第40話 竜王vs大佐
大翼を広げ、竜王が大空へと舞い上がる。
鋭く伸びる牙と爪が、太陽に照らされて光を放っていた。
全長は、通常の人間7~8人分に相当する巨体で、足先から頭まで赤く固い鱗で覆われている。
長い尻尾は反り立ち、敵を威圧する。
その狂暴な姿を前にして、王都軍大佐であるグランドゼーブは笑みを零す。
「美しい。まるで伝説を見ているかのようだ」
竜王がグランドゼーブ目掛けて火を噴く。
それを軽くかわし、グランドゼーブは空中で剣を構える。
遠くから見ていたユズルは、その構えに見覚えがあった。
「あの構えって……」
グランドゼーブの握っている剣が風を纏い出す。
間違いない。
グランドゼーブが今繰り出そうとしている技は、「弐の型 旋風」だ。
風を纏い、威力よりも素早さを優先する剣技。
のはずだが……
「ローレンス式抜刀術弐の型 旋風!」
グランドゼーブが剣を振り下ろす。
その刹那、ユズル達は大風に襲われ吹き飛ばされる。
(何だこの威力……っ、これが同じ「旋風」なのか……っ?!)
渓谷全体が大風にさらされる。
音をも勝る一撃を受け、そのままユズルは壁にたたきつけられる。
「ユリカッ!」
「私は大丈夫ですっ……!」
どうやらユリカは壁にたたきつけられる前にシールドを展開していたようだ。
(たった一振でこれかよ……っ)
グランドゼーブのいる所からユズル達の所まで、少なくとも数キロメートルはあるだろう。
それにもかかわらずこの衝撃波。
ユズル達はただ、遠くから怯えていることしか出来なかった。
「流石竜王……いやリントヴルム殿。この一撃を受けてもなお生きているとは」
「ははっ、笑わせるでないグランドゼーブよ。こんなもの、過去に対峙した妖精王の風と比べたら大した事ないわ!」
あの一撃を受けても尚、竜王は高い高度を保ったままグランドゼーブを睨み見つけていた。
「竜の拳骨!」
竜王はグランドゼーブ目掛けて急降下を開始する。
固い鱗で覆われた拳は、グランドゼーブを捉えた。
突き立てられた竜王の拳は地面を貫通し、大きな音を立てて大地がひび割れる。
あまりの衝撃に、周辺の家屋が倒壊しているのが見えた。
むしろ、それだけで済んだのかと思ってしまうほどの衝撃波だった。
「流石にそんな大技食らわないよ!」
軽々と避けたグランドゼーブが、またしても見覚えのある構えをとる。
そして、
「ローレンス式抜刀術漆の型 櫛風!」
重い風が撃ち落とされる。
その衝撃で、竜王の元に向かっていた竜人数名が、両脇に聳え立つ崖まで飛ばされる。
「竜の荊棘!」
爆風で砂埃が上がる中、グランドゼーブ目掛けて先端のとがった刃物が伸びる。
(あれって竜王の鱗についてた……)
視界が悪い中での不意打ちだった為、グランドゼーブは本日初めてとなる一撃を受ける。
が、体を俊敏に動かし軽傷で済ませる。
「面白いな!だが、もう目的は達成されたようだ」
グランドゼーブの視界の先には、一人の兵士が立っていた。
その両手には、何やら鉱石のようなものが抱かれていた。
「遊びは終わりだ、リントヴルムよ。ローレンス式抜刀術拾の型──」
今日一番の大技が来る。そう、本能が叫んでいた。
ユリカの展開するバリアの中にユズルと三人の兵士が逃げ込む。
「──烈風!」
グランドゼーブが剣を突いた瞬間、ユリカのバリアが剥がされユズル達は遥か先まで吹き飛ばされる。
「財宝の在処は竜王しか知らない。これが何を意味するかわかるか?」
納刀したグランドゼーブがゆっくりと降下を始める。
その隣には先程の兵士が立っていた。
「つまり、竜王がいる所に財宝があるという訳だ」
その兵士からグランドゼーブに何かが手渡される。
それが何か、誰もが皆すぐに分かった。
「竜の財宝は頂いていく。王の命令だ、悪く思うな」
そう言い残し、グランドゼーブは姿を消した。
王都軍大佐たった一人の手によって、竜の渓谷は壊滅したのだった。