第5話 始まりの街
ユズルが目を覚ますとそこは、建物の中だった。
「……ここはどこだ?」
辺りを見渡す。
と、
「……起きましたか」
ベットの横には回復術師 ユリカの姿があった。
「っあ……」
「まだ動かないでください。完全に傷が塞がっている訳では無いので」
ユリカは起き上がろうとするユズルを再び寝かしつける。
「聞きたいことがあり過ぎてどれから聞けばいいのか分からないな……ユリカ、怪我してないか?」
「最初に聞くのがそれですか……」
「仲間を心配するのは普通な行為だろ。その分だと大丈夫そうだな」
ユズルはユリカの頭に手を乗せて軽くなでる。
「……どうして撫でるんですか?」
「……なんだろうな、安心したら撫でたくなった」
「……」
ユリカは不満そうな声を漏らすが、撫でている手を退けようとはしない。
「それで、まずここはどこだ?」
「ここはフォーラ村の診療所です」
「てことは……」
目的地には到着したんだな、とユズルはほっとする。
「でもここまでどうやって移動してきたんだ?まさか俺を担いでここまで?」
「試しましたが無理でした」
「試してはくれたんだ……」
こんな体の小さな子が少しでもユズルを担ごうと試みてくれたことに胸が熱くなる。
「それじゃあどうやってここまで?」
「ユズルさんが覚えているか分かりませんが、ユズルさんは私を庇って大熊から瀕死のダメージを負いました。ですが、ユズルさんが放った一撃は大熊の核を破壊しました」
「相打ち、ってことか」
「はい。その後すぐに治癒魔法での治療を開始しましたが意識が戻らず、麓の村まで担いでいこうとしたところフォーラ村の護衛部隊の方々と遭遇しました」
「護衛部隊と?」
「彼らは定期的に結界の周辺を調査してるようです」
「なるほど、な」
とその時、病室の扉が開き一人の男性が入室する。
背は高く、引き締まった身体は服の上からでも分かる程だった。
「お、目が覚めたか。体調はどうだ?」
「え、あ、はい。特に問題ないです」
「そうか、なら良かった。……おっと、俺の名前まだ言ってなかったな」
男はユリカの反対側に腰を下ろしユズルに話しかける。
「俺の名はキリヒトだ。この診療所の管理人兼医者をやってる」
「……俺はユズルって言います。アルバ村では教師をしてました」
と、その言葉にキリヒトは眉を顰める。
「護衛部隊が連れてきた時からおかしいと思ってたんだが、あんた達結界外の人間か?」
ユズルとユリカは顔を見合わせる。
「私達はこの村に住む呪術医に会いに来ました」
キリヒトはますます疑問符を浮かべ「呪術医?なぜ?」と問いただしてくる。
「さっき見せた侵食のことです。……あ、私は見てませんよ」
「別に上半身ぐらい見られても構わないさ。てことはもう見られているんだな」
キリヒトは表情を曇らせる。
「確かにあんたの身体はこの目で確認した。正直俺じゃ力になれなそうだ」
「そうですか……」
「だが、」
とキリヒトは続け
「呪術医の居場所は教えてやる。今日はもう暗くなるから明日の朝にでも」
「ありがとうございます、助かります」
「それじゃあお大事に。あ、嬢ちゃんの部屋も用意したから今日は泊まっていきなさい」
そう言ってキリヒトは部屋をあとにする。
「では私も用意して頂いた部屋に行きますね」
「あぁ、何かあったら叫んでくれ。すぐに向かう」
「……分かりました。それでは失礼します」
ユリカが部屋を出て扉が閉まるのを確認した後、ユズルは大きくため息をついた。
「ついに村の外に出たんだな……」
結界内に入り、安心した途端故郷の景色が蘇る。
明日はついにこの侵食の真実が分かるかもしれない。
ユズルは窓の外の夜空を見上げ、そっと目を閉じた。
翌朝、誰かがユズルを呼ぶ声が聞こえ目を覚ます。
「おはようございます」
「あ、ああ。おはよう」
ベットの横にはユリカの姿があった。
未だにユリカという女の子と行動を共にしていることが信じられていない。
「朝ご飯できてますよ」
そういえばユズルは昨日何も食べずに寝てしまった。
空腹に気づいた途端、腹の虫が鳴き始める。
「でもどうやって?」
「厨房をお借りしました。食材は朝市場で仕入れてきました。共通通貨で助かりました、こっちの方が少し物価が安いんですね」
「そうなのか、今度は僕も連れてってよ」
「いいですよ、きっと驚きますよ」
ユリカのテンションがいつもより高い。
こんな一面もあるんだな、ユズルは思った。
ユリカの料理の腕は、中々のものだった。
「この魚、見たことないな」
「アルバ村には海がありませんでしたからね」
「……そうか、フォーラ村は海に面してるんだっけな」
確か、生徒にも先日授業で話したばかりだ。
シオと呼ばれる調味料が取れ、川とは違う様々な生き物がいる神秘の湖だ。
ユズルたちの故郷であるアルバ村は内陸だったため、海がなかった。
「今回の件が終わったらよってみましょうか」
「是非!」
ユズルがこんなに興味があるのはただ海が好きなだけではない。
今まで教師になるために勉強を積んできたユズルだが、海については見たことも触れたこともなかった為、半信半疑だったのだ。
「みんなへのお土産話ができたな」
今頃みんなは一限を受けている時間だろうか。
寂しがってくれてるといいな。
「おっ、起きたか」
「あ、おはようございます」
キリヒトが様子を確認に空いたドアからこちらを覗いてくる。
「もう少ししたら行くか。俺は下の部屋にいるから準備が出来たら降りてきてくれ」
「分かりました」
「それと嬢ちゃん」
「はい?」
「美味かったぜ、朝ごはん」
「あ、はい。ありがとうございます」
そう言ってキリヒトは部屋をあとにする。
診療所を後にした三人は呪術医の元へと向かっていた。
「ここ、村というより町だな」
海の恩恵だろうか。
ユズルたちの村とはまた雰囲気が違い、活気に溢れている。
木造建築が行列する光景は、なんとも幻想的だ。
「ほら、着いたぞ」
「ここが……」
ユズルは息を飲む。
この先にはユズルの人生を左右するものが待っている。
それはいい意味でも、悪い意味でも。
それは村を出ると決めた時から覚悟していたことだが……
「いざここまで来るとやっぱり怖いな……」
真実ほど怖いものは無い。
きっとそれは誰しもが持つ共通の感情なんだろうな、とユズルは思った。
ユズルは深く深呼吸をして、
「失礼します」
その扉を開けたのだった。