第29話 呪術師との再会
(まずい……)
額から汗が流れ落ちる。
ウィズダ村を出て早一週間、ユズル恐れていた事態に直面していた。
それは魔獣の群れとの遭遇だ。
長旅の為、いざと言う時のためにユリカの千里眼による魔力消費は最小限に抑えていた。
例えば今だってそうだ。ユリカの千里眼で安全を確認した後、こうしてテントから出てきている。
(薪を拾いに来ただけだから武器はテントの中だ……)
手には集められた薪と採取用の小刀のみ握られていた。
薪を集めるのに集中し過ぎてユリカの千里眼の範囲外まで来てしまったようだ。
(長旅のせいで集中力が切れ始めているのか……)
普段ならこんなミスありえない。
これが結界の外に出るということなのだと、改めて思い知らされる。
(ユリカの方に魔獣を行かせる訳には行かないッ)
だが武器らしいものは辺りには見当たらない。
落ちているのは、魔獣に当たっただけで折れてしまいそうな枝や殺傷能力の薄い岩など、とてもこの群れを凌ぐのには無理があった。
(せめてユリカだけでも……ッ!)
その刹那、空から何かが落ちてきた。
「竜の拳骨!」
爆風に飲まれ軽く飛ばされる。
ぼやける視界の中、反り立つ尻尾と大翼が目に入る。
(竜人……ッ!いや、この声……)
ユズルはその声に聞き覚えがあった。
「怪我はないかしら?」
消える魔獣の粒子を背景に、フォーラ村の呪術師 ミカエラがそこには立っていた。
「ユズルさん!」
異常に気づいたのかユリカがユズルの元に走り寄って来た。
「怪我はないですか?」
「あぁ大丈夫だ」
そう言いながらユズルは目の前の竜人、ミカエラに視線を向ける。
「貴方はフォーラ村の時の……」
「彼女が助けてくれたんだ」
ユリカもミカエラと挨拶を済ます。
こんなところで会うなんて思ってもいなかった。
「ミカエラさんはどうしてここに?」
「それはこっちのセリフよ。私はこの先にある私の故郷に里帰りしに来たところよ」
この先。そう言って指を指す方向にはユズル達が向かう予定である"竜の渓谷"がある。
「……もしかして貴方達も竜の渓谷に向かっているのかしら?」
そうだと伝え、ユズルが苦笑いをしながら聞く。
「後どのくらい掛かりますかね?」
「どのくらいも何も、もう着いてるじゃない」
「……え?」
実の所、ずっと森の中を進んでいた為、自分たちのいる位置が掴めないでいた。
二人は知らぬ間に竜の渓谷へとたどり着いていたのだった。
「と言ってもみんなが住んでいるのはもう少し行ったところにあるの。良かったら案内しようかしら?」
有難い提案だった。
移動中、ウィズダ村での出来事や竜の渓谷についてなどを話し合った。
話に聞いていた通り、竜の渓谷は竜人の谷で間違いないようだ。
「里帰りって言ってましたけど、ここにはよく帰ってくるんですか?」
「年に数回よ。でも毎年この時期になると必ず帰って来るの」
「何か理由でもあるんですか?」
ミカエラは軽く笑みをうかべ「明日になればわかるわ」とだけ告げた。
そうしているうちに徐々に周囲の景色が開け始める。
見上げると、左右に急な崖を持つ山が連なっているのが見えた。
「良かったら今日はうちに泊まって行かないかしら?」
正直この時間から宿を探すのは厳しいと思っていたため、お邪魔させてもらう事にした。
「でも、せっかくの里帰りなのに俺たちがいて邪魔になりませんか?」
「大丈夫よ。だって私一人暮らしだもの」
親と別居しているのか、そう聞こうとして口をつむぐ。
ミカエラの表情を見たらわかる。
ミカエラの両親はもう……。
「さぁ、着いたわよ」
ミカエラの家は、家が密集していると思われる場所から少し離れたところに建っていた。
ふと、ユリカが気になっていたことを口にする。
「この、村?集落?……って結界が貼ってないんですね」
「確かに……」
言われて気づいたが、確かに結界らしきものが見られない。
竜人と言えど、魔獣と敵対関係にあることは変わりはない。
それにもかかわらず結界が貼っていないのには疑問を感じざるを得なかった。
「ここ、竜の渓谷は【竜の財宝】の加護で守られているの」
立ち話もなんだとミカエラが家の中へと向かい入れる。
話によると【竜の財宝】とは、古よりこの竜の渓谷を守ってきた人間界で言うところの結界のようなものらしい。
「と言っても現物は竜王様しか見たことがない、と言われているわ」
竜王、いかにも強そうな名前が聞こえ少し好奇心が湧く。
「二人とも疲れてると思うし募る話はまた明日にしましょ。確か、客人用の布団があったはず……」
何から何まで、ミカエラさんには頭が上がらない。
「そうだ、"魔人化の跡"大丈夫かしら?」
布団を伸ばしながら聞く。
ミカエラさんにはユズルの侵食が呪いではなく、魔王による魔人化の術だと伝えてある。
「はい、大丈夫です。……と言いたいところなのですが……」
実はまた急速に侵食が進んだ日があったのだ。
それは影を操る魔人と戦った次の日の事だった。
最初、魔人と対峙した次の日に侵食が急速に進むのでは無いかと考えたが、ハルク村での戦闘後に特に変化が無かったこともあり原因は謎に包まれたままとなった。
と、就寝準備が整ったところで不意に眠気が襲ってくる。
(暫くちゃんと寝れてなかったからな……)
「じゃあこの部屋は二人で使っていいからね。私は下の階にいるから。おやすみなさい」
「色々ありがとうございます。おやすみなさい」
……実際に結界を出て見てわかったことがある。
布団に潜り、暗い部屋の中ユズルは一人考えていた。
それは結界内で育った人間はあまりにも無知であるということだ。
ユズルは教師になる為、正確には暴龍や魔王を倒す為に勉学に励んで来た。
正直アルバ村を出るまで、自分はそこそこ知識がある人間だと思っていた。
しかしそれは違った。
メイシスの件もそうだが、あまりにも知らないことが多すぎる。
(無事アルバ村に帰れたら、本にでもまとめて保管した方が良さそうだな……)
将来ユズルと同じように結界を出るものが現れるとするならば、その人の為に少しでも情報を伝えてあげたいとユズルは思っていた。
(出来れば結界なんて無い、平和な世界を取り戻してあげたいんだけどな……)
普通の魔人相手に死にかけたユズルには、到底世界を救う力などない。
でも願う分には自由だろう。
いつか、色んな景色をみんなに見せてやりたい。
美しい世界の景色を瞼の裏に映して、ユズルは眠りについた。
竜の渓谷での物語が、幕を開ける──。
ついに今回から第4章 開幕です!
竜の渓谷で繰り広げられる新たな物語を、
ぜひよろしくお願いします!