第45話 竜王ノ巫女
<エピローグ>
「……確かに、その男の言う通りじゃな」
ミカエラがユズルから聞いた話を竜王に伝える。
それを聞いた竜王は軽く頷き、
「ミカエラよ。明日の朝、前回の会談に参加した者達をここに集めよ」
「……っ、分かりました」
「それと──」
人差し指をつき立てる。
「例の男もここに連れてこい」
翌朝。
竜王の場には、前回の会談に参加したミカエラ、ドレーク、アーノルド、ティネーガに加えユズルとユリカの二人の姿があった。
全員が集まり次第、竜王がユズルから得た情報と自身の考察を話し始めた。
「……つまり、聖王が竜の財宝……悪魔の心臓を使って何か企んでいるってことですか?」
「そういうことになる。ただ、何をしようとしているかは私も検討がつかん。なんせ、死に際に説明無しで託されたのじゃからな」
「ただ……」と竜王が続ける。
「悪い予感がする。このまま聖王の元に悪魔の心臓を預けておくのは危険じゃ」
その場にいた皆が同感だった。
聖痕が打ってあるとはいえ、あれは魔族を生み出した憎き悪魔の心臓なのだ。それに聖王ともなれば、聖痕の術式を書き換えることができてしまうかもしれない。
悪魔の心臓の奪還は、早急を要した。
「……私が行きます。いえ、私に行かせてください」
緊張感の中、最初に声を挙げたのはミカエラだった。
恐らく、責任を感じての行動だろう。
悪魔の心臓が奪われたのは、決してミカエラだけの責任ではない。
だが、ミカエラからは「自分が行かなくてはいけない」という強い意志が感じられた。
「……自分たちも王都に向かいます」
昨日の夜、ミカエラが竜王の元に行ったあとでユズル達は今後の予定について話し合った。その結果、王都に行くということで決定したのだ。
王都に潜入するならば、少数の方がいい。竜人ともなれば、どうしても目立ってしまい警戒される恐れがあるからだ。
だが、人間であるユズル達は警戒される理由が全くない為、同行しても問題は無いとされた。
「……よかろう。ただ、託された身として私もなにかしなくては、な」
王都にはミカエラとユズル、ユリカの三人が向かうこととなった。
竜王は「ミカエラと二人にして欲しい」と告げ、ユズル達は洞窟の外へと出る。
「……巻き込んでしまって、申し訳ない」
外に出るなり、ドレーク達が頭を下げる。
フォーラ村の時もそうだが、これはユズルが自らの意思で行動してるわけであり感謝されることでは無いのだ。
「頭をあげてください。これは自分が選んだ道ですから。それに、元々自分たちは王都に行く予定でしたし、感謝される筋合いなんてどこにもないですから」
「……ありがとう」
ユズルとドレークは握手を交わす。
普通の人間は恐らく、竜人を見ぬままその生を終えるものが大多数だろう。ユズルだって村を出ていなければ竜人と会う機会なんてなかった。
この出会いに、この奇跡に、この運命に感謝を告げ、ユズルはそっと手を解いた。
「ミカエラよ、後ろを向け」
「……?はい」
皆が外に出たあとで、竜王がミカエラに後ろを向くよう命令する。ミカエラは言われるがまま竜王に背を向けると、
「ひゃっ……!」
いきなりうなじを捕まれ、思わず声が漏れる。
「あの……竜王様?」
「少しきついかもしれんが、我慢せよ」
次の瞬間、体の中に何か流れ込んでくる感覚がミカエラを襲った。それと同時に、激しい耳鳴りが聞こえ動悸が加速する。
「竜王、様っ……?これ、は?」
我慢するよう言われていたが、あまりの異様さに意識が朦朧とし出す。手足は小刻みに震え、まるで体の内部から破裂するかのような感覚だった。
「──竜王の力をお前に授けよう」
竜王の手が首筋から離れ、ミカエラは地面に倒れ込む。
「げほっ、げほっ……はぁ、はぁ」
喉が焼けるように痛い。
だがその痛みは一瞬にして消える。
「……え?」
「その様子を見ると、上手く馴染んだようじゃな」
竜王に手を引かれ立ち上がる。
体を見下ろしても特に変化はなかった。
「今のは一体……?」
「私の力をお前に預けたのじゃ」
ミカエラは小刻みに震える体を抑え込むため、全身に力を入れる。とその瞬間、身体中から炎が舞い上がり全身を包み込んだ。
「これは……?」
「行ってこい。竜王ノ巫女よ」
「あ、ミカエラさん」
洞窟前ではユズル達がミカエラの帰りを待っていた。
「……王都に行くわよ!」
「えっ?!今からですか?」
「ええ!急ぐに越したことはないわ!」
ミカエラは困惑する二人を担ぐと、ミカエラ宅へ向けて猛スピードで飛び立つ。
その表情は笑っているようだった。
「さぁ!新しい物語の始まりよ!」
──王都エルミナス
「お、いらっしゃい」
王都、市街地にある酒場の扉が開き一人の男が入店する。
店に他の客の姿はなく、男はカウンターへと腰をかけた。
「お兄さん、見ない顔だね?」
「お兄さんだなんて、よしてくれよ。立派なおっさんだよおっさん」
男は軽く頭に触れると、数本の白髪を抜いて見せた。
「はははっ、確かにそりゃおっさんだ」
店主は高らかに笑い、一杯の水を差し出す。
「旅人なんだろ?どこから来たんだい?」
「俺が旅人だって分かるのか?」
「こんな白けた店に入ってくるやつなんて、常連さんか何も知らない旅人かの二択だからな」
店主の言う通り店は薄暗く、どこか寂しい雰囲気を醸し出していた。
だが、決して不潔という訳ではなく年季を感じるいい店だと男は思った。
「俺はアルバ村ってところから来たんだ」
「へぇ、そりゃ遠いなぁ。遥々王都まで来て、何の用だい?」
グラスから口を離し、数本のワインを指さす。
「捜し物だよ。大切なものを無くしちまってな」
「そうか、でも良かったな。ここは最も栄えた都 エルミナスだ。きっと欲しいものも見つかるさ」
注がれたワインを飲み干し、カウンターに銀貨を置く。
久々の酒だからか、酔いが早く回ったようだ。
店主に礼を告げ、店の扉に手をかける。
「必ず見つけ出すさ。例え相手が、聖王であろうとも──」
第5章に続く。
──第5章予告
竜の財宝を奪還すべく王都を訪れた三人。
しかし奪還作戦は早々に終わりを告げる。
「なんで人間が、魔人と手を組んでんだ……っ」
帝国を名乗る隣国 インペリアルの襲撃。
その最中、ユリカが王都軍に攫われてしまう。
果たして王都軍の目的はなんなのか。
そして帝国軍とは何者なのか。
「……どうして私のことを助けてくれたんですか?」
「それは、君の事が──」
王都軍対帝国軍対ユズル一行の戦いが、幕を開ける。
王都反乱編、開幕──。
ひとつの物語が、終わりを告げる。




