第35話 竜王祭-2日目
「急にごめんね!」
朝のミカエラ宅に、ミカエラさんの謝罪の声が響く。
「急に呼び出し食らっちゃって……」
「いやいや、寧ろずっと居候しちゃってて申し訳ないです!」
本来だったらこの場にユズル達は居ない為、ミカエラさんには一切の非はない。
ミカエラさんの不在。
つまり今日はユズルとユリカ、二人きりで祭りを回ることになる。
「それじゃあ行ってくるから!鍵は閉めたあと玄関前の花壇に置いといて!」
そう言い残してミカエラさんは家を後にする。
「……どうする?」
二人きりになったところでユリカに問う。
家で体を休めるのも一つの手だが、祭り期間なので折角なら外出したい。
昨日のように闘技場に足を運んで試合を観戦するのもひとつの選択肢だが、ユズルには他に考えがあった。
「ユズルさんはどうしたいですか?」
質問を質問で返される。
普通なら戸惑うところだが、ユズルには考えがある。
「今日は二人で町を観光しないか?昨日は余り回れなかったし。……どう?」
ユズルの考え。
それはこの竜の渓谷を観光することだった。
昨日は結局ユリカも闘技場に残った為、食事の時を除けばほぼ闘技場から移動していない。
折角祭りが開催されているというのに、ずっと闘技場に篭もりっぱなしではユリカも退屈してしまうだろう。
「いいですね、観光。私も見て周りたいです」
「それじゃあ決定だな」
シュバルツを壁に立て掛け、家を後にした。
「これすごく綺麗じゃないか?」
昨日とは別方向に向かっていくと、道の両脇に所狭しと屋台が並んでいる通りに出た。
その一角に宝石店の出店があった。
隣では、ユリカがある一点を見つめたまま立ち尽くしている。その視線の先にあったのは、ユリカの目と同じ蒼く煌めく宝石が使われたペンダントだった。
「……欲しいのか?」
こんなに綺麗だと言うのに、値段はさほど高くない。
それに、普段のお礼に何か買ってあげたいなと思っていたユズルは、ユリカにそう尋ねた。
「いえ、大丈夫です。もっと先まで行ってみましょうか」
しかし返しは意外とあっさりとしていた。
気を使ってくれたのか、それとも単純に欲しくなかったのか。ユズルにはどちらが正解か分かっていた。
「おっとと」
相変わらずの人の多さに、気を抜いていると飲まれそうになる。
(こんなに混んでると、ユリカとはぐれるのも時間の問題だな)
はぐれないようにとユリカの手を掴む。
突然の事で驚いたのか、ユリカの肩が震える。
「はぐれるといけないから手、繋いでていいか?」
「……いいですよ」
ユリカが顔を背けながらそう言う。
手を繋いだ後でユズルはあることに気づく。
(いや、はぐれてもユリカには千里眼があるんだっけな……)
もしかしたらさっきユリカが顔を背けていたのは、ユズルの行動が可笑しくて笑っていたのかもしれない。
ユリカの手を握り、改めてその手の小ささに驚かされる。
小さくて、すぐ壊れてしまいそうな繊細な手。
この手でユズルを何度救ってくれただろうか。
ある時は傷を癒し、ある時は魔人から命を救い、ある時はユズルの頭を撫でてくれた。
「……黙り込んでどうしたんですか?」
ユリカが不思議そうにユズルの顔をのぞき込む。
「あ、いやすまん。少し考え事してた」
意識を現実へと戻し、ユリカと歩幅を合わせて歩き出す。
次第に繋いだ手が熱を帯び、その熱が顔まで混み上がってくるのを感じた。
「ユズルさん、次あそこに寄ってみませんか?」
ユリカが一歩前に出て、ユズルの手を引く。
笑みを浮かべたその顔を見て、鼓動が早くなるのを感じた。
(あ、俺……)
耳鳴りがして、世界から音が消える。
ユリカの笑顔を見て、ユズルは気づいてしまったのだ。
ずっと前から隠されていた感情に。
(ユリカの事が……)
秋の終わりを告げる北風が火照った身体を冷ますのに、さほど時間はかからなかった。