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第52話-1 悪魔との出会い

今回から五話にわたって過去回想編となります。



 ユリカが生まれたのは、今から約500年も前のことだった。


 ユリカは、六代目聖王 イサベルの元に生まれた。

 しかし生まれた場所は王都ではなかった。

 王都から南方に数百キロ、歩いて約1ヶ月の所に位置する深い山の中でユリカは生まれた。

 何故王族であるユリカがこんな山奥で生まれることになったのか。その理由は、人に話せるようなものではなかった。


「無事生まれたか?」


「えぇ、元気な女の子ですよ、貴方」


 遠目から見れば微笑ましい家族像だが、この2人は他とは決定的に違うところがあった。

 それは、父親が人間ではない事。

 異種族との間に本来子は宿らない。

 

 この事が世間にバレれば、学者は黙っていないだろう。


「これから、どうするのですか?」


 イサベルは最愛の夫に尋ねる。


「さぁな。今朝王都の近くを飛んできたが、かなり騒がれてたぞ。女王 イサベルの失踪がな」


「そうですか……」


「第七代聖王は、お前の従兄弟に当たるレオンって奴が就くらしい。俺が相手じゃなきゃ、次の聖王はそこの子だったのにな」


「いいんですよ、これで。この子には自由に生きて欲しいから」


「それはちと難しいかもな」


 男はイサベルに笑いかける。

 そっと頭を撫でると、男は立ち上がり空を見上げた。


「……どこか行くのですか?」


「……あぁ」


 子供が産まれたばかりの母子を残して、男は立ち去ろうとする。

 何故そんなに急ぐのか。

 その理由は彼の存在にあった。


「必ず帰ってきてくださいね、悪魔さん」


「悪魔さん呼び、懐かしいな」


 お互いが出会ってまもない頃、イサベルは彼のことを悪魔さんと呼んでいた。

 その理由は他でもない。

 彼が世界から忌み嫌われる悪魔だからだった。


 二人が出会ったのは、三年前に遡る──。




 ある日の午後、イサベルは王都周辺の森で散歩がてら採集を行っていた。

 王家に生まれたイザベルは、常に自分に付き纏う肩苦しい付き人が嫌いで仕方がなかった為、こうして一人王城を抜け出すことが多々あった。

 王城での生活は、イサベルにとって苦痛なものだった。

 いつか王子様が現れて、この狭い檻から解放してくれるのでは無いかと夢見ていた。


 今日も普段通り採集を終え秘密の隠れ家を後にしたイサベルは、帰路に着いていた。

 そんな時だった。


 ドサッ──


 近くで足音が聞こえ、イサベルは思わず振り返る。

 普段人と会うことのない森だ。

 イサベルは恐る恐る音のした方へと向かうと──、


「──ッ!悪魔……っ」


 そこに居たのは、背中から漆黒の翼を生やし長い尻尾を持つ悪魔だった。全身は光も映さないほど黒く沈んだ色をしており、見た者を恐怖に駆り立てる。

 悪魔と目が合えば最後、人間は皆殺される。

 イサベルは自分の死を覚悟した。

 だが、イサベルが殺されることは無かった。

 それもそのはず。


「……貴方、怪我をしてるの?」


 悪魔でも怪我をするのだろうか?

 イサベルは恐る恐る悪魔に近づく。


「っ!これ、聖痕じゃない!」


 悪魔の体には無数の魔法陣が描かれていた。

 恐らく人間と戦い、逃げてきたのだろう。

 あの悪魔をここまで追い込むとは……。


(とりあえず、悪魔が目を覚ます前に逃げなきゃ……っ)


 イサベルはその場を早足で後にした。




「……これ、飲める?」 


「……あぁ」


 イサベルは悪魔を抱き抱え、回復効果のある薬草を口へと運ぶ。

 自分でも信じられなかった。

 まさか自分が悪魔を助けるだなんて。


「……何故私を庇う?」


「……私だって、分からないわ」


 イサベルはあの後、薬草を持って悪魔の元へと帰ってきた。

 王族として縛られた生活を送っていたお嬢様にとって、未知(悪魔)との遭遇(邂逅)は刺激的すぎたのだ。

 人は感情が強く揺さぶられた時、運命というものを強く感じる傾向にある。イサベルはまさにその状態だった。

 この出会いが後に、世界を揺るがすことになる。




 その日を境に二人は頻繁に会うようになった。

 と言ってもイサベルが一方的に会いに行っているだけだったが。

 聖痕のせいで空を飛ぶこともままならない悪魔の姿は、まるで産まれたての子犬のように思えた。


「俺が言うのもなんだが、お前がしていることは許される行為では無いぞ?」


「……分かってる」


 悪魔の体に刻まれた聖痕の効力は日に日に弱まっており、完全に治るまで数週間とかからないと思われた。

 その間悪魔は、イサベルが日頃付き人から逃げるために使っていた隠れ家に身を潜めていた。


「悪魔さんは、治ったらここを出ていっちゃうの?」


「……ずっとここにいる訳にも行かない。ましてやここは王都近辺、いつ追っ手が来るか分からん」


 イサベルは悪魔の肩に頭を預ける。


「ねぇ、私も連れてってよ」


「……お前、王族だろ?」


 顔は背けたまま、悪魔はイサベルの髪に触れる。

 もちろん、悪魔に自分の正体を明かしていない。


「いつから知ってたの?」


「……初めて会った日、走り去るお前の背中に王家の家紋が縫い付けられているのが見えた」


「最初から気づいてたのね」


 別に隠そうと思っていたわけでもないので対して動揺はしなかった。

 

 暫く沈黙の時が過ぎる。


「なぁ」


「……?何かしら?」


 なんの前触れもなく悪魔がイサベルから手を解く。


「何故、お前は俺を助けたんだ?」


 いつか聞かれることは分かっていた。

 だが、イサベルは返答を濁した。


「貴方が死ぬまでには、きっと見つけるわ」


 自分がなぜ悪魔を助けたのか。

 その答えはきっとすごく単純で、儚いものなのだろう。


「……今日はもう帰るわね」


 落ち葉を叩き、イサベルは隠れ家から顔を出す。


「……三日後だ」


「え?」


「三日後にここを出る。もし着いてきたいのならば、それまでに別れは済ませておけ。……恐らくもう二度とそいつらとは会えない」


「……っ、分かったわ」


 そう告げて、イサベルは隠れ家を後にする。

 悪魔はイサベルの残り香に包まれ、眠りに着いた。




 迎えた三日後。

 悪魔はイサベルが来るのを待ち続けた。


 しかし、イサベルが現れることは無かった──。

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