第22話 哀しき魔女の過去
「私が貴方のおじいちゃんを殺したのだから」
「……どういう、意味だ?」
「そのままの意味よ。……私のせいで貴方のおじいちゃんは死んだのよ」
急な情報の多さに頭が交錯する。
おじいちゃんが死んだのはいつなのか。
「おじいちゃんとはどこで知り合ったんだ?」
「……話すと長くなるわ」
「長くてもいい、話してくれ」
「……そう」
魔女は再び席へとつき、語り始める。
「貴方のおじいちゃんと出会ったのは50年以上も前のことになるわ」
「50年……それって」
「そう、生存戦争中よ」
少女の見た目からは想像できない年月を告げられ、改めて目の前の彼女が魔女だということを確信する。
「あれは、生存戦争の終盤だったわ」
── 生存戦争の終盤、追い詰められた人間界の王、聖王は各地から腕をのたつ戦士を王都に収集したの。
彼とはそこで出会ったわ。
集められた目的はただ一つ。
魔族側の王、魔王アーリマンの討伐。
彼の他には私を含め1500人はいたと思うわ。
中でも注目を集めたのが、西の大陸から来た聖女アリアと王都軍の大将アギナルドの二人ね。
あの時代、二人の名を知らないものはいなかったと思うわ。
実際二人は他とは格が違った。
彼女によるとその後の戦闘では2人が先頭に立って精鋭班を導いたらしい。
── 魔王と戦闘が始まり、ほとんどの兵士が命を落とした。最後まで残ったのは、私とアギナルド、アリアと貴方のおじいちゃんローレンスの四人だけだったわ。
「……ちょっといいか?」
「何かしら?」
「おじいちゃんの名前がローレンスだって初耳なんだが……」
「その剣がシュバルツだって聞いた時に気づかなかったのかしら」
勿論ユズルは気づいてはいた。
だが、あの英雄ローレンスが自分のおじいちゃんだとはとても信じられなかったのだ。
「はっきり言うわ、貴方のおじいちゃんは英雄ローレンス本人よ」
そう断言され、不意に手先が震えるのを感じた。
おじいちゃんが英雄でも、自分はただの村人。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
自分が特別な存在だなんて考えたこともなかった。
「……おじいちゃんがローレンスから剣を受け取った、とかは?」
「若き頃のローレンスとそんなに瓜二つで、血が繋がってない方がおかしいわ」
実際に命を預けて戦った戦友の言う「似ている」はどんな言葉より説得力があった。
「……続けていいかしら」
「……ああ」
── 最初は優勢に見えた。
私の放った呪術で弱った魔王を、ローレンスとアギナルドの2人が牽制し続けた。
だけどそう長くは持たなかった。
大将アギナルドが魔王の攻撃によって命を落としたわ。
一撃だった。
その隙を突いて、ローレンスが一撃を入れたわ。
だけど、それが最初で最後の一撃だった。
魔王は私に目をつけ、大技を放ってきたわ。
当然私は避けることが出来なかった。
「だけど私は今こうして生きてる。何故か分かる?」
「……誰かが庇った、とかですか?」
横にいたユリカがそう呟く。
「正解よ。私を庇ってローレンスは大ダメージを受けたの」
「っ……」
── そこから先は記憶が曖昧で、動揺している私に魔王は魔人化の術をかけた。
そして魔王が私たちにトドメをさそうとした時、ローレンスが私を吹き飛ばしたの。
「そこから先は完全に記憶が無いわ。目覚めた時、私はウィズダ村の近くを流れる川沿いに流れ着いていたの」
壮大すぎる話に、二人は息を飲む。
「ここまでが私の知っているローレンスと言う人物の情報よ」
おじいちゃんについて聞き始めたはずなのに、話が終わることには英雄ローレンスの話になっていた。
「ずっと、私のせいでローレンスが死んだと思ってた。けど、違った」
魔女は瞳に涙を浮かべユズルの方を向く。
「ありがとう、ローレンス。生きててくれて。私を助けてくれて」
きっと彼女の言葉はシュバルツを通してローレンスの元へと届くだろう。
「そうだ、自己紹介がまだだったな」
しんみりとした空気を断ち切るかのようにユズルが口を開く。
「俺はユズルだ。隣に座っているのが、」
