番外編 後編-2 そして英雄になる
「……シス!…………メイシス!」
「……ん…………?」
どこからか名前を呼ばれた気がして目を覚ます。
目を開ける前から押し寄せる腰の痛みと、何かが燃える匂い。
メイシスが目を開けた時、先程までの記憶が鮮明に蘇った。
(そうだ、私……、魔人の攻撃をくらって……)
まだ頭がくらくらする。
衝撃を吸収する魔法を唱える前に気絶したのだろう。
「この階の魔人はもう倒されたから安心してくれ。今の状況が分かるか?」
とりあえずローレンスは自分の羽織っていたローブを脱ぎメイシスにそっと被せる。
「今は3階層、前衛は俺たち二人を除いてもう4階層に進んでる。キツかったら後方支援に回ってもいいんだぞ?」
「………大丈夫、待っててくれてありがとう」
メイシスは立ち上がり、ローレンスにローブを返そうとする。
だがローレンスはそれを拒む。
「そのローブはただの布じゃない。きっと君を守ってくれる」
「……私が使っちゃったら、あなたはどうするのよ」
「俺は大丈夫だ、身体は丈夫な方なんだ」
ローレンスは力こぶを作ってみせる。
そんな姿を見てメイシスはクスリと笑う。
(この人と、生きたいなぁ……)
肩にかかったローブを強く握り、二人は前線目指して駆け出した。
「今俺たちは後衛左2列目まで後退してる。とりあえず4階層に急ごう」
「はい……っ」
走りながら状況を理解する。
ただでさえローレンス、メイシスといった優秀な兵士がかけている状況、戦況は苦しいものだろう。
必死の思いで中衛中央列まで駆け上がってきた二人は、遂に4階層へと足を踏み入れる。
だが既に魔人の姿は無かった。
ローレンスは近くにいた兵士に指揮官の居場所を聞く。
「指揮官は既に五階層、魔王の元へ進撃を開始しています」
「てことは4階層の魔人はもう倒されたあとってことか……っ」
思ったよりペースが早い。
このままでは後衛の支援が着く前に、前衛が全滅するという事態だって有り得るだろう。
あまりにも陣形が崩れすぎている。
恐らく1番大きい要因は、中衛で待機していた指揮官隊が全滅したことだろう。
それによって、前衛と後衛の間が分断されたのだ。
とにかく今は前だけを見て進み続ける。
(残すは魔王のみだ……。大丈夫だ、俺たちなら勝てる)
ここに来て恐怖心が煽られ始める。
この数年、嫌という程人の死を見てきた。
大切な仲間が目の前で殺される瞬間を、何度も目撃してきたのだ。
やがて人の死に慣れ始め、命と勝利の重さが同じように感じ始める。
それが何より怖かった。
人の死をなんとも思わなくなっていく自分が、怖くて仕方なかったのだ。
だが今は違う。
この作戦が始まってからというもの、自分がいつ死んでもおかしくない状況下で周りの仲間たちが死んでいくという出来事は、恐怖でしか無かった。
次は自分だと、誰もが思い始めている。
だがもう止まれない。
人類は、魔王に喧嘩を売ったのだ。
その代償は、命でのみ支払われる。
それは果たしてローレンス達の命なのか、はたまた魔王の命なのか。
それが分かるまで、さほど時間はかからなかった。
「やっぱり、もう戦闘が始まってる……っ!」
「ローレンスさん、私達も加勢しに行きましょう!」
「ああ!」
五階層、遂に魔王との戦闘が始まった。
もはや連携など保てておらず、大将アギナルドを筆頭に実力者がひたすら攻撃を仕掛けていた。
「──壱の型 煌龍!」
攻撃の隙間を狙い、ローレンスが剣技を繰り出す。
しかしその一撃は、わずか指2本で止めれた。
「また増えたな、いくら集まっても、結果は変わらん」
「なっ──」
ドォォォォォォン
魔王の指で挟まれた剣が勢いよく振り下ろされ、ローレンスは地面に墜落する。
(なんて力だ……っ!)
