番外編 その名は、ローレンス
このお話は、英雄 ローレンスの過去についてのお話の前半です。
後半はネタバレ防止のため、物語の進展とともにアップ予定です。
「後処理は俺がしておくから、君たちは先に帰って報告を頼むよ」
「は!」
「さて、と……」
部下に指示を出し、アイアスブルク辺境伯領騎士団 団長のローレンスは目の前の洞窟へと顔を向ける。
この洞窟は【アイアスブルク辺境伯領】の南西に位置しており、周りが山に囲まれているため人があまり立ち寄らない場所にある。
騎士団がわざわざこの洞窟に出向いた訳は、魔人の出没情報が相次いだからだ。
もっともその魔人は今、ローレンスの横で光の粒子と化しているのだが。
「こんな辺境にまで魔族の手が及んでいるとは……。この国が戦場と化すのも時間の問題だな……」
十数年前に突如として始まった生存戦争も、いよいよ大詰め時。各地から王都へ召集がかかり、日に日に辺境の警備が薄くなってきていることをローレンスは懸念していた。
勿論ローレンスにも召集依頼が来ていたのだが、自分が団長という身分であることもあり辞退してきた。
「にしても、今回の魔人はあまり手応えがなかったな。魔人との戦闘に慣れてきている証拠なのか、単に弱かったのか」
これといった能力がなく、犠牲も出なかった。
皆が無事なことに越したことはないが、何処か引っかかる。
だが、今はそれよりも洞窟の中に注意を向ける。
というのも、先程倒した魔人は終始この洞窟内を気にしていた。
この先には、何かあるのかもしれない。
松明に火を灯し、洞窟内へと足を入れる。
暫く行ったところに、それはあった。
「なんだこれ……鉱石か?」
暗い洞窟の奥に、一箇所だけ光り輝く場所があった。
近づいて確認すると、どうやら鉱石の光のようだった。
「見たことが無い光り方だ……」
その鉱石は白く透き通った見た目で、自ら光を発しているように見えた。
一旦その場から離れ洞窟の端まで歩いていったが、特に変わったものはなかった。
帰り道、再び鉱石の前を通る。
先程は気づかなかったが、その鉱石の周りだけ妙に空間が開けていることに気づき再び近寄る。
「まるで祭壇だな」
鉱石触れる。当然の如く何かが起こる訳では無い。
触った感想は、うーん、少し冷たい。
「……あいつなら何かわかるかもしれないし、持って帰ろう」
ローレンスは謎の鉱石を持ち上げると、その場を後にした。
「アーロン、お邪魔するぞ」
「お、ローレンスじゃないか。今日はどうした」
洞窟から帰還したローレンスは下町にある小さな鍛冶屋に足を運んでいた。
この店の店主であるアーロンとは幼少期からの付き合いで、よく顔を見せに来る。
「洞窟での調査中にこんなのを見つけたんだが……」
そう言って取り出したのは、先程の謎の鉱石だった。
「どれどれ……これは見た事がないな……」
「アーロンでも知らないのか」
鍛冶師である以前に、アーロンは昔から物知りであった。
特に鉱物や植物学などに精通しており、ローレンスも学生時代よく彼から教わっていた。
「それはアーロンにあげるよ。俺が持ってても仕方ないしね」
「ほんとか?いやぁ助かるよ、団長さんっ」
「やめてくれ、お前といる時ぐらい気楽でいたいんだ」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ」
アーロンが茶化すようにローレンスを肘でつつく。
そうやって気楽に接してくれるアーロンは、ローレンスにとってかけがえのない存在だった。
「そういやローレンス、お前は王都には行かないのか?」
「……」
不意に聞かれ、ローレンスの動きが止まる。
「……俺が王都に行ったら、誰がこの国を守るんだ」
「言っちゃ悪いけど、俺はお前の力はこの国だけじゃなくて人類全体に対して使うべきだと思うけど」
「顔も見た事がない人を守る為に、自分の故郷を捨てろというのか?」
「そこまでは言ってねぇよ。ただ、この国を守っているだけじゃ戦争は終わらない。この国の人々を少しでも早く安心させたいなら、王都軍に入って魔王討伐に参加したほうがいいんじゃねぇのって話」
アーロンの話は納得できる。
だが、どうしても後ろめたさを感じてしまうのだ。
「相変わらずお堅いねぇ」
「……」
「まぁ俺もお前がいてくれた方が安心だけどさ」
そう言いながらアーロンは鉱石を持ち上げ、「にしても綺麗だな。素手で触るのが惜しいくらいだ」と感想を漏らす。
事が大きく動いたのは、それからひと月程たった頃だった。
普段通り身支度を済ませ、アイアスブルク辺境伯領の中心に聳え立つアイアス城へと入城する。
ローレンスは依頼がない時はこうして城内で仕事を行っていた。
辺境伯に挨拶をしようと謁見の間に向かっていた時だった。
(なんだあの集団……)
見慣れぬ集団が、謁見の間に入っていくのが見えた。
その胸かかっていたのは、王都幹部の紋章。
(王都の者か!なんでこんな辺境に……)
扉が閉まるのを確認し、音を殺しながら扉に近づく。
耳を当てると、中から話し声が聞こえてきた。
「この国のローレンスという男に、聖王から召集命令が出ています」
(……っ、召集命令なら先日断った筈だぞ!)
