すぎです!」


「何よ。女同士だから大丈夫でしょ?どんだけ初心なのよ」


「なっ!ボっ、ボク男ですから!これでも!」


「ぇ、そうなの?私てっきり女の子かと」


「まだ13歳ですけど、これでも男!正真正銘の男ですから!」


「……ほーら、ほーら」


「うわぁ!止めて!止めてってば!」


 顔をほんのり赤らめながら露出するケイナに、クルは顔を覆った。

 そんな平和な光景に苦笑しながらも、ワタシは椅子に腰を下ろした。


 ガチャリ


 席に着いた瞬間、広間のどこかのドアが開いた。


「く、ああ……頭痛いなぁ……」


「ふぁぁ……おはよぉごぁんましゅ……」


 ドアからは険しい表情のレイミとぬいぐるみを抱えたマインが入ってきた。

 やはり両者とも同じように、どこかを怪我をしていた。


「……ぁ、ねぇさん。ぉきたんですねぇ」


「おはよう。そういうマインはまだ目覚めきった感じではないな」


「ふふ……ねぇさん、きのうはおきなかったから……いっしょにおさけのめな」


「ああ!マママイン!朝食食べましょう!まずは、その、眠気を覚ましてから、マリ様とお喋りしましょうね!」


「ぁい」


「おい、レイミ。今、マインが酒がどうとか言ってなかったか?」


「気のせいでは」


「……後で話がある」


「御、意……う、頭も痛いし、最悪です……」


 それぞれが席に着き、朝食を取り始めた。

 カチャカチャという食器の音。

 何故かどこからともなく聞こえる小鳥のさえずり。

 戦いとは無縁な光景が、何よりワタシを安心させた。


「……ぅぐぉ……」


 遠くの席で酒瓶片手に倒れているセリルが見えた。

 あの日を共にした者達が、無事そこに揃っているのだ。

 これより嬉しいことはなかった。


「_______________さて、これで揃いましたかな?」


 突然のしわがれた声と共に、正面のドアが開かれた。

 現れたのは精悍な顔立ちの中年。

 ローブを包んだその身からは只者ではない雰囲気が漂っている。

 ワタシは思わず身構えた。


「……誰だ貴様」


「ふむ?あぁそうか……これなら分かりますな?」


 中年が自身の顔に手をかざすと、その顔はさらに年期の入ったものへと変化した。

 図書館にいた、そしてワタシを助けた老人と全く同じ顔である。


「ふぅ、これで誤解は解けましたな……」


「っ、ああ、そう、だな……?」


「ちょっとマリー、いきなり立たないでください。びっくりするじゃないですか」


「あ、すまん」


「全く、食事の場くらい落ち着きを持ちなさいな」


「あぁ、そうだな……少し落ち着こう」


「ふむふむ。どれ、ワシも朝食をいただくとしましょうか」


「……って、なるか!!」


 立ち込める静寂をはね飛ばした。


「おい!貴様は結局なんなんだ!いきなり現れて何から何まで!ザヲと同じくらい訳がわからんぞ!」


「む、むぅ……お嬢さん方、何やらマリ嬢がご乱心であるのですが、どうすれば?」


「マリー、ウェイ、ウェイウェイ」

「バカ後輩、落ち着いてー」

「マリ様。その怒りここで発散しておいてください」

「ねぇさん、おちついてくださーい」


 朝食に集中してるからか、適当な鎮めの言葉が辺りから飛んでくる。

 皆、何故だか謎の中年を前にしながら落ち着いていた。


「な、んなんだお前ら」


「は_______________申し訳ありませぬ。マリ嬢だけ、ワシの自己紹介がまだでした。いや失敬失敬」


「あ?何だ急に……」


 中年は席を立つと、深々と頭を下げた。


「ワシの名はコーサス・セイヴハート。貴女を討伐した勇者、ジン・セイヴハートの()()でございます」


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