第52話-2 叶わぬ願い
約束の日。
イサベルが待ち合わせ場所に現れることは無かった。
「……まぁ分かってたことだ」
イサベルは一人の人間である前に、王族なのだ。
本当なら会うことさえ難しいはず。
今まで会えていたのが不思議なくらいだった。
(……もう一日待つか?)
あれだけついて行きたいと言っていた彼女が来ないことに少し違和感を感じていた。
しかし──、
(本当はついて行きたくなかったとしたら……)
「……なんで俺は、人間の小娘一人にこんな悩んでんだ……」
イサベルを庇う義理などない。
無いのだが──、
「……あぁ、くそ!」
悪魔は大翼を広げ、王城目指して飛び立った。
もう一度彼女に会いたいと、思ってしまったのだった。
時は遡り三日前。
悪魔の元から帰還したイサベルは、部屋の前で父に呼び出される。
「話ってなんでしょうか?」
父は厳粛な表情を浮かべる。
(もしかして……)
悪魔との関係がバレたかもしれない。
そう思った瞬間、全身から血の気が引くのを感じた。
「イサベル、お前に王位を継ぐことになった」
「……え?」
しかしその話とは、想像とはかけ離れたものだった。
「ここ最近、私がよく遠征に出ていることは知っているな?」
「え?……あ、はい」
正直悪魔のことでいっぱいいっぱいだった為、その他のことについてはほぼ無知であった。
「それで、私は悪魔の討伐に専念することになった」
「……っ、そう、なんですね」
これが悪魔に対する正しい態度なのだと改めて実感する。
私が恋したあの男は、人間が、世界が忌み嫌う悪魔に他ならないのだ。
「それで、急で申し訳ないが次の遠征までに王位を次ぐこととなった。いつ死んでもいいように、な」
「……次の遠征はいつなんですか?」
その遠征までに、悪魔と共に逃げ出そう。
しかしその思いは叶わなかった。
「四日後だ。だから、明明後日の午後、王城の広間で戴冠式を行う」
明明後日。
それは悪魔と逃げ出すはずだった、約束の日を指していた。
「後は頼むぞ、イサベル。いや、第六代聖王 イサベルよ」
父はイサベルの肩を強く握る。
その顔はいつにも増して真剣だった。
「……はい」
その真剣な眼差しを見て我に帰ったイサベルは、弱々しく返事をして部屋へと戻っていった。
(そう、私は王族。この人間界を、導く者……)
この日を境に、イサベルは悪魔の元を訪れなくなった。