第62話 呪術師vs呪術師(下)
「これはどうかな?」
(これは神経毒系統の呪術ね……ならっ)
ミカエラは腰に隠し持っていたポーチから注射器を取りだし自分の腕に差し込む。
たちまち呪術の効果は消え、空になった注射器は地面に放り捨てた。
「解呪までの出際がいいね、さてはお姉さんも呪術師?」
「口じゃなくて、手を動かしたらどうかしら!竜の拳骨!」
ミカエラは必死に距離を詰める。
だがカトルに触れることは愚か、場所が狭いせいで先程から障害物と接触しており、逆に体力が持っていかれていた。
中でも部屋中に立てられたポットが厄介で、少し触れただけでたちまち中の液体が吹き出し、地面を浸していく。
ただの水なら良かったのだが、そうもいかないらしい。
「あと何回、解呪出来るかな?」
「くっ……!」
ミカエラは再び距離をとると、注射器を体に打ち込む。
カトルの言う通り、無限に解呪ができる訳では無い。
ミカエラが持ってきた注射器は残り5本。
しかし、それだけではなかった。
(これで三連続神経毒系統の呪術……。あの子、わかってやってるわね?)
確かにミカエラの腰にはあと5本の注射器がある。
だが、その中で神経毒系統の呪術を解呪出来る注射器は果たして何本あるだろうか?
正解はあと一本だ。
つまりあと一回彼から呪術を受けた瞬間、ミカエラは撤退を余儀なくされる。
(ここまでしておいて、撤退は出来ない。それに……)
ミカエラはずっと根に持っていたのだ。
竜の財宝が奪われたのは自分の不注意のせいだと、一人で抱え込んでいたのだ。
その責任感があるが故に彼女は一人苦しみ、ここまで来た。
今更引くことなどできない。
(それに、竜王様から貰った力をまだ出し切れてない。こんな中途半端じゃ終われない!)
ミカエラが覚悟を決め立ち上がったその時だった。
「……ぇ?」
ミカエラの視界がぐらつき思わず地面に倒れ込む。
何が起こったのか、ミカエラ自身も判断が追いつかなかった。
(いま、何が起きて……)
「あーあ、あんなに壊すからだよ」
倒れ込むミカエラを見下ろすよう、カトルが笑いかける。
「あのポットに入っていたのは呪術を液状化したもの、つまりお姉さんは自分で自分の首を絞めたってこと」
伏せるミカエラの目の前には、大海原のごとく地面を浸している液体が辺りに充満している。
(まさかこれが全部、呪術そのものだっていうの……?)
「解呪の薬ができるってことは、その原因となる呪術もまた、物質化出来るってわけ」
難しいことはよく分からないミカエラでも、妙に納得が言ってしまう話だった。
解呪の薬だって元は魔法だ。
何も無い無の空間から作られた薬なのだ。
「多分この量、お姉さん死んじゃうね!どうする?この部屋から出してあげよっか?」
純粋無垢な目を向けながら、カトルが挑発口調で呼びかける。
見た目といい、話し方といい……
「………くそがきが……」
「なぁに?」
遂に怒りが頂点に達したミカエラは目をかっ開くと両手を地面に叩きつける。
その腕が鈍く光ったと思われた次の瞬間、ミカエラの両腕に鱗のようなものが化現し、全身から熱気が放たれる。
「え、なになになに?」
カトルもこの状況に困惑した様子で二三歩後ろへと後ずさりをする。
ふらつきながらミカエラが立ち上がったその刹那、全身が赤く燃え上がる。
ミカエラから発される熱気で地面を埋めつくしていた液体が蒸発し、体を犯していた呪術をも焼き尽くした。
「き、気持ち悪いなぁ!早くくたばれよ!」
カトルは焦ったようにミカエラに呪術をかけるが、まるで効かない様子のミカエラは身体の重心を右足へと移す。
そして遂に──、
「これが──っ!」
「なっ──」
今までかすることすら出来なかったミカエラの拳が、カトルの顔面を捉える。
「──竜王の拳だ!」
全身の力を右手に集中させ、放つ──。
「竜王の爆裂拳!!!!!」
竜王の炎を纏ったその一撃は、勝利の一撃であった。