第6話 明かされる真実
「失礼します」
「あらぁ、扉が開かれるのなんていつぶりかしら」
「竜…………人……?」
「うふふ、そうよ」
扉の向こうには角と尻尾を生やした女性が立っていた。
「……なるほどね」
ユズルは自分の脇腹を見せ、経緯や状態などを一通り説明した。
話を聞いたミカエラは険しい表情を示す。
「……これは魔獣によるものでは無いね。呪いであることは間違いないんだけどもっと高貴な……言ってしまえば魔人によるものだわ」
「魔人……ですか」
【魔】の名を持つ生物は、3種類に分類される。
1つは暴龍や大熊といった魔獣である。
名前の通り奴らは人の姿を持たない。
凶暴かつ知性が低く、魔族による被害はだいたいこの魔獣によるものである。
次に魔女。
魔女と言うものの男の魔女も存在すると村の文書には記されていた。
この種族は謎が多く、多くのものが魔族としての共存をあまり望んでいない。
また、纏まって生活しておらず各地に転々と存在する。
そしてもうひとつは魔人である。
彼らは人の形を持ち、人と同じ言語を話す。
また魔獣とは比べ物にならない戦闘力を持ち、中には能力を持つものもいる。
そのひとつが、
「この侵食だよな……」
「そうね。魔獣の攻撃による侵食する呪いはこんなに高範囲にまで広がったりしないわ。せいぜい片手程だもの」
ユズルの侵食は少なくとも両手分は優に超えている。
「……考えられるのは魔人による呪術ね」
魔人のもつ能力と魔獣の能力である呪術とは天と地ほどの差がある。
今回ユズルが受けたとされる呪術はどちらにも当てはまるのだが、その呪術の強さから魔人によるものだと診断された。
「呪術を操る魔人……」
ユズルの記憶では四名、そのうち一名は……
「魔王 アーリマン……かもしれないわ」
ユズルの思考とミカエラの発言が重なる。
実はこの可能性は捨てきれないのだ。
今から十数年前、魔王は魔都を離れていた時期がある。
魔都とは魔人たちの中心都市であり、魔王 アーリマンが直接統治下に置いている都市である。
……元々人類の王都があった場所だ。
その間に魔王はいくつかの村を滅ぼした。
英雄 ローレンスの敗北後、魔王に挑むものが減った為、魔王は暇つぶしに村を壊滅させていったのだ。
……ユズルがこの呪いを受けたのもその期間内である。
それはユズルも村で書物を漁っている時に見つけて知っていた。
知っていた、が、その事実から目を背けてきた。
(暇つぶし程度に村を壊滅させるようなやつにどうやって勝つんだ……)
「……何弱気になってんだ」
ずっと暴龍を倒すために努力してきた。
だが暴龍を倒した今、新たな敵が目の前に現れた。
むしろ相手が全ての根源である魔王なら、
「好都合だ。まだ決まったわけじゃないがいつかは剣を交える相手だ。むしろ手間が省けた」
そう言ってユズルは立ち上がり、
「ありがとうございました、やっと迷いが晴れた気がします」
「あらあら、強いのねお兄さん」
ミカエラさんにお礼を言い、店を後にする。
その去り際、ミカエラさんはユリカに軽く耳打ちをした。
「あなたが彼を支えてあげるのよ」と。
「……はい」
その言葉はユズルの耳には届かなかった。
「俺はこれから二人のことを報告しに村長の元へ行く。ユズルはまだ安静にしてろ。嬢ちゃん、ついててやりな」
外に出たキリヒトが二人にそう伝える。
「結界の仕組みについては知ってるよな?」
「はい」
実は結界は無敵な訳では無い。
結界は各村長自身である。つまり一心同体というわけだ。
村長が亡くなれば結界は解かれるし、村長が病気にかかれば結界も弱くなる。
感覚が共有されているため、昨日ユズル達が結界内に入った時に気づいているはずだ。
「それじゃあ先に帰ってろ。いいか、絶対安静にしとけよ」
「はい、色々ありがとうございます」
そう言ってキリヒトは診療所とは違う道へと歩みだした。
"「あなたが彼を支えてあげるのよ」"
ミカエラが最後にユリカに言った言葉。
その一言がユリカの頭の中に響き続けていた。
彼は今までずっと、自分では想像できないくらい長い時間、自分の侵食と最愛の人を奪われた復讐心と戦ってきた。
そんな人を支えることなんて本当に自分にできるのだろうか。
この村までの移動の一日間。隣で彼を見てきた。
そう、たった一日だ。
まだ彼の趣味すらも知らない。
そんな彼に果たして自分はついて行けるのだろうか。
「……なあユリカ」
「……は、はい」
突然ユズルに名前を呼ばれ、少し取り乱す。
「さっきなんて言われたんだ?」
「……なんでもないですよ。それよりユズルさん、なんであの時私を庇ったんですか?」
勢いで聞いてしまった、とユリカは思った。
「それはユリカが大事だから、かな?」
「……私たち、まだ出会って二日ですよ?」
「守りたいって思うのに時間の長さなんて関係ないんじゃないかな?」
「……」
「そりゃあ時間は有限だから。長くいればいるほど思いは強くなると思うよ。でも僕にとってユリカは人生を大きく変えてくれる人、そんな気がするんだ」
「……」
