第63話 管理者
「混乱に乗じて侵入したはいいが……」
男は白みがかった髪をかき、辺りを見渡す。
そこには無数の兵士の亡骸があり、通路には戦闘の跡が残っていた。
「ここからどうするか……」
とりあえず奥へ奥へと足を運ばせる。
男がいるのは城の2階層。
何も考えずに来てしまったことを少し後悔した。
「だけどここで動かなきゃ、もうチャンスは現れねぇよな」
宛もなく、いきあたりばったりで見つけた扉を片っ端から開け続け、魔導書を探す。
と、五つほど扉を開けた時だった。
「……なんか変だな」
その扉の先は明らかに先程とは違う、まるで別世界のような空気が漂っていた。
恐る恐る中へ足を踏み入れると、背後から扉が閉まる音が聞こえ、たちまち扉は消えてしまった。
「どうやってここに来たのですか?」
どこからともなく声がし、男は顔を上げる。
天井が高い。
もしこの部屋が王城の中にあるのならば、3、4階層まで吹き抜けになっているレベルだろう。
だが、男は確信していた。
この部屋は王城の中にはない。
正確には、
「ここはどこなんだ?」
本棚の裏より一人の女性が姿を現す。
しかしその顔には仮面が被せられており、素顔が見えないようになっていた。
「ここは管理者の部屋。貴方、どうやってここへ?」
先程と同じ質問が返ってくる。
「……普通に扉を開けただけだ」
「そんなわけは無いはず。この部屋は外界とは直接的には繋がらない、私の意思が無ければ誰も入って来れないはず」
「じゃあお前さんの意思なんじゃないのか?」
「そんなわけは無い。そもそも貴方と私は面識すらないでしょう?」
「仮面のせいで誰だか分からないが……少なくてもアルバ村にお前みたいなやつはいなかったな」
「ははっ」と笑い、男は鞘に手をかける。
「お前さんはここで何をしているんだ?」
「答える必要がない質問には、答えない主義なの」
男は「そうか……」と吐き捨てると、指を天井に向け「じゃあ……」と言葉を続ける。
「あそこに浮いてる魔導書たち、あれはお前さんのか?」
「……」
「その沈黙は、はいってことでいいんだな?」
「それを知って、貴方はどうするの?」
管理者を名乗る女が男を睨む。
その瞬間、男は体が重くなるような感覚に襲われる。
「悪いけど、俺にも時間がねぇんだ」
「……っ!」
男は管理者の女の懐に潜り込み、腹に蹴りを入れる。
その刹那、部屋が大きく傾き男は近くにあった本棚に手を伸ばした。
「あれが無いと、村のみんなが困るんでな」
男の視線の先には、宙を舞う魔導書が。
「……貴方、名前は?」
動きゆく部屋の中で、男と管理者は向き合う。
「人に名前を聞くなら、まずは自分が名乗るのが筋ってもんじゃないのか?」
「私の名前はエリカ。貴方は?」
男は鼻下を指でなぞると、笑いかけるように言い放つ。
「俺の名前はボップ。新時代の英雄の、お師匠様だ」
アルバ村の騎士団長でもあり、ユズルという男を教えてきた師匠でもある男と管理者の戦い。
それは、誰も知らぬ未知の戦い──。