その十二 企て
学校の授業というものは実に退屈であった。
エリート校と呼ばれるが、発展具合は人間のレベルに留まるもので、新しく得る知識など欠片も無い。
これでエリート校だという。この種族がどうやってワタシを討伐したというのか。
なんだかんだで教室は午前の授業を終え、昼の休憩時間に入っていた。
「はぁ、疲れましたねー。やっとお昼休みです」
「……リリナさん?そこはマリ様の机ですよ?気安く触れないでくださヴふ」
机にもたれるリリナ。
対して笑みを貼り付けるタリムへと、ワタシは足先を飛ばした。
「えっ、あの……今の痛そうでしたけど。大丈夫なんです?」
「いいの気にしないで。タリムさん笑えない冗談好きだからこうやって構ってあげると喜ぶの……ね、タリムさん?」
「へ、へへへその通りでございますマリ様」
タリムは青い顔で微笑みながら腹の辺りを押さえている。
このイカレ魔族の人間に対する嫌悪は相変わらず尋常ではない。
リリナのことをさん付けで呼ぶだけ、マシになったくらいだ。
「そうだ!お昼休みですし昼食を食べませんか?私お弁当持ってきてるんです」
「……オベントーってなに」
「お昼ご飯をこういう箱に入れて持ってくるんですよ。知りません?」
そういうとリリナは四角い包み取り出した。
察するにあの中に昼の食料が入っているのだろう。
「ごめん、私持ってきてないから一緒に食べられないや」
「大丈夫ですよ。ここには食堂もありますからね!食堂で一緒に食べましょう」
「ショクド……?うん。よくわかんないけどリリナが言うんならとりあえず行ってみようか」
「あの、ぉ、マリ様。私も、お供いたしますから、少し待っていただけるとぉ……!」
「んじゃ、行こうか」
「ちょっ、とまっ、マリ、様ぁ……」
蹲るタリムを心配そうに見るリリナ。
ワタシは彼女の手を引いて、教室を後にした。
〜〜〜〜〜〜〜
辿り着いた食堂には溢れかえるほどに人が居た。
なるほど「オベントー」を用意できなかった敗者たちがここに集まってくるという訳だ。
マリの空腹を満たすためにもここは人肌脱ぐ必要がありそうだ……と息を巻いていたのも束の間。
ワタシは周りと同じように長蛇の列に並んでいた。
「人が多いな……次からはオベントーとやらを用意して来た方がよさそうだね」
「では、私が明日から用意しましょう。人間共の料理がマリ様のお口に合うとは思えませんので」
「その魔族をニオわせるような発言はやめようねタリムさん」
当然の如く、後ろにはタリムが陣取っていた。
教室での蹴りは人間なら内蔵が破裂するほどのダメージだったが、ものの数分で復帰している。
流石は魔族一の再生力と言ったところだろう。
「はぁ……まあいいよ。じゃあ明日のオベントーよろしく」
「承知しました」
タリムは人混みの中で器用に頭を下げた。
ワタシは無視して横の壁に貼られた紙を眺めていた。
紙には渡される料理の一覧が載っている。
「この中にあるの選べば良いのかな……なんか、多いなあ」
「人間にもそれぞれ嗜好がありますからね。私たちなら魔力を操作すれば、栄養補給の必要はないのですが」
「周りの目も考えるなら普通に食事した方が良いでしょ。リリナもいるし」
「では、マリ様の身体のためにも栄養のバランスを考えながら食べるのがよろしいかと。主食はこれで、主菜はこれ、あとこのサラダと……」
タリムはメニュー表を次々と指していった。
1日にして従者の振る舞いが板に付いている。
古くからの家系らしいが、身分は高くないのかもしれない。
「いいよ。自分で決めれる」
「は、出過ぎた真似をしました……列が進みました。この学生証を提示して注文を」
「わかってるから……あ、すいません。果物を適当に4つくださーい」
はい、と困惑した表情でカウンターの職員は頷いた。
一応メニュー表にあった物だ。おかしなことではないだろう。
そう思い見ると、タリムが文句ありげな顔をしていた。
「マリ様?先程私が言ったこと、聞いてましたよね?」
「マリは果物が好きだから。これで良い」
「今は人間の身体なのですよ!偏った栄養バランスはいずれ悪影響を及ぼします!果物だけでは」
「マリが好きだから良いの。多分マリもこうしてたよ。あと、あんまり人間人間って言ったら目立つから。ほら、列も押してるから急いで」
「……マリ様が、お望みならば」
タリムは納得していないような表情のまま注文を行った。
その後、列は順調に進み料理(?)を受け取るまでそう時間はかからなかった。
職員から果物を計4個受け取ると、ワタシとタリムはリリナの席へと向かった。
「あっ!マリちゃん、タリムさん。思ったより早かったですね」
「列が進むの思ったより早かったみたい。隣座って良い?」
もちろんです、とにこやかに返すリリナの隣に座る。
リリナの手元には色とりどりな食材が入った箱があった。
「リリナのオベントー?美味しそうだね」
「ありがとうございます……そういうマリちゃんは年頃の女の子としては少し、その、どうかと思いますけど」
「リリナさん、マリ様は果物が好物らしいのでそっとしておいてください……指図するな小娘が」
小声で呟いたつもりだろうが、ガッツリ聞こえている。
「気のせいかな、空耳かな?タリムさん何か言ったかなー」
「はて?私は特に何もいってなあがァ」
「……ふ、ふふふ。マリちゃんとタリムさんって結構仲良いですよね」
「タリムさんは面白い人だからね。ちょっと冗談は笑えないんどけど」
