第36話 黄昏の展望台
お昼を食べ終えると、先程とは打って変わって静かな通りに出る。
どこか哀愁を感じさせる雰囲気の中、暫く進むと、建物と同じくらいの大きさの水晶が祀られた広間へと出た。
その周りには、祈りを捧げる人々の姿があった。
(そう言えばミカエラさんが言ってたな。二日目は、死者に祈りを捧げる日だって)
この水晶は、死者が帰ってくるための目印的役割を果たしているのだろうか。
場の空気に圧倒され、つられて手を合わす。
願うのは勿論リアとマコト、そしておじいちゃんのことだ。
(リア、マコト、信じられるか?俺はもうアルバ村にはいないんだぜ?)
今のユズルを二人が見たら、きっと驚くに違いない。
のんびり屋だったあの頃の面影はもう、どこにも無いのだから。
不意に顔を何かが触れる。
「大丈夫ですよ。私はずっと隣に居ますから」
ユリカの細くて繊細な指が、ユズルの頬を伝う雫を拭いとる。
ユズルは暫くその優しさに甘えるのだった。
時刻は夕刻。
ユズル達は渓谷の上にある展望台に来ていた。
というのも、道中面白いものを見つけたのだ。
「ドラゴンライダー?」
広間から移動した二人を待っていたのは、ドラゴンライダーと呼ばれる乗り物の乗車駅だった。
なんと谷底から崖の上まで人を乗せて移動してくれる乗り物らしい。
一直線に貼られたロープに箱のような物がくっついる。
ちなみに原理はクリストロン装備と似ていて、原動力は魔力に反応する鉱石のようだ。
「折角だし乗ってみるか?」
ユリカがコクッと頷く。
思いの外空いていた為、ほとんど待たずに乗車できた。
それもそのはず、竜人には羽が生えているのだから。
普段このドラゴンライダーは物資や怪我人を運ぶために用いられているらしいが、祭り期間中は景観を楽しみたい人用に一般開放しているらしい。
「わぁ……」
外を見ていたユリカが声を漏らす。
室内はガラス張りになっており、渓谷の風景が一望できる。
今日通って来た屋台の通りや、巨大な水晶のある広間、巫女さんが神楽を踊っていた舞台や、昨日お昼を食べた広場。
そして闘技場。
何処も絶えず笑い声で溢れかえっていた。
集落が小さくなっていくにつれて、竜の渓谷の全貌が明らかとなってくる。
集落の周りを囲む木々は赤く色を変え、禿げた木々の隙間には新芽が顔を出していた。
改めて時の流れを感じる。
夏前にアルバ村を出てもうすぐ半年が経つ。
村を出た時はこんな長旅になるなんて思っていなかった為、冬用の服など持ってきていない。
故に今二人が着ている服は、ウィズダ村で購入した物だ。
時間も旅も着実に進み続けている。
それを体現するかのように、ドラゴンライダーは二人を乗せたまま、崖の上を目指して進み続けるのだった。
終点に到着する頃には、当たりは夕日で照らされ赤く染っていた。
この時期は日が沈むのが早い。
崖の上は粛然としており、あるのは展望台と思われる建物だけだった。
普段観光用ではないことがひしひしと伝わってくる。
折角なので展望台に登ってみることにした。
展望台を登った先で、二人は息を飲んだ。
その壮大な景色を前に、ユズルは既視感を覚えた。
恐らく、アルバ村を出てフォーラ村に向かう際に登った、あの山の山頂の景色と重なっているのだろう。
あの時はユリカの反応も薄かったが……
「……綺麗ですね」
「……そうだな」
あの時は余りにも無口だった為、かなり不安だったのを覚えている。
今となってはその頃の面影は一切感じられない。
それは果たして成長なのか、それともユズルという人間に慣れただけなのか。
そんなこと、今は考えても仕方がない事だと分かっている。
でもそんな些細なことでさえも、ユズルにとっては大切な思い出だった。
いつ死ぬか分からないこの世界で、明日生きている保証なんて何処にもない。
「そろそろ戻りましょうか」
ユリカに声をかけられ、黄昏ていた意識を戻す。
北風に晒された手が悴んでいた。
ユズルはその手をユリカの手と重ね合わせる。
ユリカは嫌がる素振りをひとつも見せずに、その手を握り返して来た。
周りに人の姿はない。
ユズルは今、自分の意思でユリカの手を取ったのだ。
二人の顔が夕陽に照らされ赤く染る。
沈みゆく夕陽を目に焼き付け、展望台を後にするのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!
次回遂に竜王祭最終日!
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