その百一 黒幕
「マ、オー……」
目の前の黒騎士が、ワタシの名を口にする。
その名でワタシを呼ぶのは1人。
マリ・セイヴハートただ1人である。
「マリ_______________そんな、馬鹿な」
「ぁ……いや、いやあああぁぁぁ!!!」
マリは途端に頭を押さえ、叫び始めた。
その悲痛な叫びから、彼女は正常ではないと分かる。
迷うことなくその手に触れた。
「お前、本当に……いや間違いない!マリなんだろ?!」
「あああぁぁぁぁ!!!」
「しっかりしろ!マリ!どうしたんだ!」
「私、私、ローナちゃんを!ローナちゃんを!!」
いつかの光景がフラッシュバックした。
息絶えたローナとその場に立ち尽くした黒騎士の姿。
あの日、あの場にいたのも、まさか。
「ぁ、いや、いやいやいやいやいや、やめてえぇぇ!!!」
突如、頭上に魔法陣が現れるとマリの叫びは一層強まっていった。
浮かぶ魔法陣、見覚えのある光景であった。
「これは、フィンの内包式か……?!」
「あーあ、何で戦うの止めちゃうかな」
声に振り向く。
そこに立っていたのは、身動きが取れなかったはずのザヲであった。
「ザヲ!やはり貴様が……!何が目的だ!!」
「別に目的なんて無いよ……強いて言うなら、実験かな?」
「っ、マリに何をしたんだ!何故こんなことになっている!」
「さあ?自分で考えなよ。古、き、王」
パチン、とザヲが指を鳴らすと、マリを纏っていた鎧は再生を始めた。
漆黒は徐々に剥き出された肌を埋めつくしていく。
「ぁァ……まオー、タ、すケ、テ……」
「っ!マリ!!」
「へっ、いいからそういうの。さっさと戦って決着着けちゃってよ」
「何、を……」
ザヲの表情が退屈そうに歪んだ。
シルクハットが脱げ、顕になる黄色い髪、そして光る赤い瞳……ワタシはどこかでその顔を見たことがあった。
いつかは分からない。
だが、ワタシは一度コイツにあったことがあった。
「貴様、一体……!」
「マ、オオオオオォォォォ!!」
ワタシの動揺などつゆ知らず、黒騎士となったマリは突撃してきた。
「おい!マリ!しっかりしろ、私だ!お前の親友の魔王だぞ!よく見ろ!」
「ァ、マオォォオ!!マオォォ!!」
「ヒョッハハ!っおぉい!元でも魔王なんだろ?なに逃げてやがんだよ!ちゃんと戦え!愛しのマリちゃんもっと苦しめんぞぉ?ええ?!」
「ッァ!ァ、アァ、マオオオォォ!!!」
ザヲが何かの合図を出すと、黒騎士の叫びは更に苦しげなものになった。
何が何なのか分からない。
何故マリがここにいるのか。何故魔王としてここにいるのか。何故ワタシとこうして対峙してるのかも。
「許、さん……」
分かるのはただ1つ。
ザヲ。この魔族がワタシの敵だということ。
「……ザヲ!貴様は万死に値するぞ!!」
「いや、いいからはやく戦えよ(笑)」
瞬間、辺り一帯が影に落ちた。
影の正体はその上空にある。
「マオオォォォ!!」
切っ先を向けて投げられた数本の大剣。
間違いなく、全てワタシを殺し得る黒の大剣だ。
物量、速度、共に今のワタシが対処出来るものではなかった。
今度こそ、死を覚悟した。
ガ ィ ン ッ !!
次の瞬間、ワタシの前を巨大な防壁が遮った。
「ほっ、ほっ、ほっ、お困りのようですな」
「?!_______________お前」
前に現れたのは腰の曲がった小さな老人。
勇者が生まれたというあの街の図書館にいた、あの老人だった。
「貴様、何をしている?!」
「ほれ」
低い金属音と共に大剣の群れは大きく跳ね返った。
異様な光景だ。
今の攻撃なら並の防御など紙のように貫いてしまうはずだ。
「あ?なんだ、あのジジイ」
「アァ、アアァァァァ!!」
黒騎士は間髪入れずに飛びかかる。
何の躊躇いもなく剣を咥えて走ってきた。
だが老人は超速度で接近する脅威に臆することすらない。
「お嬢さん。少しだけ、このご友人には眠ってもらいますぞ」
老人はフードを深く被ると両手を差し出して構えた。
ゆっくりとしたその動作に対して、黒騎士は遠慮なく剣を振るう。
風を割り、勢い任せに下ろされる大剣。
老人はその過重なる一撃を、皮と骨だけの腕で受けた。
フ ォ ン
まるで重力が無くなったかのように、黒騎士は大剣ごと宙を舞った。
「……!」
ザヲはその光景に息を呑んだ。
ザヲすら予想外の援軍。まるで状況が読めないが、これなら、勝て_______________
「よし、お嬢さん!逃げますぞ!」
「な、なにィ?!」
汗を一滴もかいていない老人は、焦った様子でワタシの手を引いた。
「ま、待て、何をしている!このままいけば勝てるだろ!」
「今は無理です!脱出の手筈は整えておりますので、さあ!」
「マリは、あいつはどうにかならないのか!私はあいつを救わねばならんのだ!」
「それも今は無理です!説明は後でいくらでもします。だから!」
老人と共に逃げようと踏み出した。
その刹那。
「おい。なに台無しにして逃げようとしてんだクソジジイ!」
「っ、お嬢さん!目をつぶりなさい!」
這うように近づいてきたザヲ目掛けて、老人が光を放む。
その一瞬の隙を縫うようにして、ワタシ達はその場を後にした。




