第3話 消えぬ怨念
「アアァァァァァァァァァァア!」
「……あの時は、よくもリアとマコトの命を奪ってくれたな」
額に汗が伝う。
暴龍との距離はかなり離れているが、油断はできない。
ユズルは鞘から剣を抜き構える。
ユズルはこの時のために魔獣の弱点について学んできた。
魔獣及び魔人には心臓が存在しない。
代わりに核と呼ばれるものが存在する。
それが奴らの弱点であり、それを破壊しない限り何度でも再生する。
例えば、暴龍の核は胸元にある。
(どうやって胸元に潜り込むかだな……)
「第4部隊、第5部隊は子供たちを連れて村へ撤退!第3部隊は入口付近から魔法による遠距離支援を!第2部隊は足、第1部隊は腕を封じてくれ!」
ボップが冷静に状況を判断し指示を出す。
決して舐めていた訳では無いが、現場で指揮する師匠の姿は普段からは想像できないほどかっこいいものだった。
「そして──」
ボップがユズルにも指示を出す。
「俺が目を潰して視覚を奪う。ユズル、お前は隙を見てやつにトドメをさせ」
ユズルは頷いた。
復讐の機会をくれたのだろう。
そのさりげない思いやりに感謝する。
「……俺も魔獣と戦うのはしばらくぶりだ。もし俺が死んだら残りの指揮はお前が頼むぞ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ、師匠」
「まぁ黙って死んでやるつもりは無いさ。第3部隊攻撃開始!」
第3部隊が詠唱を開始し、暴龍目掛けて攻撃が降り注ぐ。
洞窟内は砂埃が広がり、次第に暴龍の姿が見えなくなる。
「── っ!」
砂埃の中から突如巨大な鞭のようなものが現れ、ユズルを含む複数の兵士が吹き飛ばされる。
急な攻撃だった為ダメージを吸収しきれず、ユズルの体は宙を舞った。
視界が開け、先程の巨大鞭が暴龍の尾だったことが明らかとなる。
幸い攻撃を受けた箇所が例の侵食されている左脇腹だった為、ほとんどダメージを受けずに済んだ。
「自分で自分の首を絞めてやがる!」
ユズルはその勢いを利用して壁を蹴り暴龍の首目掛けて切りかかる。
と、暴龍はこちらを振り向き口を開けた。
口内が光ったかと思ったその瞬間、
「しまっ──」
「アアァァァァァァァァァァァァァァァァ」
暴龍が咆哮する。
ユズルは空中でかわすことも出来ず真正面から攻撃を受けてしまった。
「がはっ!」
壁に叩きつけられ地面に墜落する。
ボップはその隙を逃さなかった。
「はぁ!」
「ギャァァァァァァァァァァ!」
ボップは暴龍に斬りかかり、両目を潰し視界を奪う。
それに続くように第1部隊が暴龍の両脇の筋を切り落とし、腕の自由を奪った。
「目も手も使えねぇならこっちのもんだ!」
そう言って第2部隊が暴龍の足目掛けて走り出す。
「っ!よせ!」
何かを感じとったボップが第2部隊に呼びかける。
が、一歩遅かった。
「なっ──」
暴龍は先程同様、体を回転させ尻尾を打ち付ける。
不意打ちによって体制を崩す第2部隊。
間髪入れずに暴龍が第2部隊目掛けて跳びかかった。
突然の出来事に避けることが出来ず、そのまま兵士たちが散ってゆく。
辺りに散らばる肉片を見て、周りの空気が変わる。
戦場では一瞬の気の緩みが命を落とす。
今まさにその瞬間だった。
暴龍にとって、仲間が目の前で死んでいき、呆然と立ち尽くしている人間など驚異ではない。
それどころかただの的である。
(やはり核を破壊しないと再生しちまうか……ッ!)
