第67話 目覚め
「ここは……?」
先程までいた場所とは一転、真っ暗な空間がそこには広がっていた。
「うっ……」
頭が痛い。
恐らく先程の大佐の攻撃を受けた時に、地面に頭をぶつけたからだろう。
「そうだ、俺は大佐と対峙して……」
ユズルは辺りを見渡す。
だがそこには大佐の姿はない。
それどころかこの場所が何処かすら分からなかった。
「移動させられたのか?……いや、そもそもここが現実の世界とは限らないよな」
とりあえず頬をつねってみるが確かに痛みがあった。
とその時、ユズルは何かを思い出したかのように目を見開く。
「……ここ、たしか前に夢で……」
声に出して初めて気づいたが、ユズルは過去にこの場所に二度訪れている。
一回目は竜の渓谷を訪れた日の夜に。
二回目は王都の馬車の中で。
しかし前回と明らかに違うところがあった。
それは、
「そういえばあの時は水晶があったはず……」
過去二回、いずれもこの場所には水晶が立てられていた。
1回目では分からなかったが、2回目でその水晶の中に少女が眠っていることが確認できた。
しかし今回、その水晶がどこにも見当たらない。
「似ているけど、違う場所なのか?」
よく見ると確かに所々違うように見える。
──ドクンッ!
「──ッ?!」
鼓動のような音が聞こえ、ユズルは咄嗟に耳を塞ぐ。
しかしその不快な音は徐々に大きくなっていき、やがてその姿を現した。
──ドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッ!
「……なんだ、これ」
そこには真っ黒な心臓があった。
触れるのを躊躇うが、何故か触れないと始まらない気がしてその心臓に手を当てる。
その瞬間手が心臓の中へと取り込まれていき、吸い込まれるように腕が引っ張られる。
「なん、て、力だッ!」
必死に抜こうとするがビクともしない。
それどころがますます取り込む速度を上げ、気づけば顔と左手を残してほとんどが心臓の中へと取り込まれてしまった。
霞んでいく意識の中で、ユズルは涙を流した。
痛みでも、悲しみでも、嬉しさでもない涙。
無意識に流れる、感情のない涙を。
そして──、
「……まさか魔王に守られるとは、な」
「な──」
「ローレンス式抜刀術 初ノ型──」
ユズルの体は分裂されてなどいなかった。
それもそのはず、ユズルの体にはあの魔王 アーリマンにつけられた禍々しい呪術が、体を侵食しているのだから。
ただ、今までと違うところがあった。
今まではあくまで侵食された部分だけがダメージを受けず、それ以外は普通の人間同様傷ついていた。
だが、今回は違ったのだ。
確かにユズルは大佐の攻撃を受けて血飛沫をあげた。
しかし今こうして動けているのは何故か。
その答えはいかにも単純だった。
「お前、その姿……ッ?!」
ユズルは今、体の八割が黒く侵食されてしまっているからだった。
左脇腹だけだった侵食はこの一瞬で左手、顔の左半分、右手の肩から肘まで、両足の付け根から膝まで進んでいた。
もはや先程までの面影はなく、あるのは侵食された肉体と──、
「──聖龍!」
大切な人を守りたい、その思いだけだった。