「ユリカです。よろしくお願いします」
「私は……」
こんなに人と話したのは久しぶりだった。
忘れかけていたその名を、口にする。
「私はメイシス、よろしくね」
メイシスに案内されて連れてこられたのは、所狭しと本が並べられた書庫だった。
「試してみたいことがあるの」
そう言って本棚の最上部に置かれていた一冊の本を取り出す。
「この本、読めるかしら」
差し出してきたのは古びた一冊の本。
「これは私が聖王から譲り受けたものよ」
ユズルとユリカはその本のページをめくる。
が、
「これ、なんて書いてあるんだ?」
人間界は共通の言語で統一されている。
だが、目の前の文書は全くもって未知の言語だった。
教師であるユズルでさえも検討がつかないほど。
もし、人間が書いたとするならば言語が統一される前に書かれたものになる。
「すまない……俺には読めない」
「……やっぱりそうよね」
魔女は「期待はしていなかった」と言った表情を示した。
聞いたところによると、今まで何人かに聞いて回ったが読めたものはいないという。
「別種族の言語だったり、とか」
「現代に存在する別種族の言語ぐらい、把握してるわ。魔術師だった頃から学問が好きだったって言うのもあるけど、魔女になってからは退屈で読書ぐらいしかすることがなかったのよ」
「だからこんなにたくさんの本が……」
「昔、移動商人の中に私の理解者がいて運んできてくれたの。10年ほど前に亡くなってしまったのだけれど」
彼女によるとその頃から今日に至るまで、人との会話は買い物を除くとほぼ無いに等しかったようだ。
「それにしても見たことない本ばかりだ。これはなんの本なんだ?」
「それは種族の起源についての本よ」
ユズルは本棚の前に立ち、適当に本を取って読み始める。
その横で、メイシスがユズルの質問に答える。
そうしてしばらく本棚を漁っていると、先程渡された本を見つめるユリカが、声を漏らした。
「……これ、読めるかもしれません」
「「?!」」
二人はユリカの方へ勢いよく振り返る。
「読めるの?」
「はい。……でもこれは恐らく私の記憶じゃないですね」
「ユリカの記憶じゃ、ない?」
「記憶操作、おそらく誰かの記憶です」
「誰かってことは、覚えてないんだな?」
「はい。いつ、誰によって植え付けられたか分かりません」
と、ユズルはフォーラ村でのキリヒトとの会話を思い出す。
"ユリカは王族かもしれない"
ユリカに記憶させたのは聖王なのだろうか。
「それで、その本にはなんて書いてあるの?」
ユリカは本を閉じ表紙を見る。
「"禁忌魔術について"」
「禁忌魔術?」
聞き馴染みのない言葉に眉を顰める。
だが、隣にいたメイシスは明らかな反応を示した。
「目次を読んだ感じ、現代で言う"失われた魔術"の原本ですね」
「原本ってことは……」
「恐らく書き換えられる前の物でしょう」
メイシスによるとこの本は魔王との戦いの前に渡されたものだったらしい。
もしかしたら聖王はメイシスに失われた魔術を使わせようとしていたのではないか。
「失われた魔術の原本なら、あれがあるはず…」
ユズルの隣でメイシスがつぶやく。
「ねぇ、"根源回帰"について載ってるかしら?」
「それらしいものは…あ、ありました」
ユリカが目次の一行を指さす。
「"解呪、基、根源への回帰"」
「それってどういう術なんだ?」
「私が説明するわ」
メイシスが「見ながらの方がわかりやすいわね」と言って一冊の本を手に取り開く。
「エンボースド・レターズ」
メイシスがそう唱えると、二人の目の前に光の線が現れ始めた。
それはみるみる形を変え物語を紡ぎ出す。
「根源回帰と呼ばれるこの魔法は、対象を元の状態に戻す魔法よ。例えば、食べかけのリンゴがあったとするわ」
メイシスの声に合わせて、空中を漂う光の線がかけたリンゴの形へと変形する。
「このかけたリンゴを食べる前の状態に戻す。これがこの魔法の効果よ」
「でもそれって、すごく便利なんじゃ……」
「使い方によっては、ね。もちろんできた当初は誰もが喜んで使っていたわ。でも誰もが善良な気持ちで使っていたわけじゃなかった」
そういうと先程まで青白かった光は赤く色を変える。
