第75話 辺境伯領
「ここが……」
船を降り辺りを見渡す。
島を出てから約1ヶ月、ユズル達は遂に西の大陸への上陸を果たした。
ウィズダ村のメイシスから受け取った地図を片手に、まずは聖剣を打ったとされる鍛冶師 アーロンの所へ向かうことにした。
「話によると、アーロンさんは街の外れにある小さな鍛冶屋で働いてるらしいけど……」
地図に書いてある方向を見ると、何やら大きい工場が佇んでいた。
もちろん地図にはそんな記載はない。
(まぁ50年近く前の地図だしな。そりゃ変わるよな)
……急に地図が頼りなく思えてきた。
とりあえず工場の裏に回って見よう、ということになり歩き出したその時だった。
「……お前さんが、ローレンスの孫か」
背後からそう聞こえ、ユズルは勢いよく振り返る。
そこには杖をつき片眼鏡をつけたおじいさんが立っていた。
(それよりも今この人、ローレンスの孫がどうのって……)
「数日前に辺境伯から聞いておる。ローレンスの意志を継ぐ者がこの国に来ると」
「…………なぜ俺たちにそれを……?」
「その腰にかけてある剣、それは私が打った物だ」
「ということは貴方が──」
「アーロンさぁーん!」
とその時おじいさんの後ろから誰かが駆けてきた。
追いつくなり膝に手を付き息を切らす。
「ちょ、ちょっと、置いてかないでくださいよ」
「あ?あ、あぁすまん」
どうやら知り合いのようだ。
(てことはやっぱりこの人が──)
「例の少年たちを見つけたんでな」
「じゃあ僕に一声かけてくださいよ!」
「すまん、最近物忘れが酷くて……」
「こういう時だけ老いぼれ振るのやめてください!現役バリバリで鍛冶師続けてる人が何を言うんだか……」
「仕事とこれは別だ。そんなことより、まずは彼らを」
「はぁ……そうですね」
しばらく言い合ったあと、男は不満そうな顔をしながらユズル達の前に出る。
「早々にすみません。私、この国で鍛治士をやっていますダイクと申します」
丁寧に挨拶をした後会釈をする。
それに続いてユズルたちも挨拶をした。
「そしてこのお方は……」
「アーロンさん、ですよね?」
ユズルがそういうとおじいさんは軽く頷く。
「……ローレンスから聞いたのか?」
「いえ、おじいちゃんを知る人から……」
「そうか……」
アーロンは少し悲しげな表情をうかべた後、ダイクに鍛冶場に連れていくように指示を出す。
「お前さん達の身柄は私達が預かっておる。安心しろ、私の鍛冶場には悪人はいない」
アーロンとダイクに連れられやってきたのは、先程から見えていたあの工場だった。
「……メイシスは、外れにある小さな鍛冶屋って……」
「50年も続けてりゃでかくもなる。あいつが見たら驚くだろうな」
アーロンが笑う。
彼の言うあいつとは恐らくローレンスのことだろう。
アーロンがローレンスを想う気持ちは、ユズルがマコトやリアを想う気持ちと同じなのかもしれない。
(マコト、リア……俺はこんなに大きくなったぞ)
空を見上げる。
二人を想って空を見るのは、これで何回目だろうか。
変わり続ける記憶の中で、二人と過ごした日々だけが色褪せず残っている。
どんなに想っても、もう帰ってこない。
そんなことはわかっている。
だが彼らがいた事は決して忘れてはいけない。
とある人が言っていた。
『人はいつ死ぬのか。魔獣に襲われた時?不治の病に犯された時?毒草を食った時?いづれも不正解である。死、すなわち人に忘れられた時である』と。
彼らは今でも、俺の記憶の中で生き続けている。
「ユズル、新しいお花を見つけたの!来てきて!」
「ユズルくん、リアちゃんを止めてよぉ!朝から走り回っててもう死んじゃうよ!」
「……はははっ」
今も色褪せない記憶。
それは、忘れてはならない大切な記憶──。