「今までは我々王都幹部による招集でしたが、今回は異なります。聖王直々の命令ですので、そこのところしっかり考えた上で、いいお返事をお待ちしております」
(まずい、こっちに来る……っ!)
すぐさま扉から離れ、近くの物置に隠れる。
幹部の方々が出ていくのを確認したあと、何も知らない顔をして謁見の間へと足を入れる。
「おはようございます、今日はいい天気ですね」
「ローレンスお前に召集命令が出ている」
「あー、召集命令なら断ってるんですよ。この国が一番大事ですからね」
「いや、お前は王都にいけ」
「……っ、そういえばこの前の任務で行った先の洞窟にですね、面白いものが……」
「王都にゆけと言う命令が聞けぬのか!」
「……っ!」
普段穏やかで、取り乱すことを知らない辺境伯が鬼の形相でローレンスを睨みつける。
「お前がいなくてもこの国は大丈夫だ、安心しろ。お前は人類のためにその力を使うのだ」
アーロンと同じことを言われ、ただ呆然と立ち尽くす。
俺はこの故郷さえ守れればいいと思って生きてきた。
そのため、急に人類のために戦えと言われても、とても答えることができなかった。
「明後日の朝、王都の幹部がこの城に最終通告しに来る。そこでお前とはお別れじゃ」
「……最終通告?」
「私だってお前を王都にやるのは気が引ける。誰よりもこの国を思っているお前を、よそにやるなど嫌に決まっとるだろ!」
辺境伯は何度も断ってくれていたのだと気づき、目元が緩むのを感じた。
「だが、今は私情を捨てる時じゃ。例え魔王を倒せなくとも、私はお前を信じとる!」
辺境伯の叫びに、ユズルの心が動く。
あぁ、自分はなんて偉大な方の元で働いていたのだろう。
握る拳に力が入る。
「俺、王都に行きます!」
「……よくぞ言った」
辺境伯は柔らかく笑って見せた。
二日後、国沿いにある船の停泊所に例の王都幹部らが集まっていた。
王都は海を渡った先の東の大陸にある。
港にはローレンスとの別れを惜しむ国民が参列しており、中には長年一緒に戦ってきた騎士団員の姿もあった。
(アーロン……こんな時にどこに行ったんだ)
もうすぐ出発だと言うのにアーロンの姿が見当たらない。
ここを逃したら、一生会えない可能性だって有り得る。
「よし、そろそろ出発するぞ」
幹部のひとりがそう言うと、幹部たちが次々と船へと乗り込む。
ローレンスもそれに続き、船の階段に足をかけたその時だった。
「ローレンス!」
「……アーロン!お前今までどこにいたんだ!」
後一歩のところでアーロンが駆けつける。
アーロンの手には布に包まれた棒状のものが握られていた。
「何とか間に合って良かった。これを持って行ってくれ」
渡された棒状のものの布を外すと、中には一本の剣が包まれていた。
その剣の色を見てローレンスは思わず声を漏らす。
「これってもしかして……」
「あぁ、お前が持ってきてくれたあの鉱石だ」
「いいのか?新種の鉱石かもしれなかったんだろ?」
「いいんだよ。それよりお前に使って欲しいんだ。……王都に行っても、俺の事忘れんなよ」
「忘れねぇよ、馬鹿野郎……」
ローレンスはアーロンとハグを交わす。
「そうだ、この剣に名前をつけてくれよ」
「……今ここでか?」
急な無茶ぶりにローレンスは首を傾げる。
剣に視線を移すと太陽の光が反射して、剣先が白く輝いて見えた。
「……シュバルツ」
咄嗟に口からその名が出てくる。
「……いい名前じゃねぇか」
白い輝きを持つ剣、シュバルツを腰に指し船に乗り込む。
アイアスブルクの土地が徐々に小さくなってゆく……。
ローレンスの英雄伝説が今、動き出した──。
<後書き>
皆様の応援のおかげで本日11月30日をもって、連載開始一年半が経ちました!
ありがとうございます!
この続きのお話は、後日投稿する予定です!
これからも「禍々しき侵食と囚われの世界」をどうぞよろしくお願いします!