殴打するワタシ。苦悶の表情のタリム。慣れたのか、どこかにこやかな表情で眺めるリリナ。
なるほど学校というのはこういうものなのか。
「ごめんなさい。この席いいかしら」
突然、前方から声。
正面の席にトレーを持った人影が立っていた。
「はいっ、い、いいいですよ」
リリナはどもりながらも返答した。
自然に接していて忘れていたが、こういう仕草を見るとリリナは人見知りなのだと改めて思わされる。
トレイの果物を手に取りながら、ふと正面の人物に目を向けた。
「_______________あ゛」
「どう?一年生達、学校の方にはもう慣れたかしら」
「え、あ、はい。私は、もう、大分慣れてきました」
「アタシは魔術科2年のケイナ・ビリッツァよ。よろしくね」
そこには昨日の先輩、ケイナ・ビリッツァがいた。
ケイナは席に着きながらワタシに笑顔を向けてくる。
「ケイナ・ビリッツァってあのケイナ先輩ですか?」
「ふふ「あの」なんて大袈裟よ。悪い気はしないけど」
「わ。おおお会いできて光栄ですっ!私、剣術科1年のリリナ・テガローナって言います!」
「よろしくね……で、そこの2人はお名前なんて言うのかしら?」
「同じく、剣術科1年のタリム・レッドゲイルです」
「同じくマリ……イルギエナですけど」
「そういえばマリちゃんって、昨日ケイナ先輩とペアでしたよね」
「そうそう。それでさあ、この子アタシ相手に勝っ_______________」
「ぁあーーーーっ!ケイナ先輩、昨日はお世話になりました!!」
不自然なまでの大声を出す。
目立たないことをモットーとするワタシにとって、実習での1件は隠すべき事実である。
この女がどう脚色して話すにせよ、1人だろうと知られるワケにはいかない。
「え、マリちゃんどうしました?」
「いや、その私実は……そう!私も実はケイナ先輩のファンで!いやー、会えてとっても嬉しいなあ」
「そうです?うーん、でも昨日はそんなに……」
「はは、ところで先輩果物食べます?ほら、リンゴお好きですか?」
「……ふぅん。なるほどね。そういう感じ」
ケイナはありがとう、と小悪魔的な笑みを浮かべながらリンゴを受け取った。
マズい流れだ。ワタシ1人でどうにかできるものではない。
隣の従者の脛を連打して救援を要請する。
「おい、どうにかして話題を私から逸らせ。事態は急を要している」
「む、承知……んん、お初お目にかかりますケイナ・ビリッツァ様。私ケイナ様についてとてもとても興味がありまして」
「ん?……あ、何か見覚えあると思ったら、アンタ昨日の演習でウチのクラスの生徒を倒した生意気ルーキーでしょ?」
「は、はぁ生意気ルーキー。私がですか?」
「なかなかやるみたいだけど、あんまり調子に乗らないことね。そういう調子に乗ったやつに限って、討魔師になって早死にするの。あ、これアドバイスね」
「っ、どっちが調子に……あ、いや。ご忠告痛み入りますー」
「ま、アンタみたいのは言っても聞かないタイプだろうけど。せいぜい頑張んなさい」
「!……は、ははは!はいわかりましたァ〜ん」
「つまんない話は置いといて。アタシやっぱりマリちゃんに興味あるなー!」
「つまんな、くっ、この人間……!!」
忌々しそうに呟きながらも、タリムは手のグラスにヒビを入れた。
相容れない組み合わせだろう。タリムは今にも殴りかかりそうな形相である。
「ねぇ、リリナさん。この子ってクラスじゃどんな感じかしら?何か問題アリって感じ?」
「??マリちゃん授業中の態度とかは普通って感じだと思いますけど」
「本当?すっごく優秀だったり、実はすっごく素行が悪かったりしない?」
「え、いや。多分そんなことないと思いますけど」
「はー、へぇー、そうなの。もうちょっと聞きたいんだけど……」
ケイナは大袈裟に頷きながら、次々とリリナに質問を投げていく。
彼女の考えていることは分からないが、ワタシについて探ろうとしているのは確かだ。
「そう、そっかふーん……アタシ、マリちゃんにとっても興味湧いちゃったわ。ね、放課後にここに来てもらえるかしら?」
ケイナはそう言い、小さな紙切れをワタシの前に置いた。
折り込んであって見えないが、何か書いてあるようだ。
嫌な予感は増すばかりだが、これ以上ケイナの言いなりになるわけにはいかない。
「あの、すいません。放課後は早めに帰るようにと両親に」
するとケイナは話を遮るように、ワタシに耳打ちをしだした。
「学校中に言いふらすくらい、簡単に出来るわよ?アタシってば結構有名人だからあっという間に広まるかも」
「なっ_______________!!」
「困るんでしょ?なんでかは知らないけど、昨日のこと言われたらさ」
「い、1年生を脅すつもりですか」
「そう。1年生を脅してるの。悪かったわね、アタシ悪い先輩みたいよ?」
「何をするつもりですか」
「さぁ?行ってからのお楽しみね。もしかしたらキツいおしおきとかかも」
「な……それ言われたら余計に行きたくないんですけど」
「なら言いふらしちゃおっかな」
「っ!……分かりました」
「ふふん。伝えたからね……それじゃ、バイバーイ1年生達、存分に学校生活を楽しみなさーい」
いつの間にか空になったトレーを手にケイナは嵐のように去っていった。
キョトンとした顔のリリナ、青筋を立てているタリム、そして多分疲れた表情のワタシがそこに残った。
「マリ様、どうします?アイツ処します?処しますか?」
不安はつのるばかりだがなんにせよ、昼休み後は授業が控えている。
ワタシはただ黙々と食を進めた。




