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禍々しき侵食と囚われの世界【最終章開幕】  作者: 悠々
第2章 結界都市陥落編
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第8話-1 闇夜の征戦



「くっ!」


「ほう、なかなか耐えるのぅ」


 信号弾を打ってからどれくらい時間が経っただろうか。

 未だにユズルさんとの合流は計れていない。


(もう、魔力が……)


 恐らく回復魔法は打てて片手ほど、周囲に魔獣や人の気配もない。

 ユズルさんが来るまで、とても耐えられそうになかった。

 いや、耐えるだけなら可能だった。


(きっとユズルさんなら、勝てるはず……っ)


 ユズルに全てを賭け、最後の手段に出る。


「……栄光(グローリー)なる(・ガード)り」


「まだ戦うのか。その根性、妾は好きじゃぞ?」


 そう言い放ち、ベルゼブブは右手に握っている鞭をユリカ目掛け振り下ろす。

 ユリカはそれを避けることなく受け続けた。

 普通なら意識が飛ぶほどの一撃。

 それを受けても尚立っていられるのは、先ほどかけた身体強化魔法のおかげである。


「いつまでもつかのぅ!」


「ひぐっ、あっ、はっ、あがっ」


(きっともうすぐユズルさんが来て、こんなやつ倒してくれるから……)


 朦朧とする意識の中、ユカリはユズルの姿を思い浮かべ体に力を入れる。

 だが、とうにユリカの体は限界を迎えていた。

 全身から出血し、肌の色が変わるまで殴られ続けたユリカの姿はあまりにも酷かった。

 それでも最後の一秒までユリカは耐えた。

 耐え続けた。

 