明らかに、ほかの魔人とは次元が違った。
「面倒だ、一度に消えてもらう」
魔王はそう言って腕を横に振る。
その瞬間、まるで全身にヒビが入ったかのような痛みが全員を襲った。
まるで豪風に打ち付けられたかのような衝撃波が身体中の細胞という細胞を破壊する。
そんな衝撃波を発しておきながら、室内は風ひとつ吹いていなかった。
「急げ!前衛の死を無駄にするな!」
前衛が壊滅した直後、中衛が五階層へと到達する。
その数名が自身の手のひらを刃物で切り、魔法陣の書かれた紙に自身の血を垂らす。
「──召喚魔法 ナイト」
召喚士によって召喚されたナイトはみるみる数を増やしていき、やがて小隊規模まで拡大する。
「召喚士か、また面倒な……」
「ナイト、目の前の敵を駆逐せよ」
召喚されたナイト達は、魔王目掛けて突撃し始める。
それを見た魔王は、軽く指を鳴らす。
その刹那、魔王の背後に巨大な黒龍が現れる。
「──ホロ・ブレス」
「ォォォォォォォォォォオオオ!!!」
その黒龍の吐いたブレスが、ナイトの小隊を一瞬で亡き者にした。
唖然とする兵士たち。
「召喚魔法の……質が違いすぎる……っ」
そう言い残し、召喚士たちは黒龍によって1人残らず焼き殺されて行った。
その光景は、まるで地獄のようだった。
誰もが逃げずに焼き殺されていく。
彼らは最後の最後まで、勇敢に立ち向かい続けたのだ。
その後援助に現れた後衛も同じように圧倒され、遂には残すところ聖女アリアのみとなった。
「お前一人で何が出来る?」
残されたアリアに、魔王はそう問いかける。
「私1人では何もできません。なので──」
アリアは手を結び、目を閉じ祈る。
地面に光の柱が立ち上り、やがて数名の兵士たちが立ち上がった。
「回復魔法、か。だがせいぜい2.3人と言ったところだろう。死者は甦らない、そうだろう?」
「……無き魂を呼び戻すことは、あってはならないことです」
「流石は聖女、信仰心のお強いことで」
アリアの回復魔法により、何とか一命を取り留めた者がアリアの元に集まり出す。
生き残ったものは、ローレンス、メイシス、アギナルド、そしてアリアのたった4人だけだった。
「それでこれからお前たちはどうするつもりだ?帰って聖王に敗北の報告でもしに行くのか?」
「敗北?笑わせるな」
ローレンスは剣を魔王に向ける。
それは宣戦布告の合図だった。
「ここからが本当の勝負だ」
「……面白い、かかってこい」
ローレンスに続き、アギナルドが抜刀する。
走り出す二人に、アリアは強化魔法を唱え続けた。
「シュバリエル、行くぞ!」
剣が光だし、全身に力が湧き上がる。
「──弐の型 旋風!」
「──雷鳴の金槌!」
2人の剣技が魔王目掛けて振り下ろされる。
世界最高峰の剣技である、そう簡単には避けきれないだろう。
「そんな剣技じゃかすりすら……っ!」
攻撃を避けようとする魔王がよろける。
(なんだ……身体に力が入らん…………っ)
ローレンス達の背後、アリアの横でメイシスは笑みを浮かべていた。
メイシスは呪術すらもほかより長けていたのだ。
「「うぉぉおおおおお!!!」」
まずいと判断したのか、魔王は大袈裟に距離をとる。
だが隙を与えまいと、二人はさらに距離を詰め続けた。
(まずは呪術を使うあの女を殺さなければ……)
回り込もうとする魔王。
それにいち早く気づいたアギナルドは、電光石火の如く魔王に接近する。
「──遊びは終わりだ」
魔王の声のトーンが変わる。
魔王は空中で一回転し、アギナルドを蹴り落とす。
衝撃で地面が割れ、天井までヒビが走った。
「──拾の型 烈風!」
「遅い──」
闇の障壁が魔王の前に現れ、ローレンスの一撃を吸収する。
不意に障壁が巨大化したと思った刹那、障壁から無数の黒い刃がローレンスを襲った。
「──っ、拾壱の型 煌煌!」
咄嗟に光魔法を唱え、闇の刃を相殺する。
そうしている間にも、魔王はメイシス目掛けて技を繰り出そうとしていた。
