第39話 竜の財宝
「ユズルさん、どうしますか?」
ミカエラ宅に取り残された二人は、状況がつかめず動けないでいた。
というのも……
(これが竜人と人間の戦いなら、俺たちはどっち側で戦えばいいんだ……。仮に王都軍が敵だとしたら、果たして俺は人間相手に剣を振ることが出来るのか?)
ミカエラさんや周りの竜人の反応を見た限り、過去にも王都軍と何らかの接触があったとこが伺える。
だが、いつ何処でどうして対立したのかは全くもって知らなかった。
「……邪魔にならない距離で、様子を見に行こう」
ユズルは一度、王都軍なるものがどれ程の実力なのかこの目で確かめたかった為、この機会を逃したくなかった。
迂回しながら襲撃ポイントに向けて歩き出す。
「助けてっ……!」
「……っ、今の声!」
子供特有の甲高い悲鳴が聞こえ、ユズル達は声のする方へ走り出す。
角を曲がったところで、それと出くわした。
子供に刃を向け、家屋に火をつける兵士。
非人道的な行為を目の当たりにして、ユズルは吠える。
「その子から離れろ!」
元教師のユズルは、子供に対して人一倍親しみがある。
兵士の少女の扱いは、ユズルの怒りに触れた。
「なんでこんなところに人間が……」
困惑する兵士。
そこに、新たに三人の兵士が合流する。
「貴様、何者だ?」
「……俺達はただの旅人だ。お前らの目的はなんだ!」
「部外者に教える筋合いはない」
「きゃぁ!」
兵士の少女を掴む手が力む。
恐怖と痛みから少女は涙をうかべる。
「っ、ローレンス式抜刀術撥の型 流星!」
「なんだ貴様!我ら王都軍に逆らうのか!」
王都軍を名乗る兵士に向かって突進する。
だが、兵士を斬るつもりはなかった。
「大丈夫かい?」
「は、はい……」
兵士の腕をかき分け、少女の救出に成功する。
「貴様、ただじゃ置かないぞ!」
兵士が剣をかまえ、ユズルに襲いかかる。
容赦なく斬りかかってくるその姿は、人を斬ることに躊躇いがないように見えた。
そういう訓練を受けているのか、はたまた人を手にかけたことがあるのか。
いずれにせよ、王都軍は人と戦うことを想定していることが分かった。
「……俺は人を斬るためにこの剣を握ったんじゃない、人を守る為に握ったんだ!」
剣を納刀し、兵士に体を向ける。
「ローレンス式抜刀術壱の型──」
剣は鞘の中。
抜刀する気はない。
「煌龍!」
鞘に納めたまま振りかざした一撃。
勿論魔力は込めていない。
その一撃は兵士の脇腹へと入り、その場に倒れ込んだ。
それを見ていた兵士達が立て続けにユズル目掛けて剣を振り下ろす。
が、ユズルは軽くあしらった。
それもそのはず、彼らの初動が皆同じなのだ。
「お前ら、実戦は初めてだろ」
その言葉を聞いて、兵士達が驚きを露わにする。
動きを見れば実戦慣れしていないのは一目瞭然だった。
恐らく「初動はこう動くのが良い」と教わって来たのだろう。
だが、実際の戦闘でそれが通用することはほとんどない。
「戦う」ということは同時に、「考える」ということである。
相手によって戦術を変えるのは勿論、時には環境に適した戦術が要求されることもある。
今回だってそうだ。
自分の手の内がわかってる相手に同じ手を繰り返しても、結果は変わらない。
数が勝っていても、経験が無ければ戦場では生き残ることは出来ない。
「お前らの目的はなんだ?」
倒れ込む兵士に、ユズルは問う。
暫く目を逸らしていた兵士達だったが、一人が口を開く。
「……竜の財宝を、取り返しに来たんだ」
(竜の財宝って確か、この渓谷を守っているやつだよな。けど、ミカエラさんの話では古から竜人のものだったようだけど……)
「その、取り返すって言うのは……」
「その昔、竜の財宝と呼ばれる宝は聖王のものだったんだ」
「竜と名がついているのにか?」
「それは後付けされた名前だ。元の名前もちゃんとある」
正直竜の財宝がなんなのか分かっていないため、信じる信じないの判断がしづらい。
「取り返してどうするんだ?」
「それは俺達も分からない。俺達はただ、時間を稼ぐように言われただけで……」
「時間を稼ぐ……?」
王都軍を指揮する者の命だろう。
そうなると、この渓谷内に王都軍を率いる程の地位の者がいることになる。
「お前らを率いているのは誰だ?」
「……大佐だ」
「すまん、声が小さくて聞き取れなかった。もう一度言ってくれ」
「大佐 グランドゼーブ。それがこの隊列を率いてる指揮者の名だ」
「大佐……?」
聞きなれない言葉に動揺する。
だがユズルも、流石にそこまで無知ではなかった。
確か魔導書には、大佐は軍隊における階級の名称で、大将、中将、少将に続いて四番目に高い階級だったと記憶している。
(いや待て、じゃあ今この渓谷は王都軍の四番手がいるということか……っ?!)
