その百 中身
「_______________う、ぐ」
「もういいだろう。勝負は決まった」
足元で仰向けになっているタリムを見ながら言った。
敵側の幹部でもある彼女との戦いは、ものの数分で決着が着いた。
ワタシの心中には何とも言えない感情が渦巻いていた。
「どうして、そんな顔してるんですか」
「……私は」
「敵ですよ。味方じゃないんです!なのに、どうして?」
「すまん、分からないんだ」
「っ!何をっ……さっさとトドメを刺せばいいじゃないですか!!」
晴れない気持ちのまま、倒れたタリムに手をかざし、小さく力を込めた。
タリムの再生力なら死ぬことは無い。
しばらくの間、姿を消すだけだ。
「言っておくが、どんな境遇になろうと私の中のタリムは変わっていない」
「っ、よく見ろよ。貴女を裏切った女だ!これは貴女を見限って、貴女に逆らった魔族の顔なんだよ!」
タリムは苦しげに立ち上がり、向けられたワタシの手を胸に当てた。
「その攻撃は、私を殺すためのものでしょう?!」
「……そうだ」
「本当の魔王なら、裏切り者に情けなんてかけるな!貴女がそんなだから、私は、私は!」
「_______________すまん」
覚悟はとうに決めた。
だと言うのに、彼女を前にして緩めてしまった。
情に負けたワタシは、誤魔化すように微笑み返した。
「この……バカ……!」
最後の表情すら見ることなく、魔術を放った。
霧散する肉体、漂う魔力の残滓を見てからワタシは肩を撫で下ろした。
よかった、もうアイツと戦わなくていい。
そう思っていた。
「マリ様、行けますか?」
「……大丈夫だ。ウェルスこそ、平気か?」
「貴女とタリム自身が決めた結果です。何も」
「……行こう」
〜〜〜〜〜〜
徐々に近づいている強大な力。
新魔王の居るという王の間は、もうそこまで来ている。
あれから、不思議なことに他の魔族と遭遇することはなかった。
「おかしい。タリムが気づいているのに、僕らの他に来ないわけが……」
「ん?お前が会わないように誘導してくれてたんじゃないのか」
「いや、確かにそうなるようにはしていますが」
ウェルスが怪しむのも納得だった。
いくら周りを探ってみても魔力は感じられない。
感じられたのは王の間にいる存在だけである。
「好都合だろう。気にせずこのまま行くぞ」
「おい魔王、お前は落ち着いてるか?」
「馬鹿言え。私は今、復讐のために来ているのではない」
「……そうか。それなら、いい」
気に入らない奴をぶっ飛ばすだけだ。
言わずとも心で唱えながら、目の前のドアを開けた。
ギィ……
重苦しい音で扉は動く。
少しずつ開いていく向こうの情景にまず見えたものは。
「……ォ」
玉座に座した黒騎士であった。
変わっていないあの姿を瞳が捉える。
宣言したのにも関わらず、既にワタシの胸中は煮え滾るような思いが顔を出していた。
「魔王」
「分かっている」
セリルの声で気持ちを取り戻す。
ワタシは深く呼吸をしてから、王の間へと足を踏み出した。
「ようこそ!古き王よ!」
「ザヲ……やはり貴様もいるか!」
「ひょっ、ひょっ、ひょー!」
ザヲは高らかに笑いながら、からかうように躍り出た。
「黒騎士は私が相手をする。セリルとウェルスは、あの魔族を頼めるか?」
「まかせろ」「了解しました」
「心配せずとも、私は新旧魔王の対決を邪魔はしません。魔王様もそれを望んでいますので」
ザヲはワタシの目の前でわざとらしく頭を下げた。
騙し討ちをする様子ではない。
訝しげながらも、ワタシはザヲの前を通り過ぎた。
「ですが、そこの裏切り者や人間は無事とはいきませんよ?」
「……ふん。お前1人でどうこう出来る相手ではない」
言い捨てて進んだ。
セリルもウェルスもワタシ程ではないにせよ、並ではない強さである。
魔力の大きさを見ても、あの二人相手にザヲだけでは勝ち目はない。
「_______________魔王!気にするな、ぶっ飛ばしてこい!」
「言われずともやってやる!」
後ろから投げられた声に手を挙げて応えた。
そう、今見据えるべきはただ1つ。
「ァ……マ、オォ……」
「相変わらずだな。この木偶の坊が」
「マ、オオオォォォ!!!」
大剣の出現と共に黒騎士は立ち上がった。
強大な魔力が膨れ上がっていく。
押しつぶすような重圧に、ワタシは笑った。
「私という威を借るしか出来ない仮初の王に、今ここで引導を渡してくれる!」
同時に秘めた魔力を全開放した。
2人の魔力、2つの波動がぶつかり合う。
吹き荒ぶ余波の中、互いに睨み合った。
兜の向こうで貴様が何を思っているのか_______________。
「さあ、来い!!」
「ォォォォオオオ!!」
啖呵を皮切りに黒騎士は飛び上がり、急降下した。
大剣を、ワタシですら喰らえば必死の一撃を繰り出したのだ。
ド ゴ ォ ン !!
