第79話 精霊 シュバリエル
「貴方は、誰ですか?」
ユズルの背後でそう語りかけてくる少女は、あの水晶の中で眠っていた少女だった。
全身が白く輝き、透明感のある長髪は足先の方まで伸びている。
「透明感……というか透けてる?!」
よく目を凝らしてみると、確かに透けて見える。
彼女は人間では無いのだろうか?
それどころか体が宙に浮いている。
(まさか、幻覚か何かか?)
このところ現実離れした出来事が多かった為、精神不安定で幻覚を見てもおかしくは無い。
「……誰?」
しばし考えている内に同じ質問をくり返す。
少女は表情一つ変えず、首だけ傾けていた。
「……俺はユズルだ」
「ユズル……そう」
名前だけでは何も分からないだろ、と思いながら彼女の次の言葉を待つ。
だが彼女から発されたのは、衝撃的な言葉だった。
「ユズル、ローレンスはどこ?」
……今、ローレンスと言ったのか?
確かに彼女は今、ローレンスと言った。
だが少女の姿を見る限り、さほど歳をとっていないように見える。
(いや、夢の中にいたんだ。それも水晶の中で眠ってた。この際見かけの歳なんて関係ない)
だとしたら彼女もローレンスと同じ時を過ごした者なのだろうか?
「なぜ、ローレンスの名を?」
「?そんなの決まってるでしょ?」
先程同様彼女は首を傾げる。
まるで当たり前のことを聞くなと言わんばかりに。
「私がローレンスの契約者だから。ご主人様を探すのは、当たり前」
「契約……者?」
ふと、昨日ユリカから聞いた話が頭をよぎる。
「……もしかして君は、"精霊"なのか?」
と、その時だった。
「ユズル!お前無事だったのか?!」
洞窟の入口付近からアーロンさんの声が聞こえた。
アーロンさんの隣にはダイクの姿があり、2人とも慌てた表情を浮かべている。
「急に倒れるからどうしたのかと……私だけじゃ運べそうになかったからダイクを呼んできたんだが、その様子じゃ何事なさそうだな?」
「は、はい……。それよりも今彼女が……」
ユズルは浮遊する彼女を指さす。
だが、
「何を言ってるんだ?やっぱりどこか悪いのか?」
「えっ、いやそこにいるじゃないですか!」
「ユズル、悪いが俺達には何も見えていない。ダイク、こいつを担げ」
「はい!」
「いや、ちょっ、ちょっと待ってください!」
ユズルを抱きかかえようと腰を持つダイク。
(普通の人には見えないのか!?)
「私の姿は、契約者しか見えない、はず。だから、何故貴方が見えるのか、気になった」
ダイクの腕を退け、少女の言葉に耳を傾ける。
「もしかしたら、見た目が変わっただけで、ローレンスなのかなって思ったけど、違った。だから、貴方が何故見えているのか、分からない」
「ユズルさん!抵抗しないでください!」
「ほれユズル、抵抗するな!」
2人がかりでユズルの腕と足を抑える。
そのまま洞窟の出口へと体が運ばれていく。
「君は一体、何者なんだ!」
徐々に小さくなる彼女に向け、そう言葉を発す。
「私は、シュバリエル。精霊、シュバリエル」
シュバリエル、聞き覚えのある言葉だった。
"ローレンスの契約者"であり、シュバリエルという名。
そう、彼女は──、
「君は、聖剣 シュバルツなのか……?」
白く光る謎の鉱石。
何かが祀られていた祭壇。
そして精霊。
それから推測される答えは、彼女は聖剣 シュバルツに宿る精霊であるということだった。
(ここに彼女を置いていく訳には行かないっ!)
恐らく彼女は、この世界を救うために必要不可欠な存在だ。
この機会を逃す訳には行かない。
ユズルがダイクから逃れようとしたその時だった。
「──おやおや、先客がいたとは」
洞窟の出口付近に人の姿が映った。
逆光でぼやけるが、シルエットから分かる。
あいつは、魔人だ。
「っ!ダイクさん、アーロンさんを連れて逃げ──」
「氷河の一撃」
(避けれなっ──)
魔人の一撃が三人を襲い、散り散りになる。
戦闘慣れしているユズルはかろうじて受身が取れたが、年老いているアーロンさんはかなりの重症を負ってしまった。
何とか致命傷を逃れたダイクさんが、アーロンさんの元へと向かう。
その隙にユズルは聖剣 シュバルツを手に取った。
「貴方、その剣……」
「お前のことが見える理由、もう分かってるだろ!」
彼女に背を向け、剣を構える。
もし、彼女が聖剣 シュバルツならば……
「今のご主人様は俺だ!俺に力を貸してくれ、シュバリエル!」
魔人に体を向け、次の一撃に備える。
「よく分からないけど……」
シュバリエルと名乗る少女が剣に触れる。
その刹那、剣が光り輝き少女の体が剣の中へと吸い込まれていく。
「力を、貸す。聖なる力を持って、敵を撃つ。それが私の、使命、だから」
いつもより一層輝きを増す聖剣。
(さっきの一撃でわかる。あいつは今までの魔人とはくらべものにならねぇ……!)
だが今のユズルにはシュバリエルがいる。
実力は劣れど、総合的な力では同じ土俵に立てるだろう。
あとは、ユズルが覚醒できるかどうかだけ。
異国の地にて、ついに戦闘が始まる──。