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第30話 竜王祭-前夜



(何処だ、ここ……)


 目の前には見渡す限りの闇が広がっていた。

 夜や地下とは違った、何処か恐怖を感じるような冷たい闇が、ユズルの体を包み込んでいた。

 音も風も何も無い暗闇に、それは居た。

 周りとは異なり、自ら光を放つ謎の欠片。

 だが、何処か暖かい感じがした。

 それに触れた瞬間、意識が覚醒する。




「……夢……か」


 妙に胃がムカムカし、外の空気を吸おうと立ち上がる。

 早朝なのも理由の一つなのだろうが、朝が寒い季節になり布団から出るのが億劫になっている。

 窓から覗いた景色は、新鮮なものだった。

 昨日は既に当たりが暗くなってからの訪問だったため、周りの景色等は見えなかったが改めて見ると目と鼻の先に竜人の集落が確認できた。

 ただ、どの家も外観を気にしているのか豪華な飾り付けがされていた。


 そっと視線を下ろすと、今いる家から遠ざかって行く人影が見えた。


「……あれってミカエラさんだよな?」


 こんな早朝に何処へ行くのだろうか?

 手には花束らしきものが握られていた。

 あんまり目で追うのも失礼だと思い、窓から離れ布団へと戻る。

 だが、不思議の目は冴えていた。

 ミカエラさんは、日が昇ることに帰ってきた。




 朝食後、二人はミカエラの提案で集落を案内してもらうことになった。


「どの家も妙に凝った飾り付けがされてますけど、竜人はこういう派手な飾り付けが好きなんですか?」


 ユズルの純粋な質問に、ミカエラは目を丸し笑い出す。


「普段はこんなんじゃないわよ。今はお祭りの期間だからみんな家を飾ってるのよ」


「お祭り……?」


「あれ、言ってなかったかしら?」


 何処と無く、太鼓の音が聞こえる。


「明日からの三日間、この竜の渓谷で年に一度のお祭りがあるの。収穫を願い、死者を想う祭り。通称【竜王祭】よ」


「竜王祭……」


「もしかして、ミカエラさんが必ずこの時期に帰って来るって言っていたのは、この祭りがあったからですか?」


「そうよ、年に一度のお祭りだからね」


 辺りには出店が並んでおり、華やかな音楽に合わせて竜人たちが踊っていた。

 祭りの前日でこの盛り上がり。

 祭り当日の明日、二人の前にはどんな景色が待っているのだろうか。


「一日目は巫女さんたちが来年の豊作を祈って神楽を踊るの。すごく綺麗なのよ」


「それは楽しみですね」


 似たような行事はアルバ村にもあった。

 年越し前に有志で集められた村の人が神楽を踊るのだ。

 寒い中、年を越すその瞬間まで踊り続ける姿は美しいものだった。


「ニ日目は死者を思って祈りを捧げるの。竜人のみんなは、死んでも毎年この祭りの時期にここに帰ってくると約束してるの。たとえ見えなくても、彼等はきっとここに帰ってきているはずよ」


「死者を思う……」


 不意にリアとマコトを思い出す。


(もう、17年か……)


 長いようで、すごく短く感じた17年間だった。

 哀愁を感じる季節だからか、自然と切ない気持ちに苛まれる。


「そして最終日三日目は竜王様による演舞よ。去年は渓谷の空に火花を散らして演舞を行ったのだけれど……」


 ミカエラの視線の先には、一箇所だけハゲた林があった。


「あー……」


 ミカエラさんによると今年は去年の反省を活かし、炎を使わない演舞を行うそうだ。

 なんと竜王は様々な属性の魔法が使えるらしい。

 竜と聞くと火を噴くイメージが強いが……。


「大昔のご先祖様たちはみんな火を噴いていたそうよ。その頃はまだ今みたいな人型じゃなくて、言語を話す竜って感じだったらしいけど」


 竜族についてはユズルも、アルバ村の魔導書で読んだことがあった。

 その記述の中で、有名な一節に


"竜なくして、魔法なし"


という言葉がある。

 まだ人類という種族が魔法を持たなかった頃、世界の頂点に君臨していたのは竜族だった。

 圧倒的な力の前に、他の種族は逆らうことが出来なかった。

 そんな中、悲劇が起こる。

 世界の温度が急激に下がる、いわゆる氷河期が到来したのだ。


 氷河期に入ると、食糧不足による戦争が始まり竜族は世界の八割を支配したとされている。

 そんな中最後まで果敢に戦ったのが、人類だった。

 その諦めない心が神に認められたのか、人類は全種族の中で初めて"魔法"を習得した。

 氷河期を耐え抜くと氷河期以前と比べて約6割の命が失われていた。

 そんな絶望の中、先頭に立って世界を修復し直したのが人類だった。

 そして今に至るわけである。


(まさか先祖は思ってもいなかっただろうな。人類が後退する未来なんて……)


