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その一 魔王封印


 その昔、(わたし)は「魔王」と呼ばれていた。

 魔族と呼ばれる種の頂点に立つ、魔を統率する王。

 いつの間にかそう呼ばれていた。

 魔の王たる素質の強大な力も生まれつき身についていた。

 その力に惹かれ慕う魔族もいれば、その座を奪おうと画策する魔族もいた。

 だが、(わたし)よりも強い者など誰一人としていなかった。


 ある所に魔族を敵視する「人間」という生き物がいた。

 魔族ほど魔力の扱いに長けておらず、身体能力も、それに頭脳も……いや、人間は何もかも魔族に劣っていた。

 だと言うのに(わたし)を討ち取らんとする人間が幾人か存在した。


「覚悟しろ!魔王!」


「しねぇ!まおおおぉぉぉ!!」


「両親の仇ィィイーー!!」


 みたいなことを叫びながらそういう(たぐい)の人間は、(わたし)に襲いかかってくる。

 無論、そういう輩は全て(わたし)の手で血肉に変わっていった。

 人間はこの無謀な者達を「勇者」と呼んで讃えていたが(わたし)にとっては大した脅威ではなかった。


 (わたし)は最強だったのだ。あるものと会うまでは。


「こんにちわ。僕のこと覚えてるかな?」


 300人目くらいの勇者が訪れた時だった。

 その金髪赤眼の勇者は(わたし)の顔を見ると少し安心したような表情でそう尋ねてきた。

 後ろには4人分の倒れている人影。

 道中、この勇者と旅を共にしてきた者なのだろうがその勇者は見向きもしない。


「……貴様は誰だ」


「覚えてないかな?まあ、ならいっか」


 気づいた時にはもう遅く、気がつけば首から上しかない(わたし)を勇者は掴んでいた。


「はい、じゃ、お疲れ様」


 退屈そうな表情で言った勇者を最後に、(わたし)の視界は暗転した。


〜〜〜〜〜〜


 淡い陽光、ひび割れた大理石のタイルに、コケの張り付いた柱。

 (わたし)こと魔王が討伐、そして封印されて500年が経っていた。


 生首のままの(わたし)は封印。

 無駄に有り余る魔力とその生命力のせいか、封印されながらもその意識を保っていた。

 そして、面白みのない日々を今まさに過ごしているのだった。

 最初の100年は警備の兵が居たので、ある程度の暇は潰せたのだが……。


「すいませーん。誰かいませんかー。」


 荒れた封印の神殿に響く、間の抜けた声。


「……?!ぁあ、ぃるぞ!ぉここぉに!」


 50年振りくらいに声を出したので上手く声が出せない。

 聞くや否や、タッタッタッと駆ける音と共に神殿の入口から小さな影が現れた。


「あ、本当に居た」


 現れたのは幼い人間だった。

 極端に短い金髪から男かと思ったが、纏っている衣服は女物に見える。


「どうも初めまして」


 子供にしては落ち着いた声色、抑えられた声量、質の良さそうな衣服から育ちの良さが見て取れた。


「ぃ、きさ……ん゛ん゛!ふぅ……」


「大丈夫?具合悪いの?」


「ふん、そんなわけがあるか。舐めるなよ人間風情が」


「大丈夫そう。よかったぁ」


「上から見下ろしおって……む?貴様、(わたし)が恐ろしくないのか?」


 人間は不思議そうに私を見た。

 現在、(わたし)は首から下が存在しない状態で玉座を模した椅子の上にある。

 グロテスクとまでは言えずとも、幼子から見れば恐ろしい光景だろう。大人の警備兵でさえ怯える者はいたのだ。


「なんで?怖くないよ」


「愚かだな。封印さえ解ければ貴様のような小娘、文字通り瞬殺だぞ?」


「じゃあ安心でしょ。封印解けないし」


「あぁ……?」


 魔族さえも身を震わせるその一声に子供は目を細めて笑う。

 封印されているとはいえ、生首だけの魔族に物怖じせず話しかけているぞ。

 500年の時を経て人間の感覚は狂ってしまったのか。


「ふん……それで人間よ。わざわざ封印の間まで来たのだ。この魔王に何か用があるのだろう?」


「え、あなたがマオーなの?」


「当たり前だ。知らずに来たというのか」


 子供は目を丸くした。


(わたし)を封印している場所なのだ。見張りの人間ならともかく、(わたし)以外の魔族がここにいるわけないだろう」


「ふふ、もっと怖い見た目かと思ってたから別人……いや、別魔族かと思ってた」


「これでも昔は人間から最も恐れられていた」


「ほんとかな……あ、まだ自己紹介してないよね。私、マリ・セイヴハートって言います」


 よろしくお願いします、と人間は唐突に名乗り、頭を下げた。

 セイヴハートという姓には覚えがある。

 確か(わたし)を封印した勇者と同じ姓だ。


「はっ、なるほど。私にトドメを刺しに来た、というわけか。500年も経ったのだ、()()()()の魔術が創り出されてもおかしくない。さ、さあ、やるならやるがいい」


「もう、全然違うよ」


 マリは緩やかに否定して、私の前に座った。


「は?じゃあ何しに来たと言うのだ」


「私は魔王と友達になりに来たの」


「友……(わたし)が、貴様と?断る」


「ええー、ずっと一人ぼっちは寂しいってー」


「確かに退屈ではあるがな。寂しいなどと、人間のようの感情を持った覚えはない」


「それはマオーが友達を持ったことないからだよ。寂しいっていうのは、友達を持ってからわかるものなの!」


「持たなくていい。(ワタシ)を封印した勇者の血縁だろう貴様は。尚更いらない」


「えっ、じ、じゃあ封印のことは謝ります……セイヴハートを代表して」


「貴様に謝られてもな。それに友というのは対等な者との関係のことを言うのだぞ。貴様と(ワタシ)では力も地位も、歳すら天と地ほどあるはずだが?」


「……うん、知ってる。今は違うかもだけど、対等になれるように頑張るから」


「愚かだな。口だけなら_______________」


「頑張るよ。友達になれるまで」


 マリは我をじっと見つめた。

 その言葉がただのくだらない冗談や軽い宣言では無いのだと、子供ながらに心から決めたものなのだと、その瞳が言っていた。

 (わたし)を前にしての態度といい、勇者の血を引く人間だからか、今まで見てきた人間とは違う「何か」を感じた。


「……口だけならなんとでも言える。まずは少しでも我に進歩を見せてみろ。話はそれからだ」


「うん!じゃあ、まずは知り合いから。これから毎日来るからね!」


 マリから感じ取れる魔力は並の魔族を遥かに下回る。

 500年経ったところでその種が魔族の能力を上回れるようにはならないのだ。

 だがまあ、数十年くらいの暇つぶしにはなるだろう。

 この時はそう軽く考えていた。


 これから語られるのは(わたし)の物語である。


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