「単調な攻撃だな……!」
掠める斬撃。容易に砕かれるフロア。
宙を舞う破片の中を踊るようにして移動した。
「アアウアィァアァ!!」
続く、縦に、横に、縦横無尽に大剣は振り回された。
次々に折り重なる斬撃の軌跡は留まることを知らない。
ワタシはその剣嵐の中を掻い潜った。
間合いの中で見極めるは、一瞬の隙。
「もう、あの時のようにはいかんぞ……」
セイヴハート邸のように制限された空間ではない。
王の間は駆け回れるくらいに広いのだ。
大剣も一度投げてしまえば、拾いに行くまで時間がかかるだろう。
「_______________ふっ、そら離れるぞ!捕まえてみろ!」
ワタシは宙へと飛び上がった。
大剣を主軸としたコイツの手は限られている。
離れてしまえば手出し出来ない。
出来たとて、それは大きな隙を生む。
「ァ、ウオアァ!」
兜の角に集束する魔力。
魔力弾を放つ気か?それではワタシを仕留めきれない。
「ウォアアーー!!」
黒騎士は充填した魔弾を後方に放ち、その衝撃で飛び上がった。
空中へと逃げようとしたワタシを叩き切るつもりなのだ。
「悪手だ。やはりただの木偶の坊だな」
ブ オ ォ ン !!
捉えんと振られた大剣は、虚しく空を切る。
外れた攻撃、宙で止まった無防備な体。
これを隙と言わずしてなんと呼ぶか。
「まずは一発目!これは私の分だぁ!!」
ズ ド ォ ン !!
脳天にねじ込んだ踵落としが黒騎士を打ち落とした。
「_______________っと。少しだけ気が晴れたよ。礼を言う」
「ゥ、ガァ……」
黒騎士は崩れた床の上で縮こまった。
何やら痛みに悶えている様子だ。
「ひょっ!ひょははは!!」
後ろの笑い声に思わず振り向いた。
見ると、首から下が氷漬けにされたザヲがそこに居た。
「ひょははは!魔王様ぁ、ご無事ですか?今私振り向けませーん!」
「安心しろ。貴様の主は無事劣勢中だよ」
「ひょ、それはそれは、ピンチでございますね!しまったぁ〜!戦力を軒並みアチラに回してしまったのがいけなかったかぁ〜!!」
「やかましい奴だ。ウェルス、もう黙らせておけ」
「御意」
くだらない、と黒騎士に向き直ろうとしたその瞬間。
「幹部を軒並み別の侵入者に回したのがダメだったかぁー!」
「……何、侵入者?」
ザヲの声に耳を傾けてしまった。
見てはいない。しかし、ほくそ笑むその表情が見えた気がした。
「計4人の他侵入者に、我が軍の最高幹部達が向かってるんですよぉ!いや、困ったなあ!」
「4人……!マイン、ケイナ達か!!」
「……今なら分かりますよね?貴方なら見えるはずだあ」
「_______________!!」
城内のどこか、弱まった魔力に向かっていく強大な魔力が感じられた。
間違いない。弱まっているのはケイナ達の魔力だ。
「ウェルス!お前の感知で、弱まっている魔力を救いにいけ!!」
「っ?!マリ様、ですが」
「いいから行け!!セリルと手分けせばまだ間に合う!!」
「ちぃっ!魔王!いいか、死ぬなよ!」
セリル達は大急ぎで駆けていった。
明らかに戦力を分散させるための罠。
それでもワタシは見逃せなかった。
「ひょは!いや、間に合うといいですねぇ」
「ザヲ、貴様ぁ!!」
「間に合わないとすれば……まず、誰が死にますかねぇ?」
「……やめろ」
「あの暗殺者の位のように、次は誰を失うと思いますぅ?」
「黙れ!!何にせよ貴様らはここらで死ぬのだ!それ相応の覚悟をしろ!!」
怒りに任せて叫んだ。
突如として、感情と共に魔力が湧き上がってきた。
青白く染まる頭髪。頭から指の先まで満たされる感覚。
熱い、熱い、熱い、だがそんな苦しみを味わう余裕すらなかった。
「っ、まずは貴様からだ!偽物の魔王よ!!」
「……ガ……」
また、魔力で満ち満ちていく。
これだ。これなら例え魔王の体を持っている相手だろうと_______________。
満たされた魔力を頼りに、兜を握り砕いた。
バ リ ィ ン !!
砕け散る兜。
そこから現れたのは、飽きるほど見てきた魔王である己の頭。
銀髪に長く伸びた角、浅黒い肌、赤い瞳。
それが寸分違わず魔王であろうとも、ワタシは容赦しなかった。
「死_______________」
「……ぁ、マ、オー?」
「……え?」
黒騎士が、ワタシを見据えながら口にしたその言葉。
発音からその抑揚の付け方まで聞いた事のある呼び方だった。
そして、その呼び方をしていたのはたった1人。
「マオー。ワタ、シ」
「マ、リ……?」
彼女しかいなかった。