 彼女の心の瞳にユズルのすがたを映して。


「うぅぅ……」


 首を掴まれ喘ぐユリカ。

 その言葉は誰かの耳に入ることなく、風に運ばれて夜の街へと吸いこまれて行った。




「キリヒトが、ハルク村遠征の生き残り?」


「そうだ」


 キリヒトから告げられた事実に、ユズルは動揺を露わにする。

 だが、魔獣の群れと対峙しているキリヒトの姿を見た後では、信じざるを得なかった。


「悪いが俺ももう行かなければ」


「……どこへ?」


「……村長の元だ。お前も早くユリカの元へ向かってやれ。……いいか、本当に大切なものを間違えるなよ。間違った選択は、自分を永遠に縛り付けることになる」


 キリヒトは俯きながらそう言った。

 その表情がどこか悲しそうに見えたのは、果たしてユズルの思い込みなのだろうか。




 ……………ユズルが信号弾が打たれた場所に着いた時には既に決着が着いていた。

 辺り一帯の建物は崩壊し、所々に鮮血が飛び散っている。

 血をたどった先に、奴はいた。


 ……足元に一人の少女を転がして。


「遅かったのう」


 緊張感が走る。

 先に口を開いたのは魔人の方だった。


「どっかの誰かさんが魔獣を連れてきたおかげでな……お前がこの襲撃の主犯者ってことでいいか?」


 ユズルは滾る怒りの感情を押し殺し、話しかける。


「あぁ、そうじゃ。妾はベルゼブブ。これは妾が始めた争いじゃ」


 ユズルは足元に転がる一人の少女を指さして問う。


「それで?お前の足元の少女はどうしたんだ?」


 分かっている。

 わかっているが認められない。


 だが認めたくなかった事が現実となる。 


 ベルゼブブが転がる少女の頭をつかみ持ち上げる。

 その少女の顔を見て、ユズルは全身の力が抜け、肺が呼吸を忘れる。


「おや?その顔は知っておるのか。それはすまなかった。お主が来る前にミンチにでもしておいた方が良かったかのぅ」


「……」


 それだけでは終わらなかった。

 ベルゼブブはユリカの服を剥ぐ。

 白く艶めかしいその体は……


「どうじゃ?美しいじゃろ?」




 禍々しい侵食に蝕まれていた。




「ッッ貴様ァァァァ!!!!」


 ユズルは剣を抜きベルゼブブに切りかかる。


「おお、怖い怖い。そんなに大切な人だったのか?」


「だまれぇえ!!!」


 大きく踏み込み、ユズルはベルゼブブに剣を振り上げる。

 剣先がベルゼブブの袖に傷跡を作る、が、あと一歩届かなかった。


「っ……!」


 ベルゼブブは体を回転させユズルの一撃を交わし、ユズルの顔を目掛けて足を振り下ろす。

 その足を受け流し、反動で後ろへと張飛するが、逃がさんと言わんばかりにベルゼブブの鞭がユズルの腕に絡みついた。


「しまっ……!」


 そのまま引き寄せられ、脇腹に打撃が入れられる。


(小剣?!いつの間に)


 恐らく袖に隠し持っていたんだろう。

 ベルゼブブの服装は戦闘向きに足元が空いて、手元は長い袖で隠れている。

 そのおかげで先程の蹴りの一撃も、今回の袖からの小剣の一撃も的確に相手にダメージを与えれたわけだ。


「ローレンス式抜刀術肆の型──」


 至近距離で肩ごと剣を引く。


「貫雷!!!」


 ベルゼブブの頭部目掛けて剣を突く。

 だがその一撃も、ベルゼブブの頬を掠めるだけで致命傷は与えられなかった。

 でもそれで十分だった。

 体勢を崩したベルゼブブの腹を蹴って距離を取る。

 先程刺された腹部からは血が滲み、手先が震えだす。

 力を入れようとすると気分が悪くなる、まるで貧血のような感覚がユズルを襲う。

 実際貧血だろう、だけど止まれなかった。

 

 恐らく今この場を離れて回復術師を探せば、まだ助かるだろう。

 けどそんな冷静でいられるはずがなかった。

 既に思考は停止し、目の前の魔人の女を殺すことしか頭になかった。


「ローレンス式抜刀術──」


 再び剣を構え足に力を入れる。

 と、誰かに肩を引かれた。


「一旦落ち着け」


「……キリヒト…すまないがそれは聞けないな」


 視線をベルゼブブの方へと向け直す。


「今切りかかっても返り討ちにされるだけだ」


「……お前には分からねぇだろうよ。ユリカを、大切な人をあんな姿にした奴への怒りが!」


「甘えるなガキが!!」


「っ……!」


「奴に大切な人を奪われたのはお前だけだと思うな!……俺もかつてお前のようにただ怒りに任せて奴と対峙したことがある。診療所で話した話を忘れたのか!」


 キリヒトの発する一文字一文字に熱が篭もる。


「約200の兵を失った。だが俺はそいつらを見殺しにしてまで取り戻したいものがあったからだ!」


 キリヒトの熱量に押し黙る。


「俺は、俺はティアナを救いたかった……。それだけだった……。俺の身勝手な行動が、怒りに身を任せた行動が!取り返しのつかない結果へと繋がってしまった」


 先程別れ際にキリヒトの放った一言が蘇る。


「ティアナ?あぁ、あの小娘の事か。まだ死んでいなかったのだな。道理で結界が脆いわけ──」


「お前がその名を口にするな!」


 初めて見るキリヒトの姿に、ユズルはただ呆然と立ち尽くしていることしか出来なかった。


「……俺とティアナは幼なじみであり、生涯共にすると誓った仲だった。……奴が現れるまでは」


 キリヒトはゆっくりと、自分を落ち着かせるかのように話す。


「奴の呪いを受けてから、ティアナは変わってしまった。元村長が殺されたあの日からティアナは笑わなくなった。……次第に俺とティアナは言葉を交わさなくなっていったんだ……」


