第57話 儀式
「とりあえず自己紹介でもしようかな?」
ユズル達は例の女性に連れられて、駐屯場にある建物の一室に連れてこられた。
「私の名前はルイス・レイティア。ルイスでいいよ」
そう言ってルイスは二人にお茶を差し出す。
冬の寒空のもと飛行してきた為、この暖かいお茶は二人の体に染み渡った。
「ところで、さっき"助けて貰った"って言ってましたけど……」
「うん、言ったよ。ほら覚えてない?この前王都を襲撃した時、怪我して倒れていた私を助けてくれたじゃないか」
その言葉でやっと既視感の正体が判明する。
帝国軍が王都に攻め入ったあの夜、確かにユズル達は一人の帝国兵を救った。
「あの時の……って、女性だったんですね」
「気づいてなかったのかい?!そこまで女の子らしくないかなぁ私」
「いや、あの時は夜でしたしよく顔が見えなかったので……」
短髪だったことで勝手に男だと思ってしまっていたが、どうやら彼女はあの時の帝国兵のようだ。
「でも、それなら話は早そうですね」
「と言うと?」
「ルイスさんを治療した少女のことを覚えてますか?」
「えぇ、覚えているよ。命の恩人だからね」
ルイスは辺りを見渡し、「そういえば彼女は一緒じゃないのかい?」と尋ねる。
「実は、彼女は今王都軍に捕まっていて……」
「……まさか、私を治療したから?」
「いえ!違います!」
そう、とルイスは胸を撫で下ろす。
「ならなぜ彼女は捕まってしまったんだい?」
「……」
ユズルは思わず口をつぐんでしまう。
ユズルの口から「ユリカが忌み子」という言葉が出れば、きっとユリカは傷つくだろう。
「……言えない理由があるんだね」
「……はい」
しまったと、ユズルは思った。
順調に事が運んだかのように思えたが、ここで相手の信用を買えなかったのは大きな痛手だった。
帝国と手を組むという計画は失敗に終わると思われた。
しかし、
「いいよ、協力するよ」
「……え?」
「実は予想は着いているんだ。だから、君たちが口を噤むのも分かるよ」
困惑する二人に、ルイスは真剣な眼差しを向ける。
「私達が王都を襲った理由は、彼らに私たち帝国の魔導書が奪われてしまったからなんだ」
「……なんで王都軍は魔導書を?」
「それは今、王都軍が行おうとしている儀式に必要だからさ」
「……儀式?」
「あぁ。私たちはそれを止めるために王都への奇襲を続けているんだ」
ルイスは立ち上がるとミカエラの肩に触れる。
「君は竜人だね?ということは竜の財宝については?」
「もちろん、知ってます」
「じゃあ竜の財宝の正体については?」
「……知ってます」
「君も?」
ルイスはユズルに視線を向ける。
「……はい」
「なら話は早いね。その儀式には、いくつかの贄が必要なんだ。一つは魔導書。それも一冊や二冊ではなくて10冊」
王都だからといって、一つの結界内に複数の魔導書が存在することは無い。
だがそれが10冊必要となると、考えられることはただ一つ。
先程ルイスが言っていた通り、他の村から奪う必要があるのだ。
と、そこでユズルはあることを思い出す。
それは例の喫茶店でユズルが店主にボップについて聞いている時の一節、"確か、探しものがあるって言ってたな"の部分だった。
その意味に気づいた時、ユズルの体が大きく震え上がった。
村から1度も出たことの無いボップが王都に来てまで探していたもの、それは恐らくアルバ村の魔導書だ。
ユズルの心に、一刻も早くボップと再開しなくてはという焦りが生まれた。
「二つ目は君たちも知っている通り、悪魔の心臓だ。そして──」
ユズルはもう最後のひとつがなにか、分かってしまっていた。
「三つ目は忌み子の血だ」
ユズルたちの反応を見てルイスは、あの時の少女が忌み子だということを確信する。
「この三つが揃って初めて儀式は行われるんだ」
「……ちなみに、その儀式って何なんですか?」
「この三つの贄を聞いて、少し予想がついているんじゃない?」
そう言われ、ユズルは息を飲む。
ユズルの脳内にはありえない、いやあってはならない予想が立っていた。
悪魔の心臓、及び悪魔の血を継いだ実の子の血を使い行われる儀式。
それは──、
「聖王は悪魔と契約しようとしている」
窓の外では、雪が降り始めていた。
その光景はまるで、長い戦いの幕開けを知らせるかのようだった。
魔導書の説明については、7~8話の初登場時に軽い説明があるので、そちらを参考にして頂ければなと思います。
これからもよろしくお願いします。