番外編 後編-1 そして英雄になる
この話は第34部分 「番外編 その名は、ローレンス」の後編になります。
本編と時系列が異なる話となりますので、お気をつけください。
ローレンスが王都に収集されて2週間後、ついに聖王の元へ全ての有志が集まった。
幼くして数多の魔術師を導き、世界を震撼させた少女 メイシス。
頂の教会と呼ばれるこの世界で最も浄化された聖地から訪れた聖女 アリア。
聖王に使いし王都の最高戦力 王都軍大将 アギナルド。
そして海を渡ってやって来た、西の大陸一の剣士 ローレンス。
その他、全員が名の知れた大物揃いであった。
「今日ここに集まってもらったのは他ならぬ、魔王 アーリマンの討伐の為である」
聖王謁見の間にて、集められた有志達が聖王の声に耳を傾ける。
「ここにいる者たちは、人間界に残された最後の希望であり、最後の戦士たちである。この作戦の失敗は、人類は敗北を意味する」
聖王の言うことは正しかった。
ここにいる者たちはいわば人類の最高戦力たちである。
ここを落とされれば最後、後に続く者はそうそう現れないだろう。
笑っても泣いてもこれが最後なのだ。
死ぬ覚悟は、国を出た時にできている。
この命に変えてでも、必ず魔王を討ち取る。
「作戦開始は早期を急がれる。全員が揃った今、作戦の全容をここに伝える」
聖王の側近が魔法を唱え、空中に文字や図形が浮び上がる。
「まず我々が目指すのははるか南にある魔都、その中心に位置する魔王城である。魔王の居場所は魔王城の5階、それまでの各階層に幹部と思われる魔人が複数人配置されている」
恐らく配置されている魔人は今まで戦ってきたような簡単な相手ではないだろう。
だがこちらもただの人間じゃない。
互角の戦いが予想される。
「ここで削られては、魔王を討つことは困難だろう。したがって1200人の兵士を同行させる。彼らは肉の壁となり君たちを先へと導くだろう」
(1200人の命と引き換えに魔王を討つ、ということか)
今までの犠牲、そしてこれからの犠牲を考えると1200人で終わるなら安いものだろう。
もうその思考にたどり着いている時点で感覚は麻痺しているなと笑ってしまう。
道徳心だって、とっくのとうに消えていた。
今はただ戦争に勝つために、子供たちの未来を作るためだけに生きている。
立場が違えば自分もその1200人に含まれていたかもしれない。
だがそうだったとしても、自分は喜んで壁になっただろう。
もしそれで終わるなら。
1200人の命を無駄にしないためにも、
「この戦い、何としても勝つのだ!未来は君たちに託された!」
「「「「「「「は!」」」」」」」
勝利を胸に誓い、最後の英雄たちはその場を後にした。
「さて、と。いつも通り鍛錬でもしますか」
作戦開始までの時間、ローレンス達には怪我をしない程度に体の状態を高めているように指示が出ていた。
だらけ切った生活をして、本番動けないなんてことがないようにだ。
共同スペースに王都ならではの高級運動器具が揃えられていたが、ローレンスには合わなかった為、裏庭の外れで一人鍛錬に励んでいた。
それに一人じゃないと出来ないことが、ローレンスにはあった。
それは、
「出てきていいぞ、シュバルツ」
「……おはよう、ローレンス」
ローレンスの声に合わせて、どこからか一人の少女が姿を現す。
全身半透明で、足は地に付いていない。
それもそのはず、彼女は精霊なのだから。
「しかし未だに信じられないよ。まさかあの鉱石に、精霊が宿っていたなんて」
「私も、信じられません。まさか、勝手に持ち出して、剣につくりかえる輩がいる、なんて」
「いやぁその節は本当に申し訳なかった!知らなかったんだ」
「知らなかったのは、見れば分かり、ます。むしろ知っててやってたら、怖いです……」
「それもそうだな」と笑うローレンス。
微笑ましい男女の会話。
しかしそれは二人だけの世界であり、他の人達にはローレンスが独り言を言っているだけに見えている。
精霊は契約者にのみ、その姿を見せる。
彼女の姿は、世界でローレンスだけが見えているのだ。