 診療所にいた時とは、まるで別人である。

 今のキリヒトの姿は、大切な人を奪われ復讐を誓うユズルと同じ一人の復讐者だった。


「だが、復讐の時は今じゃない。今は奴を結界外へと追いやることが最優先だ」


「けど結界は……」


「今三人の回復術師がティアナの治療に当たっているが意識が戻らない状況だ。恐らくユリカなら何とかできるはずだ。恐らく彼女は……、いや今はいい。結界さえ戻ればこっちのもんだ」


「お、終わったのう?」


 ベルゼブブが毛伸びをして立ち上がる。


「俺がユリカを回収して(ヒーリング)しの一撃(・キル)を使う。お前はユリカを連れてティアナの元へ向かってくれ。俺はそれまでここで時間を稼ぐ」


「………分かった」


 きっと今誰よりも村長(ティアナ)の元にいたいのはキリヒトのはずだ。

 しかしこの決断ができる当たり、覚悟の差を感じる。


(俺にできることは無いのか……ッ)


 そうだ、俺が教師になったのは……

 辺りを見渡し使えそうな情報を探す。

 ベルゼブブの弱点は火と水。恐らく羽が生命線なのだろう。


「……この村の水源ってなんだ?」


「村外れの貯水タンクからだが……」


 空を見て、先程ユリカの打った信号弾の動きを思い出す。

南風だった。

 風が来る方向を見ると雨雲が迫ってきていた。

 雨雲の到達時間を即座に計算する。

 そして、


(この地面に敷いてあるウッドチップの素材は、決して燃えやすい訳では無いが燃えなくは無い。周りの建造物に使われている素材は恐らく火に強いホムラの木だ。それなら)


「キリヒト、火って出せたりするか?」


「出せないことは無いが、何故今それ……そういう事か」


「伝わってくれたのは嬉しいんだけど問題はタイミングだ。雲行きからして……30分後。30分後なら火を放っても雨で消火されるはずだ」


「貯水タンクの位置を聞いたのもそういう事か」


「ああ。30分経ったらキリヒトは火を放って貯水タンクへと誘導してくれ。そこで合流しよう。そして再び別ルートで中央へとおびき寄せ雨雲と挟み撃ちにする。そのタイミングで結界が戻れば……」


