第38話 予期せぬ乱入者
「アーノルドよ。こうして手合わせするのはいつぶりかな?」
「分からんな。ただ、お前に負けた記憶は一切無いぞ?」
「久々の大舞台でボケてしまっているのかい?君と私は現在5-6のはずだが……?」
「正々堂々、正面からやりあった試合で負けたことは無い」
「その言い方だと私が卑怯なやつみたいじゃないか」
「実際そうだろう。決勝のルールが変更されたのも、お前のせいじゃないか」
重苦しい空気が漂う中、アーノルドとティネーガの声だけが聞こえる。
観客はいつ二人が動くのか、静かにその時を待った。
「観客の前で醜い言い争いはよせ」
「そうだね、それじゃあ始めようか」
アーノルドが拳に力を入れる。
一方でティネーガは足先を揃えたまま、アーノルドを睨み続けていた。
「いざ参る!」
構えなしの状態からアーノルドが拳を繰り出す。
(早いッ……!)
ユズルと戦った時とは全くもって速度が違う。
瞬きすら許さぬ一撃を、ティネーガはいとも簡単に飛び越える。
「肘が伸びきっているよ、アーノルド」
飛び上がったティネーガはアーノルドの肘目掛けて踵を振り下ろす。
アーノルドは体を回転させその攻撃を避けると、着地したティネーガの背中目掛けて腕を回す。
その拳に両手をつき、ティネーガは自分の体を突き放した。
その反動でティネーガは遥か先の観客席へと突っ込む。
本来なら場外反則なのだろうが、決勝に場外反則のルールはない。
(これでティネーガが戦闘不能なら話は別だが……)
着地点が遠すぎるため、肉眼での確認が難しい。
「……無傷ってまじかよ……」
大岩に帰還したティネーガには、傷一つ着いていなかった。
両手を着いた時に、アーノルドの攻撃を全て受け流したのだろう。
ティネーガという男は、ユズルの想像を遥かに超える存在だった。
(普通あんなの食らったら骨が粉々になるはずだ)
反応速度、身のこなし、技の受け流し方、どれをとっても明らかに次元が違っていた。
「相変わらずの大振りだね。場外反則ありだったら負けていたよ」
「場外反則があったら、お前はあんな受け方しないだろう」
「ま、それはそうなんだけどね」
そう言ってティネーガは背中から木刀を取り出す。
(アーノルド相手に木刀だと……?)
アーノルドの拳を実際に体験した身としては、とても木刀は通用しないように思える。
だが、先程の技の受け流しがまぐれではなく実力なのだとしたら……。
「……なんてやばい祭りなんだ……」
無意識に口角が上がってしまう。
ティネーガがアーノルドに迫ったその時だった。
「……地震か?」
何処からか破壊音が聞こえ、会場が大きく揺れる。
音のした方向を見ると、煙が上がっているのが確認できた。
「……なんだよ、あれ」
大岩上空を飛んでいたドレークが声を漏らす。
その声を聞いて観客の数名が空へと飛び立った。
「私も少し見てくるわね」
横にいたミカエラさんも空へと飛び立つ。
その先でミカエラさん達が見た光景は……
「敵襲だ……」
(敵襲……?魔族が攻めてきたのか?)
「あの旗、間違いねぇ」
竜人達が拳を強く握る。
「あれはお前の仕業か、ティネーガ」
「いや、違う。あの旗を見てみろ、あれは……」
その声からは怒りを感じた。
それはティネーガだけでなく、周りにいた竜人達全員に共通することのようだった。
「あの旗は王都軍の旗だ」
その言葉を聞いたユズルは絶句した。
(王都軍……だと?)
混乱する会場の中、ユズルとユリカだけは理解が追いつかず動けないでいた。
「うおっ」
不意に抱き上げられ、思わず声が出る。
二人を担いだまま、ミカエラさんが大岩から離れる。
「ミカエラさん……?」
「……あなた達は私の家で待ってて。これは、私達の戦いだから」
「私達の戦い……?」
ミカエラさんは自宅に二人を置き、大岩の方へと飛んで行った。
「一体どうなってるんだ……」
状況を呑み込めない二人を置いて、竜人と王都軍の戦いが幕を開けた。
「また来たのか、お主よ」
「お久しぶりです、竜王様。お姿、お変わりの無いようで」
渓谷の奥地、竜王の間。
白銀の鎧を纏う男が一人、竜王を名乗る少女の元へと足を運んでいた。
「相変わらず可愛らしいお姿ですね」
「こちらの方が生活がしやすいのでな」
竜王、されどその見た目は人間の幼子そのものだった。
その可愛い声からは、竜王の面影は感じられない。
「悪いですが、今日は手短に済ませたいと思います。私兵に時間稼ぎをしてもらっているとはいえ、所詮は人間。小一時間と持たないでしょう」
「手短に済ませる、か」
竜王の体から煙がたち始め、次第に体が巨大化し始める。
「ならば私も本気で行こう」
先程の可愛らしい声から、聞く者を震え上がらせる声へと一変する。
「竜化、ですか」
目の前の少女は姿を変え、その姿はまさに竜そのものだった。
赤き鱗が全身を覆い、鋭い牙と爪が鈍く光る。
「すまんが貴様の名を忘れてしまってな。名乗っていただけないだろうか」
「ははっ、見た目は怖くても律儀な方だ。協力し合える道があったのなら、どれだけ心強かったことか」
男は高らかに笑う。
「私の名前はグランドゼーブ。竜王、貴方は?」
「私は竜王 リントヴルム。グランドゼーブよ、手加減はしないぞ?」
グランドゼーブは唇を舐め、竜王目掛けて剣を振り下ろしたのだった。