「させるか!」
全身から出血し、もはや立っていることすらありえない姿になったアギナルドが、必死の抵抗を見せる。
だが、最後の時は突然訪れた。
「………………あ…………?」
「アギナルドォォォォォ!!!」
魔王の指先から発された黒い光は、アギナルドの半身を吹き飛ばした。
目の前で朽ちてゆく仲間を見て、ローレンスは遂に覚醒する。
「──初ノ型」
全身にシュバリエルの、精霊の力を宿し、真っ白く染まる全身はまるで聖なる光そのものだった。
そしてローレンスの剣は、光の速さを超える。
「──聖龍!」
この時人類は初めて、魔王に一撃を与えた。
たった一撃、されど一撃。
これが後に英雄として語り継がれるローレンスの、最初で最後の一撃であった。
「……悪くない一撃だ。だが、それだけでは守りきれない」
魔王は手のひらをメイシスに向ける。
「──え」
「っ、メイシス!」
迫り来る黒き靄。
視界が晴れ、メイシスは目を開く。
その視線の先にいたのは、大の字で自分に覆い被さるローレンスの姿だった。
「ロー……レンス?」
目の前で膝から崩れ落ちるローレンス。
その脇に走り寄る聖女アリア。
必死に治癒魔法をかけるが、魔王はすぐそこまで迫っていた。
「これでわかっただろう?もう終わりなのだよ」
「うあ……っ」
突如全身が何かに蝕まれる感覚に襲われ、メイシスは口元を抑える。
感じたことの無い不快感に、立ち上がることすら出来なかった。
「皆諸共葬ってやろう」
魔王の掲げた手の先に、巨大な黒い玉が現れる。
誰が見てもわかる、あれはやばい。
触れれば最後、命はないだろう。
「さらば、名も無き人間どもよ」
魔王が手を振り下ろし、球体がこちらに迫って来たその時、
「──拾の型 烈風」
「──え?」
ローレンスが不意に放った一撃は、メイシスを吹き飛ばした。
その衝撃で気を失ったメイシスは、窓から吹き飛ばされ外へと消えていった。
(外には、王都から離れたウィズダ村まで続く川がある……。運が良ければそこに落ちるはずだ……)
どうせ死ぬならば、その細い可能性にかけたかった。
アリアには申し訳ないが、一緒に死んでもらおう。
「……ローレンスさん」
「…………なんですか?」
「あとは託しました」
「──え?」
アリアはローレンスの前に立ち、振り向き様に笑って見せた。
それが彼女の最後の姿だと、ローレンスは分かった。
「──禁忌魔法 天使の羽衣」
光の羽衣が、そっと二人を包み込む。
暖かく、優しい空間。
この幸せな瞬間が、永遠に続いて欲しかった。
「禁忌魔法か。だがその技の代償は……」
「私の、命です」
羽衣が剥がされた刹那、ローレンスの目の前でアリアは力尽きた。
だがアリアはローレンスに最後のチャンスを与えた。
アリアだけじゃない。
みんながいたからここまで来れた。
ローレンスはふらつきながらも立ち上がり、剣を構える。
「その体で、まだ戦うのか」
崩壊していく魔王城の一室。
魔王 アーリマンを前にして、英雄は剣を構える。
「俺が引く訳にはいかないんだ……」
既に満身創痍。
1人残され、精神的にも、肉体的にも限界が来ていた。
「この私に一撃を与えたのだ。お前は十分よくやったと思うが?」
悪意の感じない声調が、その余裕を感じさせる話し方が、彼の感情をより一層揺さぶった。
「名をなんという?」
「……ローレンス」
たとえトドメはさせなくとも、後に続く者のためにローレンスは剣を握り直す。
「お前を殺す、英雄の名だ!」
番外編をお読みいただき、ありがとうございました!
これで番外編「ローレンスの過去」については終わりになります!
気づいた方もいるかもしれませんが、最後の方はこの小説のプロローグ部分とリンクしていますので、もし気になった方は確認してみると面白いかな(何様)と思います!
5章の最後に話題に上がったローレンスの生死、今後本編で登場するのか否か……。
今後の展開をご期待ください!