「結界の効果で弱り、逃げ道を失ったやつを一気に叩くというわけか!」


「みんなのタイミングが合わないと成功しない作戦だ。成功率はかなり低い。それに最も危険なのはキリヒトだ」


「やる前に言っても仕方ないことだ。反省は終わった後すればいい。今はそれが最善策だ」


 キリヒトとユズルは顔を見合わせて頷く。


「これを渡しておく。回復薬だ、奥歯に仕込んでおけ」


 キリヒトに渡されたカプセル状の回復薬を奥歯に仕込み目標へと視線を向ける。


「ローレンス式抜刀術肆の型、貫雷!」


盗賊(サータリィニィ)(・ハント)!」


 ユズルがベルゼブブを足止めし、その隙を利用してキリヒトがユリカを救出する。

 突きのように伸ばした腕で対象(ユリカ)を抱きとめ、そのまま交代する。

 そして、


(ヒーリング)しの一撃(・キル)!」


 キリヒトがユリカを回収したことを確認し、ベルゼブブから距離をとる。

 それを逃がすまいとベルゼブブの鞭が迫るが、


「悪いがお前の相手はこの俺だ」


 ユズルの後ろ、死角から姿を現したキリヒトに相殺される。


「行け!」


 キリヒトの掛け声と同時に、ユズルはユリカを抱いて村長の元へと駆け出した。




「くそ……俺にも回復魔法が使えれば!」


 ユリカを担ぎフォーラ村村長 ティアナの元へと向かう。

 辺りには崩壊した建物や、中には潰れた果実のように地面に潰れた人の姿があった。

 嗅いだことも無い異臭に咳き込みながらもペースを緩めずに走り続ける。

 そしてついに村長宅にたどり着くが……


「っ!もうここまで」


 村長の家の前では複数の魔獣と護衛兵が対峙していた。

 遠目からでもわかる戦況に眉が寄る。

 このままだと突破されるのも時間の問題だ。

 護衛兵の方には申し訳ないが、次の犠牲者が出たタイミングで奇襲をかけるとしよう。

 それが一番得策だと言い聞かせ、名も知らない兵に謝罪の念を唱える。


「……少し待っててな」


 当たりを確認し、未だ目を閉じたままのユリカを民家の壁に座らせユズルは剣を抜く。

 大熊が兵に飛び乗り手を振り上げたタイミングでユズルは一気に距離を詰め、仕掛ける!


「ローレンス式抜刀術漆の型、櫛風!」


 この技は旋風と似て非なる技である。

 疾風の一撃と櫛風の一撃。

 威力だけでいえばローレンス式抜刀術の中でも高い方に分類されるだろう。

 壁を蹴り、空中に身を投げる。


(五体ッ!)


 瞬時に相手の配置を記憶し、護衛兵に跨る大熊目掛け両手で剣を振り下ろす。

 体を捻り大熊の体を分断し、その勢いを殺さず右足を軸にして回転する。

 即座に片手を剣から離し、旋風へと型を変える。


(右に一体、左に二体か)


 この体勢から見えるのは三体。

 左前方の大熊の両足を切り落とし、態勢崩した大熊は仰向けになって地に伏せる。

 これで行動速度がかなり落ちるはずだ。

 伏せた状態から届くであろう予想攻撃範囲から離れる為、方向転換し右の一体を叩く。


「ローレンス式抜刀術壱の型、煌龍!」


(しまッ!)


 あと一歩、いやあと数センチ届かなかった。

 大熊が一体の時はそんな焦る事ではない、だが状況が違う。

 今はそんな悠長にやっていられるほど余裕が無い。

 この位置では先程両足を切り落とした大熊の攻撃範囲内である。


「くそ……っ!」


 左足首を引っ張られその反動で体が浮く。

 そのまま頭から地面に叩きつけら…れ………。

 恐らく脳震盪だろうか、悲鳴さえ生まれなかった。

 掠れる意識の中、遠くに横たわるユリカの姿が映った。

 ぼやけてよく見えない、だが確かにユリカの前に黒い影が……。


"(五体ッ!)(右に一体、左に二体か)"


 一体は倒した時点で残り3体だった。

 ……残り一体、どこいった?


「まさ、か……!」


 ユズルは必死に抗おうとするが体が動かない。

 今日で何度目だろうか、こんな気持ちになるのは。

 何度目だろうか、こんなに辛いのは、痛いのは、苦しいのは、悔しいのは。

 湧き上がる感情は全て「怒り」へと変換される。

 こんなはずじゃなかった。

 そんなのただの言い訳だ。


 必ず守る。

 現に守れていないじゃないか。


 抗ってみせる。

 体も動かないのに?


 黒く染る視界の中、光り輝くものを見た。

 それはユズルの手の中から、叔父から受け継いだ剣から発せられていた。


(暖かい……)


 微かに指が動いた。

 その生まれた僅かなエネルギーを全て剣を握る手に込める。


(……っ!!!)


 より激しく光を放ち、全身を包み込む。

 僅かに生まれたその力でユズルは別れ際にキリヒトから渡されたカプセルを噛んだ。


「ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


 身体中が汗ばみ、膝を揺らしながら立ち上がる。

 そのまま大熊目掛けて剣を振り下ろす。

 ユズルの放った一撃は空間へと具現化し、ユリカに覆いかぶさっていた大熊を切り裂いた。

 そのまま体を起こし四方八方に剣を振り下ろす。

 その一撃一撃が光の矢となって大熊の体を貫いた。


「これ……は?」


 冷静さを取り戻したユズルは言葉を失う。


 その光景はまるで、人類に希望を与えた英雄 ローレンスとその愛剣 シュバルツの剣舞のようだった。

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