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第87話 暴走



「──力が欲しいか?」


 ドクンッ──。


 どこまでも広がる闇の中、ユズルは再びあの音を聞いた。

 魔人化の前兆、心臓の音。

 その心臓の音を掻い潜り、聞き覚えのない声がユズルの耳へと届く。


「──力が欲しいか?」


 どこから聞こえてくるのか、声の主は誰なのか、そもそも人なのか……それすら分からない。

 ただひとつ分かるのは、夢を見ているということだけだった。


(負けたのか、俺は……)


 完敗だった。

 きっと今俺は、洞窟の中で生き埋めになっているのだろう。


「──力が欲しいか?」


 三度同じ質問が繰り返される。

 「力が欲しいか?」、その問いかけにユズルは思考をめぐらせる。

 今諦めたとして、この国の人たちはどうなる?

 それにシュバルツだってきっと失うことになるだろう。

 もし、チャンスがあるならばもう一度だけ戦いたい。

 こんなところで終われない。


(そうだ、俺は魔王を倒すんだ。こんなところで、くたばってる場合じゃねぇ!)


「──力が欲しいか?」


 繰り返されるその質問に、


「──あぁ。力を貸せ、悪魔(・・)


 そう肯定した。




「はぁ……はぁ……」


(逃げる隙はなかったはず……お願い、もう倒れて……)


 立ち込める煙を見つめ、ユリカは祈る。

 魔力はもう使い果たした。

 これだけ出し切って倒れないなら、もうユリカ達には無理だろう。

 2人は最善を尽くした。


 しかし晴れた視線の先にいたのは、クロセルではなかった。


「……舐めてるからそういう目にあうんだ」


「…………アズリエ……」


 ボロボロのクロセルを掴み、こちらを見る男。

 その男の目の前には歪んだ空間が広がっていた。


(あれ……なんですか……っ)


 みるみるその歪曲した空間が縮小し、男は視線をクロセルに落とした。


「魔王様からの収集命令だ。お前を連れて帰るぞ」


「……俺はまだ任務の途中──」


「たかが序列12位の分際で、魔王様の収集命令に逆らうのか?」


「…………はい」


 クロセルが小刻みに震えるのが見えた。

 その様子から、突如現れたこの男がクロセルよりも強者だということが分かる。


(それに序列がなんだとか……どういう意味なんですか)


 聞き覚えのない単語だった。

 だがもしそれが強さを表す階級の呼び名だとしたら……


(まだ(クロセル)を超える魔人が、11人もいるってことですか……っ)


 魔力の欠乏と体力の限界でユリカは地面に崩れ落ちる。

 目眩で歪む視界の中、ユリカは見た。


 変わり果てた、ユズルの姿を。


「ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"!!!」


 瓦礫から飛び出してきたそれは、まるで魔獣のように正気を失ったユズルだった。

 両目は黒く染まり、身体中を黒い影が覆い尽くしている。


(ユズル……さん…………?)


 流石のユリカも声を失う。

 目に写っている(ユズル)の姿は、もはやユリカの知っているユズルではなかった。


「なんだコイツは……クロセル、お前か?」


「いや、違う……。魔王様だ」


「……っ、あの噂は本当だったのか……」


「ガ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!」


 大振りで剣を振り回すユズル。

 とても剣技とは言えないその動きは、まさに狂気であった。


「なんだコイツ……まるで魔獣じゃねぇか」


「さっきまではこんなんじゃ……」


「死にかけたショックでなにかに目覚めたか?どっちかと言うと退化しているように見えるがな」


 男はクロセルを抱えたまま、ユズルの攻撃を交わしつつける。


「悪いが、お前に構っている時間はないんだ」


 男が手のひらをユズルに向ける。

 その刹那、男の前にあの歪曲した空間が出現した。


(あれってさっきの……っ)


「じゃあな、醜い獣よ」


「ガ"ァ"ァ"ァ"──」


 フゥン──。


「…………え?」


 最初に声を漏らしたのは、ユリカだった。

 声を出さずにはいられなかったのだ。


「きえ……た?」


 先程まで目の前で暴れていたユズルの姿は、もうどこにもなかった。

 まるで男の生み出した謎の空間に吸い込まれていくように見えたが……。


「せっかくだしこいつの相手しといてよ。それじゃ」


「待ってくださ──」


 ユリカの声が届くより先に、男は自らが生み出した空間へと消えていった。


「ユズルさんはど──」


「ガ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!」


「…………っ!」


 突如背後からユズルが現れる。

 その背景には、例の歪曲した空間がチラついていた。


(これってもしかして……瞬間移動(ワープ)ですか……っ)


