第43話 悪魔の心臓
王都軍の奇襲から三日。
ほぼ更地と化した竜の渓谷では、復興作業が行われていた。
さすが竜人とでも言おうか。あの暴風を受けてもなおほとんど死人が出なかった。体の頑丈さでいえば、あの暴龍にも勝るほどだろう。
復興作業の傍ら、ミカエラを含めた数名の竜人が竜王の間に集まっていた。
今日この場に集まった理由はただ一つ。
竜の財宝をどうするか、である。
「……仮に竜の財宝を取り戻さなかった場合、どうなるんだ?」
アーノルドが竜王に質問する。
「竜の財宝は結界のようなものじゃ。今までのように安心した暮らしはできないと思った方がよい」
「と言うと?」
「結界がない状態、つまり魔獣の被害をもろに受けるという事じゃ。今私たちは、結界の外と何も変わらない危険な状態に置かれている」
竜王の言う通り、この三日間魔獣による被害が絶えず報告されており、アーノルドを始めとする複数の竜人が警備に当たっていた。
「ずっと気になっていたんだが……結界と竜の財宝って何が違うんだ?」
ドレークの質問に竜王が顔を曇らす。
「……私たちにも言えませんか?」
「……いや、伝えておこう」
その場にいた全員が息を飲む。
緊張感が全身を走り、鳥肌が立つ。
「結界は魔族から身を守るための物、つまり内部にいる人を守るための物じゃ。一方竜の財宝は魔族を遠ざけるもの。つまり外部にいる魔族が近寄らないようにするための物じゃ」
竜王の説明を聞き、みな揃って首を傾げる。
あまりのややこしさと曖昧さに理解が追いついていない様子だった。
「この際はっきり言おう。竜の財宝の元の名は"悪魔の心臓と呼ばれるものじゃ」
「悪魔、の心臓?」
「そうじゃ。魔族の起源については知っておるか?」
「……確か、禁忌魔法の代償だった気がします」
「ほぼ正解じゃ。その昔、とある魔術師は禁忌とされる魔法を発動した。その代償に、悪魔と契約を交わしたのじゃ」
「悪、魔……?」
聞き馴染みのない言葉に困惑する。
魔と着いているから魔族の類なのだろうか。
「悪魔の要求はただ一つ。"我を下界に解放せよ"というものじゃった」
竜王の話によると、大昔、死者を蘇らせる禁忌魔法を発動した魔術師が悪魔と契約を交わし、悪魔を下界へと解放したらしい。
「その悪魔こそ、今この世界を支配している魔族の生みの親なのじゃ」
「なっ……!」
悪魔が魔族の生みの親?
「ちょっと待ってくれ!でもあれは悪魔の心臓だろ?てことは……」
「その通り。悪魔は何百年も前に倒されておる」
魔族を生み出した悪魔は既にこの世には存在しないようだ。
しかし死後何百年経ったにもかかわらず悪魔の心臓は存在し続けている。それが果たして何を意味するのか。
「でもなんで魔族は悪魔の心臓を嫌うのですか?悪魔が生みの親なら、到底嫌う理由が分からないのですが……」
「悪魔を倒したのは、現聖王の先祖にあたる方じゃ。聖王は悪魔の心臓が魔族の手に渡れば、再び悪魔が復活するのでは無いかと恐れていた。そこで思いついたのが、悪魔の心臓に聖痕を刻むことじゃった」
「聖痕……?」
「そうじゃ。この聖痕のせいで魔族は悪魔の心臓に近づくことが出来ないのじゃ」
聖痕の効果は、あらゆる呪物の中でも一二を争う程の効力があるらしく、今まで一度として悪魔の心臓に触れた魔族はいないのだという。
竜王の言葉だけが洞窟内に響き渡る。
それもそのはず、竜王以外誰一人としてこの事実を知らなかったのだから。困惑や恐怖、焦りや驚きが混ざり合い混沌とした空気が場に漂う。黙るのも仕方が無いだろう。
「……この事実は、世界に周知されているのですか?」
「されていない。なんなら、私と聖王一族しか知らないはずじゃ」
これだけ重要事項でありながら、ごく少数の人にしか情報が共有されていなかった。
つまり、一般人で悪魔の心臓の存在を知っているのはここにいるミカエラ達のみであった。
「……そうだ、竜王様はなぜ悪魔の心臓を所持していらしたのですか?」
冷静になって考えてれば、そんな重要物をなぜ竜王である彼女(?)が所持しているのかが謎であった。
「単刀直入に言おう。悪魔の心臓は、悪魔を殺した聖王本人から譲り受けたものじゃ」
「なんでそんなものを……」
「今の言い方だと語弊があるな。悪魔の心臓は、聖王から託されたのじゃ」
悪魔の心臓が竜王に渡った経緯を語り出す。
「かつての聖王、名をレオンという。レオンと私は親しい友人であった」
──あれは約500年ほど前の事だった。
私が、いや竜がまだ人の形を持たない時代。
彼と私は初め、敵として出会った。
新勢力である魔族の出現に国際緊張が高まり、各地で戦争が多発していた時代だった。
レオンは争い事が嫌いだった。
「僕はもう一度平和な世界を作りたいんだ。よかったら私達と手を組まないか?」
当時村の長であった私はその要求に応じ、人間と同盟を結んだ。同盟を組んだ理由は二つ。
一つは他の種族を同盟に加入させ、国際協調を高める為。
もう一つは、新勢力である魔族の長 悪魔の討伐の為であった。
私はレオンと共に各地を転々とする日々を送った。
最初はあくまで人類と竜族の代表としての関係であったが、次第に心を許せる友になっていた。
数年後、レオンが悪魔を討伐したことにより一時的に世界に平和が訪れた。
だが、人間は脆く儚い。短命である人間のレオンは死に際、私にある物を託した。それは例の「悪魔の心臓」であった。
私は悪魔の討伐には参加していなかった為、酷く困惑したのを今も覚えている。
「君になら、安心して託せるよ。大丈夫、簡単には近づけないよう聖痕を刻んである」
「どうして私なんだ?」
「……初めてあった日のことを覚えているかい?」
今にも消えそうな声でレオンは語った。
「僕はあの日すごく怖かったんだ。だけど、君は優しく僕達を迎え入れてくれた。僕はね、すごく嬉しかったんだよ。君がいなければ、平和な世界なんて訪れることは無かった」
「……レオン?」
「君に会えて、よかった……」
それが彼の最後の言葉だった。
後日、私宛に書かれた遺書が見つかったんだ。
そこにはレオンの字でこう記されていた。
"魔族は必ずいつか悪魔の心臓を取り返しに来る。来るべき時に備えよ"
と──。
第4章完結まで、あと2話!