「俺はずっと親友が殺された日、結界を出たあの日から抜け出せないでいたんだ。それは暴龍を倒したあとも消えなかった。きっとこの先も一人でこの気持ちと戦って行くんだろう、そう思っていたんだ。だから君と結界を出たとき、何かが変わる気がしたんだ」
「……」
「それに僕一人だったら、今頃魔獣の餌にでもなっていただろう。精神的にも肉体的にも一人だったら今の僕はないんだ」
「……」
「きっとこの先、もっと危険な目に遭うことだってあるだろう。それでも──」
ユリカの目にユズルの姿が映る。
「僕について来てくれるかい?」
そんなこと言われたのは初めてだった。
ユリカの心の中にはもう答えは出ていた。
「はは、なんか告白みたいになっちゃったね」
「……いいですよ」
「え?」
「着いていきますよ、どこまでも」
そう答えた。
この時を境に、ユリカはユズルに特別な感情を抱くようになって行った。
「すみません!キリヒトさんはいますか!」
ユズルとユリカが診療所に戻って数時間が経過した頃、診療所に二人の男が訪れた。
そのひとりは血だらけで意識がないようだ。
「っ、どうしたんですか?!」
「また結界内に魔獣が……」
「結界内に?」
「もしかしてあんた達知らないのか?」
「あ、ああ。実は俺たちは隣の村から来たばかりなんだ」
「そうか、でも今は説明している暇はない!キリヒトさんはここにはいないのか!くそっ!」
「あ、待ってください!今治癒魔法をかけます」
ユズルの後ろに隠れていたユリカが顔を出し、負傷者に治癒魔法をかける。
「傷の状態を確認しよう。服を脱がせるぞ」
「ま、待ってくれ!あんた達何者なんだ?」
「彼女は回復術師で僕は教師だ。教師だが、医学も心得ている」
いつか結界外に出る時のためにユズルは様々な術を学んだ。
そのうちの一つに傷の応急処置も含まれていた。
いつかまた結界の外に出た時のために学んでいたのだ。
「確か僕のバックの中に……っ」
「こっちの傷塞がりました」
二人の手際の良さとコンビネーションを前に、男は呆然と立ち尽くしていた。
そのうちに傷が修復し、男も意識を取り戻したようだ。
「すみません、ありがとうございました」
「いえ。で、さっきの結界内に魔獣が出るという話ですが……」
「──その話は直接村長に聞くといい」
声のするほうを振り返ると、そこにはキリヒトの姿があった。
「村長がお前たちのことをお呼びだ」
村長を呼び出されユズルとユリカ、キリヒトは村長の家へとやってきた。
「この奥が村長のいる部屋だ」
キリヒトに案内されて廊下を進むと奥に一つの扉が見えてきた。
ユズルはドアノブに手をかけ扉越しに
「アルバ村から来ました。ユズルです」
と名乗る。
少し間が空いたあと、扉の向こうから「お入りください」と声がした。
「失礼します」
ユズルが扉を開け中に入る。
部屋の中にはベッドに横たわる一人の女性、フォーラ村の村長の姿があった。
ブロンズの髪に整った可愛らしい顔。しかしその顔には
「……それって」
「はい。あなたと同じ、魔人による呪いの被害者です」
禍々しい侵食が蝕んでいた。
「15年前、まだ私が村長ではなかった頃。この村は壊滅的被害を受けました」
ユズル達は村長の話に耳を傾ける。
キリヒト曰く、キリヒトがユズル達がこの村を訪れた理由を村長に話したところ、会って話したいと言い出したそうだ。
「元村長、私の祖母が暗殺されました」
驚きながらも彼女の話を妨げまいと押し黙る。
「村長が亡くなった場合、自分の子に権限が移ります。言い換えれば村長が死なない限り、結界の権限が移ることはありません。しかし祖母が亡くなった時、権限は母ではなく私に移りました」
「なっ!?」
15年前ってことは彼女の見た目から推定するにせいぜい7.8歳だろう。
そんな子供に権限が移るなんて……
「もちろん誰しもが次の村長は母だと思っていたので予想外の事態に村は混乱していました。しかしこれだけでは収まりませんでした。幼かった私は結界の貼り方など知らなかったのです。この呪いはその時受けたものです」
先程の結界内に魔獣が出るという話が少し分かった気がした。
つまり結界をコントロールする村長が侵食に蝕まれている今、結界は不完全な状態なんだろう。
しかし権限の讓渡には命を要する、軽率な判断は出来ない。
この場にいる全員、解決策は何となくわかっていた。
だが、提案したがる者はいない。
どんな手を取っても、犠牲が生まれるからだ。
「……要はあんたを襲った魔人とやらを倒せばいいんだな」
最初に口を開いたのはユズルだった。
「やつの居場所は分かるのか?」
「……この呪いをかけた魔人はこの村を出て西にニ、三時間ほど行った先にある、かつてハルク村という村があった場所を拠点としているようです」
ユズルはハルク村と言う名を聞いて記憶を辿る。
確か魔王に滅ぼされた村の一つだ。
「俺のこの侵食と関係があるかもしれない。この一件、是非協力させて欲しい」
「……どうか、よろしくお願い致します」
村長が深く頭を下げる。
きっと偶然なんかじゃない。
今回の一件は必然であり、試練なのだとユズルは確信する。
物語が大きく動くのは、わずか三時間後のことだった。