第85話 ユリカvsクロセル
先程までユズル達が交戦していた洞窟は、跡形もなく崩壊した。
未だにユズルは出てこない。
恐らく意識を失ったまま、生き埋めになっているのだろう。
「……シュバリエルを探して、とっとと去るとしよう」
クロセルは吹雪を起こし、辺りの残骸を取り除いていく。
その時だった。
「ユズルさんは……っ、どこですかっ?!」
息を切らしながらやってきたのは、なんとユリカだった。
工場に帰還したダイクに状況を聞き、駆けつけたのだ。
しかしユリカの到着を待たずして、既に決着が着いていた。
「あぁ、さっきの子の連れ、かな?悪いけど、僕も今探してるところなんだ」
「……どういう、ことですか?」
状況が分からない。
ダイクさんに教わったのは「洞窟でユズルが魔人と戦っている」ということだけ。
しかし今ユリカの目の前には、その洞窟が存在しないのだ。
存在しているのは盛り上がった地面と、一人の魔人だけ。
「君の連れ、今この下で生き埋めになってるんだよね」
「……なんですって?」
その声色は、まさに怒りであった。
早くユズルを助けなければならない。
そのためには目の前の魔人を、殺さなくてはならないのだ。
だがユリカの顔には、躊躇いの色は見えなかった。
そのくらい、今のユリカには余裕がなかった。
(いつも余裕そうに振舞っていた私がこんなに慌ててる様子を見たら、きっとユズルさんは驚きますよね)
きっと驚くに違いない。
驚いているユズルの姿を想像すると、少しおかしくて不思議と笑みがこぼれてしまった。
「僕を前にして笑えるとは、すごいね、君」
「貴方がどなたか存じませんが……」
ユリカの右掌に、魔法陣が浮き出される。
魔人もユズルを探す手を止め、氷の剣を握り直した。
「わたしは貴方を許しません。ここで貴方を、倒します」
右手を突き出し、放つ。
「栄光なる粛清弾」
影の魔人戦で見せた光魔法。
影の魔人は耐えるのがやっとだったが……
「氷河の壁」
ユズルを苦戦させた氷の壁が、次はユリカの前に立ちはだかった。
衝突したふたつの魔力は膨張し、爆散する。
その蒸気の中から、次の一撃が飛んできた。
「氷河の槍」
「くっ、栄光なる領域」
氷の槍が、ユリカの障壁に当たり砕かれる。
魔法勝負では、ユリカは魔人と互角に戦えると思われた。
だが、
「せっかく早く終わらせたのに……君なんかに時間取られたくないんだよね」
蒸気が晴れた先に居た魔人の姿は、先程とは違っていた。
身体には黒い靄がかかっており、腕を武装のようなものが覆っている。
「魔氷の魔弾」
「──っ!」
栄光なる領域に力を込める。
が、クロセルの攻撃は先程とは比べ物にならないぐらい重かった。
(これが……覚醒……ッ)
初めて見る魔人の覚醒した力に、ユリカは圧倒される。
やがて障壁がひび割れだし、ついにその時は来た。
「っ、あぁぁぁあ!」
障壁が破られ、全身に魔弾が炸裂する。
だが魔弾は絶え間なく降り注ぎ続けた。
(何とかしてこの攻撃を止めないと……っ)
恐らくクロセルは、私が蜂の巣になっても攻撃の手を緩めることはないだろう。
このままでは本当に死んでしまう。
「っ、栄光なる地均」
ユリカを起点に周囲全体の地面から光の柱が立ち上る。
予測して避けられる技じゃない。
ましてや光魔法など、魔人は当たりたくないだろう。
案の定攻撃はやみ、クロセルは氷の壁を作って身を守った。
ユリカの魔法によって周辺の地面が割れ、所々が盛り上がる。
そしてユリカは、盛り上がった地面の先にユズルの姿を見た。
この魔法で瓦礫の中から押し出され、地上に顔を出したのだ。
(魔人が気づく前に、何とか……っ)
「──どこ見てるの?」
「……っ!」
悟られないよう急いで視線をそらす。
だが、逸らした視線の先には、氷の魔弾が迫ってきていた。
「魔氷の魔弾」
「またっ……!」
再び同じ手を食らい、ユリカは気休め程度の光の障壁を築いた。
辺りに誰の姿も見えない。
援護が来るのかすら分からないが、少なくても一人では到底相手しきれなかった。
(せめて誰か、ユズルさんを……)
誰もいない洞窟跡。
だが、この戦いを一部始終見ていた者がいた。
(あの魔法、聖王が使っていた、のと、似ている……)
動じることなく二人の戦闘を見つめる少女。
だが2人の目には彼女は映らない。
なぜなら彼女は、精霊なのだから。
(多分、あの魔人が、狙っている、のは、私……)
ならば向こうがこちらに気づく前に、逃げてしまおう。
「……」
ふとユズルという名の男の顔が頭をよぎる。
彼は先程「今の契約者は俺だ」といった。
もちろん契約は交わしていない。
しかし彼の慣れた手つき、恐らく私が眠っていた間、共に戦っていたのだろう。
(ユズルが生きてれば、ローレンスのとこ、聞ける、よね?)
ならばシュバリエルが今することはただ1つ。
(貴方、聞こ、える?)
(だ、誰……?)
戦闘中のユリカの脳内に、何者かが語りかける。
その声に聞き覚えはない。
(わたしは、精霊、シュバリエル。聖剣、シュバルツに宿る、精霊)
その言葉を聞き、ユリカは目を見開いた。
その直後、ユリカの目の前に光の粒子が集まり出す。
「──今だけ、力を、貸す」
精霊 シュバリエルは、その姿を現した。