 だが今のユリカには対応出来なかった。

 魔力もなければ体力ももう限界で、立っているのがやっとなのだ。

 ユズルの振り下ろした剣先が、ユリカの頬に傷をつける。


「ユズルさ………っ」


 初めて彼に恐怖を抱いた。

 その瞬間、ユリカの目から熱い涙が流れ始める。

 それは果たして何に対しての涙なのか。

 ユズルを失ったことによる涙なのか、殺されそうになる恐怖からなのか、敗北による悔しさからなのか、分からない。


 次の一閃がくる。

 だがユリカは避けようとしなかった。


「ガ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!」


「──精霊(スピリット)守護神(・ガーディアン)


 シュバリエルがユリカとユズルの間に割り込み、最悪の事態が間逃れる。

 その姿を見て、ユリカは正気を取り戻す。


「──せっかく、魔人(あいつ)がいなくなった、のに、なんで諦めてるの?」


「……っ!」


 いまのユリカには、鋭すぎる一言だった。

 痛いほど胸を抉られる。


「ユズルを、正気に、戻す、方法……知ってる?」


「い、一応、多分ですが……」


 果たしていまのユズルに、いつもの方法が通用するか分からない。

 だが、やらないよりはマシだ。


「……っ、ユズルさんのこと抑えてて貰えますか?」


「……わかった」


 シュバリエルはユズルの背後に回る。

 そして両手を背中につけると、体の中へと侵入していった。

 その刹那、ユズルの動きが止まる。

 体が小刻みに震えていることから、完全に抑制できたわけじゃないことを悟った。


(急がないとやばそうですね……)


 恥じらいを捨て、ユリカはユズルに口付けをする。

 いつもなら1分もしないうちに体に変化が現れ始めるのだが、依然としてユズルの体に変化はない。


(やはりいつも通りじゃ厳しいですね)


 だからといってこれ以外の方法は持ち合わせていない。

 かくなる上は、


「(ぺろっ)」


 ユリカは思い切って舌を入れる。

 その瞬間、今までなんの動きがなかったユズルに変化が現れる。

 いつもよりも深く激しい口付け。

 甘いものでは決してなかった。


「んっ……はぁ、はぁ……ユズル、さんっ……」


 必死になってユズルの唇を貪る、まるで彼の中にやどる魔人の力を全て吸い出すかのように。

 やがてユズルのからだは脱力し始め、地面にばたりと倒れ込んだ。


 シュバリエルがユズルの中から姿を現す。


「…………ユリカ、見た目によらず、大胆……」


 シュバリエルがぼそっと呟いたが、ユリカの耳には届いていない。

 そんなとこより今は、ユズルの安否が気になって仕方なかった。


「息はある……脈も正常………良かったぁ」


 恐らく気を失っているだけだろう。

 安堵すると同時に全身の力が抜け、その場にばたりと座り込んだ。

 短いようで、長い戦いだった。


「もう敵は、いないですよね?」


 当たりを警戒する、だが周りに人の姿はなかった。

 周囲を確認し、ユリカはユズルに回復魔法をかける。

 魔力はさほど残っていないが、目を覚ますぐらいならできそうだ。


「それにしても、情報量が多いですね……」


 やつの去り際に言った「12位」は何を意味するのか。

 そして次に現れた「アズリエ」という男は、何者なのか。

 全てはユズルが目を覚ましてから話すとしよう。


「ユズルさん……」


 未だ目を閉じたままのユズルを撫で、ユリカは眉を顰める。

 あんな姿のユズルを見るのは初めてだった。

 いつか完全な魔人になってしまうのではないかと、内心恐怖と不安でいっぱいになる。

 けどそれはもう覚悟してたことだ、今更どうこう言うつもりは無い。

 これからどんな試練が待ち受けようとも、


「おはようございます、ユズルさん」


「…………おはよう、ユリカ」


 彼を支え続ける、それだけだった。

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