第76話 宿舎
気がつけば日がもう沈もうとしていた。
アーロン達に工場内を案内されたユズル達はその後、宿舎に案内された。
工場の宿舎とは思えない綺麗な作りに軽く驚く。
下手すればそこら辺の宿より高級感がある。
「飯は3食出る。だが他で食べる用がある時は、指定時間の2時間前までに1回の受付に申し出るように」
寝るところだけでなく食事まで出るのか。
あまりの待遇に思わず長居をしてしまいそうだがそうもいかない。
(海を挟んだとはいえここは王都の隣国。追おうと思えば何時でも追っ手はやってくる)
あくまでここに行き着いたのは船をおりるためであり、そこがたまたまおじいちゃん、基英雄ローレンスの故郷だっただけで長居する用はないのだ。
(とりあえずこの剣のことを聞いて、機会があればおじいちゃんのことも……)
「そうだ、お前さんの剣貸してくれないか?」
「え?あ、はい」
アーロンに言われるがままユズルは腰から剣を抜き手渡す。
「あと、背中にかけてあるやつも、だ」
ユズルの背中には、大佐との戦いで使用したあの剣がささっていた。
「この剣たちは打ち直しておく。年代物だ、そろそろガタが来てるだろう」
正直、助かる話だった。
聖剣に関してはあまり変化はないように見えたが、フォーラ村で作ってもらった剣はかなりガタが来ていた。
(良く考えれば、ベルゼブブ戦の時もグランドゼーブ戦の時もトドメを刺したのはこの剣だっけな)
むしろここまでよく耐えたと思う。
フォーラ村の鍛冶師の腕は大したものだ。
「募る話は明日にでも聞くとしよう。今日は休め」
「ありがとうございます、それではまた明日」
明日の朝ごはんに思いを募らせながら眠りにつくのだった。
(……またこの夢)
王都の時以来、実に数ヶ月ぶりにあの夢を見た。
真っ暗な空間に光り輝く水晶。
だが前回と明らかに違うところがあった。
(そういえば、あの脈打つ心臓は?)
辺りを見渡してもそれらしきものは見当たらない。
それどころかよくよく見ればこの水晶の夢と、あの脈打つ心臓の夢には違う点がいくつもあった。
話せば長くなるので割愛するが、結論からいえば
「俺は別々の夢を見ている、ってことか」
脈打つ心臓の夢はなんの夢なのか検討が着く。
意識が覚醒した時全身が侵食されていたところを見ると、恐らくあの夢は魔人化の夢(前兆)で間違いないだろう。
「だとしたら、この水晶の夢はなんなんだ?」
そっと水晶に近づくと小さなヒビが入っているのが確認できた。
(前来た時にはこんなヒビ無かった。今回が初めてだ)
まるで内側から破られるかのように水晶にヒビが刻まれている。
そうこうしてるうちに辺りが明るくなり始めた。
どうやらもう朝らしい。
「……次来た時は、会えそうだな」
水晶の中に眠る少女にそう告げ、ユズルは朝を迎えた。
アイアスブルク辺境伯領に来て2日目の朝。
期待していた朝食は、想像以上のものだった。
……いや、想像できるものではなかった。
机に並べられた料理は、どれも見たことがないものだった。
(そりゃそうだよな、ここはもう東の大陸じゃないんだ)
とりあえず1番近くに置かれているゼリー状の物を口に運んでみる。
色は水色でいかにも甘そうな見た目をしているが……
「……これ、もしかしてスープか?」
ゼリー状の物は口に入れた瞬間溶けてなくなってしまったが、代わりに口の中にはコクのあるスープの味が広がっていた。
「ユズルさん、これみてください」
そういうユリカの手には伸びに伸びた謎の物体が。
皿から肩まで、およそ人一人分は伸びている。
「それ、美味しいのか?」
「……ん、美味しいですよ」
恐る恐るユズルも口に運ぶ。
確かに美味い。
知らない土地での食事にはいつも驚かされる。
同時にこの食事の時間が、旅の疲れを癒せる唯一の時間と言っても過言ではなかった。
時間を忘れ二人で謎の料理たちを頬張る。
朝食を終えたらアーロンさんに話を聞きに行こう。
そして知ることになる。
英雄 ローレンスという男の生涯を。
聖剣 シュバルツに隠された秘密を──。