第42話 竜の怒り
「竜王様!」
「……ドレークか」
グランドゼーブが去った後、いち早く竜王の元に駆け寄ったのはドレークであった。
「ご無事で何よりです……」
遅れてアーノルドとティネーガがやって来る。
「みんなこそ無事でよかった」
竜王は竜化の術を解き、少女の姿に戻っていた。
目立った外傷もなく、意識もはっきりしているようだった。
「どうして奴を逃がしたのですか?」
「……これ以上戦闘が長引けば、この集落は更地と化していただろう」
体の砂を叩き、竜王は立ち上がる。
「私のことよりも、まずはミカエラの安否を確認しなければ」
「そういえば、ミカエラはどこに?」
「ミカエラには、竜の財宝の護衛を頼んでいた。竜の財宝が向こうの手に渡ったということは、ミカエラは王都軍と接触していることになる」
竜の財宝は、王都軍が持ち去った。
それは、ミカエラが王都軍の兵士に敗北したことを伝えていた。
「ミカエラ程の実力者がそこらの兵士に負けるとは考えられない」
「だが、結果的に竜の財宝は向こうの手に渡っている。それに、ミカエラが今この場にいないことが、何よりの証拠じゃ」
竜王の言葉に、全員がハッとする。
「お前らに隠す理由はもうない。竜の財宝があった場所まで案内する、着いてこい」
竜王に連れられ、ドレーク含めた三名が洞窟の中へと入っていった。
「……ん?」
最初に目を覚ましたのはユズルだった。
周りを見渡して、ユズルは言葉を失う。
建物はあらかた倒壊し、先程まで争っていた王都軍の兵士は皆、地面に伏した状態で動く気配はなかった。
「そうだ、ユリカは……っ」
当たりを見渡す。
すると、倒壊した家屋の下で何かが光ったのが見えた。
「ユリカ!」
光の正体。それはユリカの首にかけてあった、あのネックレスだった。幸いユリカの倒れていたところには空洞ができており、命に別状はなさそうだった。
「意識はないが……息はしてるな」
見たところ出血もなく、ただ気絶しているだけのようだ。
ユリカを安全な所に移動させ、改めてあたりの惨状を目の当たりにする。
(竜王と大佐の戦いは終わったのか……)
ユズルが目を覚ました時には既に勝負が決していた。
ただ、勝敗は分からない状態だった。
「あれが王都軍四番手の力……」
先程の戦闘が頭に蘇る。
たった一振で家屋を倒壊させ、数キロ先まで衝撃波が伝わった。今まで見てきた者たちとは、明らかに次元が違っていた。
「そうだ、ミカエラさんはどうなったんだ?」
ミカエラは、ユズル達を家に送り届けるなり急ぎ足でどこかへ飛び去った。
「無事ならいいんだけど……」
不安が募る中、ユズルはユリカの横に腰を下ろす。
ユズルの手足は、恐怖で震えていた。
「ミカエラ!」
竜の財宝が元あった場所に、ミカエラはいた。
傷や出血はなく、地面に伏せた状態だった。
「これはまずいな……」
外傷を確認していたアーノルドがそう声を漏らす。
ミカエラの体は、一時的なものだが呪術に犯されていた。
「脈がかなり弱くなってる。とりあえず医者のところに運ぼう」
「医者のところって……あの惨状が見えてないのか?」
「じゃあ俺たちに何ができるって言うんだ!まずはここを出て……」
「……私の家に連れてって」
「ミカエラ?!」
言い争いの最中、ミカエラが意識を取り戻す。その表情は青ざめていた。
「私の家に行けば、特効薬がある。……お願い」
「……分かった」
ドレークはミカエラを担ぐと、猛スピードでミカエラ宅を目指す。
「……誰か来る」
ミカエラ宅で待機していたユズルが、何者かの接近に気づく。
「敵か?……いやあれは……」
こちらに向かってくる一人の影。
その背中には、何者かが背負われていた。
「ユズルか?」
「ドレークさん!……と、ミカエラさん?!」
こちらに向かってきていた影の正体は、ミカエラを背負ったドレークだった。ミカエラの顔を見て、ユズルは驚く。
「ミカエラさん、大丈夫ですか?」
「……今は少し、余裕がないわ」
ドレークがミカエラを背負ったまま家の中へと入る。
「その角を右に行って」
ミカエラが支持する通りに進む。
すると、棚一面に薬品が置かれた部屋に着いた。
「A-23とK-4を持ってきてちょうだい」
ミカエラに言われた通り二つの薬品を手渡す。
流石呪術師とでも言おうか。
自分の犯されている状態がわかっているようだ。
「ありがとう、これでだいぶマシになるはずよ」
徐々にミカエラさんの顔色が戻り出す。
それを見て、二人は胸を撫で下ろした。
「一体あそこで何があったんだ?」
落ち着きを取り戻したミカエラに、ドレークが問う。
「……王都軍の一人と交戦して、呪術を掛けられたの」
ミカエラは拳を強く握る。
「とんだ屈辱だわ……。まさか私が呪術に屈するなんて」
ミカエラの声が震える。
呪術師のミカエラにとってこの敗北は、あまりに屈辱的だっただろう。
「……もう、次は無い。私のせいで……」
「っ!お前のせいじゃない!」
涙を浮かべるミカエラに、ドレークが怒鳴りつける。
「竜王は、お前を辱めるために護衛を頼んだんじゃない!お前を信用していたから頼んだんだ!」
ドレークの声に熱がこもる。
「誰もお前を攻めない!竜王だって、お前が無事ならそれでいいって言ってくれるはずだ!」
「竜王が良くも、みんなは……っ」
「そんな奴、全員俺が黙らせてやる!信用もされてねぇ奴らが、お前ら全員寄って集ってもミカエラの足元にも及ばないくせに!ってな」
「……それは言い過ぎじゃないかしら」
ミカエラの目から涙がこぼれる。
しかしその表情は笑っているようだった。
「何があっても、俺はお前の味方だ!だから、自分を責めないでくれ……」
ドレークが膝を着き、ミカエラと視線の高さを合わせる。
「君が無事で良かった」
心から安堵するドレーク。
二人の姿を見て、ユズルもなにか込み上げてくるものがあった。
竜人達の逆襲は、ここから始まる──。