「── っ、全員陣形を崩すな!敵の動きから目を離したら死ぬぞ!」
ボップの呼び掛けに全員が意識を取り戻す。
気がつけば暴龍の両目はすでに再生していた。
「第3部隊は引き続き後方支援を!第1部隊は……やつの注意を引いてくれ!俺がやつにトドメを刺す」
そう指示を出しボップが動き出す。
とどめはユズルにさせたかったが、そんな余裕が無くなった。
なんせ死人が出たのだ。
これ以上犠牲を出さないためにも、ポップは最善を尽くそうとした。
第1部隊は暴龍の注意を引こうと走り回り、第3部隊は全員に魔力を送り込んで身体能力を強化する。
「アアァァァァァァァァァ」
暴龍の噴いた炎が、辺り一面を赤く染める。
あんなに静かだった洞窟は一瞬で火の海へと変貌を遂げた。
(あ……れ?俺、なんでこんな所に……?)
目を覚ましたユズルの前には、火の海が広がっていた。
依然として護衛部隊が暴龍と戦っている姿が確認できる。
(そう、だった。俺達は子供たちを助けに洞窟に入ってそれで……)
先程までの記憶を辿る。
頭を打った割には記憶がしっかりしていた。
師匠に教わった受け身が活きたのだろうか。
(直でやつの攻撃を受けた……か)
果たしてどのくらいの時間が経ったのだろうか。
まだ撤退していないところを見ると、さほど時間は経っていないようだ。
「……っ!」
立ち上がり当たりを確認したユズルは絶句する。
目の前辺り一面が、人の血で赤く染まっていたのだから。
否、それが村の護衛部隊のものだと言うのは、辺りに転がる鎧らしき残骸からわかった。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
「嘘だろ……?」
先程まで共に戦う戦友だった者達に火が移り、激しく燃え上がる。
人が燃える匂いにユズルはめまいを覚えた。
「良かった、身体はまだ動くか?」
「は、はい」
ユズルの復活に気づいたボップが暴龍から離れユズルの方へ駆け寄ってきた。
「引き続き俺達でやつの注意を引くからお前はやつにトドメをさせ、もう時間が無い。次の突撃で倒せなかった場合は撤退する。いいな?」
切羽詰まったボップの指示にユズルは肯定し、暴龍へと向きを変える。
最後の最後までチャンスを与えてくれた。
このチャンスを無駄にはしない!
第1部隊に合図を送り、ボップが暴龍の背後へと移動し剣技を放つ!
「うおおおおぉ、ローレンス式抜刀術陸の型!煌牙!!!」
ボップの突き出した剣が暴龍の硬い鱗を貫通し、暴龍が咆哮する。
「アァァァァァァァァ!!」
「──っ!」
痛み悶える暴龍。
背中に痛みが集中した事で暴龍の胸がガラ空きとなる。
(いける……っ!)
「ローレンス式抜刀術、壱の型──」
ローレンス式抜刀術とはかつて英雄ローレンスが残した剣技であり、全部で12の型で構成されている。
これもこの17年間で身につけたものだった。
左足に力がかかる。
暴龍の懐に踏み込み、剣を振りかぶった。
そして──、
「──煌龍!」
振り下ろした一閃は、暴龍の胸鱗を突き破り核を破壊した。
師弟らしい、息のあった連携だった。
暴龍は力を失い、光の粒子となって虚空の彼方へと消えていく……。
「………見てるかリア、マコト」
今は亡き親友にそう告げる。
これでユズルもこの呪いから開放される。
……はずだった。
「……何故だ?何故侵食が消えない?」
目の前で確実に暴龍は消滅した。
にもかかわらずユズルの左脇腹は侵食されたままだ。
「……どういうことなんだ」
暴龍確実に倒したはずだ。
もし消えない理由が他にあるとすれば、
「……この呪いは暴龍によるものではなかった?」
「……ユズル、お前の気持ちも分かる。だが、それは護衛部隊も同じだ。まずは村へ帰還しよう」
考え込むユズルの肩をボップが軽く叩く。
周りを見ると生き残った兵士たちがユズルの方を向いていた。
「……はい」
そう返事をし洞窟を後にする。
(なぁリア、マコト。俺の、俺達の敵って一体なんなんだろうな)
結界内に戻るまで、ユズル達は魔獣とは遭遇しなかった。
今回の事件は死人が出る大事となった為、村中に知れ渡るまでさほど時間はかからなかった。
第2部隊計5名、そして第3部隊計3名。
合計8名の追悼式が翌日行われた。
結局ユズルの侵食の正体は謎に包まれたままとなった。