第34話 初日の夜
「落ち込むことはないわ。アーノルドは私が優勝するまで6年間王座を守りきった実力者だからね」
「ありがとうございます……」
返事をする声が震える。
決して悔しくて震えている訳では無い。
アーノルド戦の余韻が消えずに震えているのだ。
ユズルは二回戦の相手、アーノルドに敗北した。
……一瞬だった。
(とりあえず背後を……ッ!)
回り込もうとするユズル目掛けてアーノルドの拳が迫る。
巨体故攻撃範囲が広く、間合いが測りきれなかったユズルは木刀を用いて受身をとってしまった。
場外ギリギリまで飛ばされ、あまりの衝撃に呼吸が乱れる。
「たった一撃でこれかよ……っ」
両腕だけでなく膝や腰、首全身にわたって強い衝撃波が伝わってくる。
だが、まだ動けなくなった訳では無い。
今の一撃から瞬時に間合いを判断し、次の攻撃に備える。
ユズルは必死に反撃の一手を探した。
しかし、勝負は既に着いていた。
「やっぱり耐えきれなかったか……っ」
ユズルの手に握られていた木刀が砕け散る。
刀がなければ、ユズルは勝つ術がない。
立ち尽くすユズルの前にアーノルドが迫る。
「木刀が無ければ戦えないんだろ?安心しろ、怪我はさせない」
アーノルドはユズルをつまみ上げ場外へとそっと下ろす。
「いい受け身だった。木刀じゃなきゃ結果は変わってたかもな」
そう言い残してアーノルドは会場を後にする。
圧倒的な力の差を見せつけられ、ユズルは暫くその場から動くことが出来なかった。
「けどいい経験にはなったでしょ?アーノルド、ああ見えて普段は大人しい性格だから、祭りや襲撃じゃない限り手合わせなんてできないわよ?」
ミカエラさんの言う通り、確かにいい経験にはなった。
だが、それ以上にトラウマになりそうだった。
「これからどうする?」
「え?」
「観戦するか、観光するか、どっちにする?」
言われて気づいたが、ユズルはもう負けたため闘技場に残る必要がないのだ。
勿論観光、のはずだったのだが……、
「……少しここに残ってもいいですか?」
先程のアーノルド戦の余韻が消えず、このままでは純粋に観光を楽しめないと思ったのだ。
それに一戦でも多く試合を見て戦い方を学び、物にしたかった。
「そう、分かったわ。それじゃあユリカちゃん、一緒に行きましょ」
「……私も残っていいですか?」
予想外の返答に二人は眉を顰める。
だが、ユリカの顔を見たミカエラさんは何かを察した表情で「知人に挨拶してくる」と言って闘技場を後にした。
「……私も、ユズルさんがいないと落ち着いて楽しめませんから」
「ん?今なんか言ったか?」
「いえ、なんでもないですよ」
並んで歩くユリカが何か言った気がしたが、観戦席の声でかき消されてしまった。
しかしユリカの表情は笑っているようだった。
時は遡り竜王祭一週間前、王都 エルミナス──
「計画は順調なのか?グランドゼーブよ」
「はい、聖王様」
薄暗い王城の一室に、二人の声が響き渡る。
「先日ちょうど10の魔導書が揃いました。残すは【竜の財宝】と【忌み子の血】のみでございます。そのうち、竜の財宝の在処はすでに……」
「では残すは忌み子の血のみだな?」
「はい。ですが如何せん手がかりが掴めずにおられます」
「だから何だ?私に恥をかかせる気か?」
「いえ、そんなおつもりは……」
「まぁ良い。それで、竜の財宝はどうするつもりだ?」
「その件ですが、既に遠征軍を編成してあります。近々向かう予定です」
「指揮は?」
「私が直々に指揮を執ろうと思っております」
「そうか、ならば手に入ったも同然だな?」
聖王と呼ばれる男は不敵な笑みを見せる。
それに答えるかのようにグランドゼーブも笑みを浮かべる。
「必ずや遂行して見せます」
竜の渓谷を舞台に、二つの物語が混じり合い、歪み出す。
決戦の時が、すぐそこまで迫っていた。