 竜族がいなければ人間が魔法を習得することは無かった。

 故に竜族がこの世にもたらした恩恵は大きいものだった。


 気がつけば集落の中心部まで歩いて来ていた。

 やはり祭りだけあって中心部の盛り上がりは凄いものだった。


「そしてメインイベントはこれ!」


「……武道会?」


「そう!三日間に渡って行われる力試しの大会よ」


 会場と思われる円盤の脇に一枚の紙が貼ってあり、そこには武道会の説明や参加者求むといった注意書きが書かれていた。


「おっ、そこにいるのはミカエラじゃないか!」


 奥から顔を出した男性がミカエラの顔を見るなり声をかけてくる。


「今年も帰ってきたんだな」


「死んでも帰って来るわ」


「ははっ、それが竜王祭だからな」


 そう言って二人は笑い出す。


「後ろの二人は?」


男がユズル達の前に身を乗り出す。


「アルバ村のユズルです」


「同じく、ユリカです」


 村の名前を聞いて「そんな遠いところから来たのか」と呟く。


「俺の名前はドレークだ、よろしく」


 軽い握手を交わす。


「今年も出るのか?武道会」


「いや、今年は遠慮しとくわ」


 その会話のやり取りに疑問が生じる。


「ミカエラさんもこの大会出たことあるんですか?」


「出たことも何も、ミカエラはこの大会四連覇してるからな」


「恥ずかしいじゃない……」


 ミカエラさんが恥ずかしそうに照れ顔を作る。

 その顔からはとても強さを感じない。

 なんならか弱い女性のように見える。


(いや、確かこの人魔獣の群れを一撃で吹き飛ばしてたよな……)


 昨夜のことを思い出し背筋が凍る。


「そうだミカエラ、お父さん達のところには?」


 ドレークが顔を顰めながら問う。


「今朝、行ってきたわ」


「そうか、あれからどのくらい経つんだ?」


「もうすぐ十五年になるのかしら」


「早いな……」


 二人の声のトーンが変わる。


(今朝……)


 ユズルは早朝のことを思い出す。


(あれは親の墓参りに行っていたのか……)


 手に持っていた花束はお供え物だろう。

 隣で何も知らないユリカは辺りをキョロキョロしている。

 可愛い。


「でも、ミカエラが出ないんじゃ盛り上がりにかけるな」


「そんなことないわよ、それに今年はこの子が出るから」


 ミカエラさんがユズルの背中を押す。


「え、俺ですか?」


「ほう、面白そうじゃないか」


「え、俺外部から来た人間ですけど、いいんですか?」


「ははっ、そんなこと気にするやつはいねぇよ。盛り上がりさえすれば誰も文句は言わねぇ」


 ミカエラさんは「そうと決まればまずは大会の説明ね」と言って貼ってあったチラシを剥がしとる。


 隣でドレークが「言えば新しいのあげたのに……」と呟いていたが、ミカエラの耳には届いていないようだ。


「……まじかよ」


 こうしてユズルの武道会参加が決まったのだった。



 時間が進むのはあっという間で、気がつけば日が谷裏へと沈み出していた。

 日没というのに相変わらず人が減る気配はない。

 それどころか増えているように感じる。


「なんか人増えたように感じるんですが気のせいですかね?」


「気のせいじゃないわ。今日のメインイベントはこれからだからね」


「メインイベント…?」


「祭りといったら前夜祭でしょ」


 ミカエラさんがそう言った瞬間、上空に何やら光が映し出される。


(これってメイシスが使ってた……)


 エンボースド・レターズ

 夜空に映し出された光の線が物語を紡ぎ出す。


「今上空に描かれているのは、竜族に伝わる先祖様たちの伝説の物語よ」


 光に合わせて、どこからか説明が入る。


── まだ私たち先祖が人の形を持っていなかった頃、彼等は世界の頂点に君臨していました。

 


 恐ろしい見た目をした竜が映し出され、近くにいた子供達が親の足にしがみつく。



── ある時は海を割いて陸をつなぎ、またある時は雨雲を引き連れ各地に豊作をもたらした。



 光が色を変えながら物語を紡いでいく。

 夜の寒さも忘れ、物語の中へと吸い込まれてゆく。


 夜空に映るその光景は、思わず魅入ってしまうほど美しいものだった── 。

<後書き>

改めまして、6000pv及び総合評価200ptありがとうございます!


これからもよろしくお願いします!

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