「それよりローレンス。そろそろ私に、名前をください」
「え?シュバルツって名前が……」
「それは、剣の名前、です。私が言っているのは、精霊としての名前、です」
「俺が決めちゃっていいのか?なんか、元の名前とかないのか?」
「私は元々の記憶が、あまりありません……。なので名前も、覚えてないです」
「過去になんかあったのかもな……」
「もしくは、剣にされた時に、記憶が欠けたのかも……」
「……その可能性も無くはないな…………」
もしそうであったらかなりのやらかしである。
謝って許されるものでもないだろうが、とりあえず頭は下げといた。
それはそうと、
「名前かぁ……」
急に言われても困る。
そもそもシュバルツって名前も咄嗟に頭に浮かんだ光の神様の名前であり、深い意味は無い。
色々考えた挙句、ローレンスの出した答えは、
「……シュバリエル、ってのはどうだ?」
どこかの国の聖なる天使から文字った名前だ。
精霊に天使の名前をつけるなど禁忌に触れそうだが、宗教関係には疎いのだ。
「……いいですね、シュバリエル。可愛い、です」
「気に入ってくれてよかった。君は今日からシュバリエルだ」
微笑む2人。
だがそんな姿を一部始終見ていた人物がいた。
「……あなた、誰と話しているの?」
物陰から現れたのは、同じく魔王討伐戦のために収集された魔術師 メイシスだった。
当然彼女の目に、シュバリエルの姿は見えていない。
「まさか…………精霊?」
ローレンスが分かりやすく肩をびくつかせる。
もう言い逃れはできないだろう。
「本当に居たのね、精霊」
「君は精霊について知っているのか……?」
「歴史書を漁っている時に見かけたわ。でもそれだけ、存在しているなんて思ってもいなかった」
さすが魔術師の頂点に立つだけある。
メイシスという少女の知識の量は、計り知れない。
「それで、君はなんでこんなところに?」
「それはこっちのセリフよ。体がなまらないようにと外に出てきたらあなたがいたのよ」
「そうか……。でもなんでこんな場所に?」
「それこそこっちのセリフよ。私の使う魔法は人のいない広いところじゃないと危険なの。だからわざわざこんな裏庭まで来たのに……」
「俺も人前でシュバリエルを召喚する訳にもいかなかったし、境遇は似てるな」
こうして出会った二人。
この二人の出会いは、後に世界を大きく変えることになる。
2日後──。
「ローレンス様、聖王からの伝達です。作戦開始日が決まりました。明日の早朝に出発との事です」
「…………急だな……」
これで最後だと思うと、戦う前から肩が震える。
武者震いなどでは無い。
なんと言えばいのだろうか、こういう時言葉が見つからない。
ただひとつ言えるのは、これで終わりにしたい。
それだけだった。
翌日 早朝
「これより魔王討伐戦を開始する!全軍前進せよ!!!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
遂に作戦が開始され、魔都目指して全軍が走り出した。
ローレンスが居る位置は前衛前から2列目の1番左である。
その隣には、幼き魔術師 メイシスの姿があった。
前衛1列目中央に大将 アギナルド、後衛7列目中央に聖女 アリアがそれぞれ配置されている。
位置的に見てメイシスは火力要因、アリアは後方支援といった役割なのだろう。
ローレンスが前衛なのも、恐らく戦闘要因だからである。
馬を走らせること約4時間、遂に魔都が見えてきた。
(いよいよ……だな……)
深く息を吸い込む。
ここから先、息を着く暇もないだろう。
十分に呼吸を整え、魔王の敷地を跨ぐ。
人類は今日、最後の喧嘩を魔王に売りに来たのだ。
「この喧嘩、高く買ってくれよ魔王様!」
ローレンスは吠える、自分を鼓舞するかのように。
それに続くように周りの士気も高まり出した。
これ以上ない完璧なコンディションである。
心配される問題点はメンタル面、ならば心を捨てて戦えばいい。
後のことはどうなってもいいのだ、今勝てばいいのだ。
「全軍、突撃ー!!!!!」
その合図を初めに、魔王戦が幕を開けた。