いきなり話が飛躍し、ユズルは絶句する。
「その、グランドゼーブってやつはどこにいるんだ?」
「……それは俺達も知らない。俺たちはただ時間を稼ぐように言われただけで……」
その表情からは嘘は見えなかった。
恐らくグランドゼーブは竜王の所にいるはずだ。
竜の財宝は竜王しか在処を知らない。
故に先回りして守ることが出来ないのだ。
財宝を守ることが出来るのは、在処を知っている竜王だけだ。
(もし竜王が俺の思い浮かべている姿なら、何処かで大規模な戦闘が行われているはずだ……)
ユズルの想像上の竜王とは、竜そのものを意味している。
正直、竜王がいる場所は検討が着いている。
一つ目は、巫女さんが神楽を踊っていた舞台の前にあった洞窟だ。
もし竜王に捧げる演舞なのだとしたら、あの洞窟が竜王の住処である可能性が高い。
二つ目は、決勝戦の行われた大岩前にあった洞窟だ。この洞窟は巫女さんの舞台とは真逆に位置しており、集落を挟んで向かい合う形で存在している。
(対になる候補がある訳だが、恐らく竜王がいるのは巫女さんが居た方の洞窟だ)
そう考える理由はたった一つ。
時間稼ぎのために派遣された兵士が皆、大岩方面に集中しているということだった。
もしこの兵士が言うように、彼らがただの時間稼ぎなのだとしたらわざわざ目的地周辺に配置するだろうか。
護衛、たまは足止めのためなら分かるが、時間稼ぎのために兵士を周辺に配置するのは悪手だと、いくら戦闘経験が浅いユズルでも分かった。
(そうと決まれば竜王の所へ……と言いたいところなんだが……)
なんせユズル達は部外者なのだ。
王都軍と竜人が対立している理由も知らなければ、渓谷の住人ですらない。
そんな奴がただの興味本位で近づくのは抵抗があった。
「……過去に王都軍と竜人の間に、何かあったのか?」
首を突っ込みすぎているのは自覚している。
しかし、聞かずには居られなかった。
「……俺たち王都軍は過去に二回、この竜の渓谷に遠征している」
「目的は変わらず、竜の財宝を取り返すことなのか?」
「そうだと聞いている」
「竜の財宝を取り返そうとしている理由……は、さっき聞いたんだよな」
彼らはこの質問に対して「知らない」と答えた。
竜人の怒りを見る限り、過去の遠征もこうした奇襲という形だったのだろう。
王都軍の目的、並びに王都軍と竜人が対立している理由は掴めた。
竜王の居場所も恐らくだが目星が着いた。
後はグランドゼーブと言う人物に会えるといいのだが……
「グァァァァァァァァアア!!」
「っ……!」
渓谷内に、竜の咆哮が響き渡る。
声がした方を見て、ユズル達は言葉を失った。
視線の先には、巨大な竜が大空を羽ばたいていた。