「これはまだ人類同士が争っていた時代。とある国の魔術師が相手国の兵士を幽閉し、死ぬギリギリまで痛めつけたあと、この魔法をかけてまた痛めつけると言った拷問方法を編み出したの」
赤い光がその光景を鮮明の映し出す。
目の前の痛々しい光景に、ユリカは目を伏せた。
「それからしばらく戦争のない平和な時代が続いたわ。平民は皆この平和が続くことを願っていた。だけれど貴族たちは違った。貴族たちにはこの平和は退屈すぎたの。そこで生まれたのが貴族たちの娯楽である拷問ショーよ」
さすがのユズルもこれには耐えきれずに目を背けた。
こんなこと、あっていいのだろうか。
「この魔法はなんでも元に戻せるという理由で、回復魔法に分類され戦場で重宝された。だけど時代が代わり、人間界が統合されると、この惨状を見た聖王が倫理に反するとしてこの魔法を書き換えたの」
書き換えた理由には納得だ。
こんな残酷なことを、同じ人間がしていたと思うと怒りさえ感じる。
「だけど魔王が出てきてから状況が変わった。今まで禁忌とされてきたこの魔法は、魔王によって魔人化された人を人間に戻せるのではないか、という説が浮上したのよ」
「っ?!それって」
「そう、魔女だって同じよ」
目の前から光の線が消え、真剣な眼差しでユリカを見つめる。
「この本の翻訳をお願いしたいの。これはあなたにしか出来ない事よ」
ユリカが息を飲む。
「……時間がかかるかもしれません」
「私が何年ここにいると思ってるの?何年でも、待つ準備は出来てるわ。ただ、」
メイシスは暗い顔をする。
「貴方たちの時間を無駄にはしたくない。無理にとは言わないわ、もし協力してくれると言うならば心から感謝するわ」
そう言ってメイシスは深く頭を下げる。
「私を、助けてください。お願いします……」
その声は震えていた。まるでか弱い子供のように。
メイシスにとって今の状況は、狭い檻に閉じ込められた子犬同然だった。というのも、
「今更だが、なんで結界の中に魔女が居るんだ?」
「……私はこの村に来た時はまだ魔女になりきっていなかったの。この村で生活しているうちに魔王にかけられた術が効き始めて、気がつけば魔女になっていた。だから私は永遠に、この村から出ることができなくなってしまったの」
自分がその立場だったらどんなに辛かっただろう。
想像するまでもなく彼女の苦しみが伝わってきた。
「でもなんでこんな所に住んでるんだ?」
「村の人達は私が魔女だって知らないわ。だから身を隠すために地下で生活することにしたの」
「広場の真下に作った理由は?」
「結界の中でも、効力に若干のズレがあるわ。結界に近ければ近いほどその力は強くなる。だから、結界から一番遠いこの村の中心に住んでいるの」
「そういう理由だったのか……」
「ここも結界のダメージが0という訳では無いわ。だけど、少しでもマシな方がいいと思って」
「やっぱり痛みとか感じるのか?」
「そうね、痺れる感覚に似ているわ。全身が常につっているような感じよ」
ちなみにユズルは今まで結界の中にいてそんな感覚になったことは無い。
けれどいづれメイシスと同じように魔人と化す時が来る。
その時に結界の外にいる保証など、何処にもない。
「それで話を戻すが……ユリカ、どうする?」
「私は……メイシスさんの力になりたいです」
「そうか」
「それに、」
ユリカがユズルの脇腹をさする。
「ユズルさんのそれも、もしかしたら直せるかもしれないので」
「確かに!」
メイシスの話に飲み込まれすぎて自分のとこを忘れかけていた。
「じゃあ決まりだな?」
ユリカがコクっと頷く。
そしてメイシスの手を取り、こう告げた。
「私が必ず、貴方を人間に戻します」
その言葉を聞いたメイシスは、魔女になって初めて涙を流しのだった。
<あとがき>
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!
元々2話に分けていたのですが、繋げた方が話もわかりやすいかと思い少し長くなってしまいました(汗
次回から第3章が本格的に展開されていきます!
よろしくお願いします!!!