第21話 地下、再び
先に目覚めたのはユズルだった。
まだ太陽も顔を出し切らぬ早朝。
寝ているユリカを起こすのも悪いと思い、書き置きを残して宿を出る。
「もう一枚羽織ってくるべきだったな……」
夏とはいえ、早朝の外は寒い。
軽い散歩のつもりで出てきたので、上着などは持ってこなかった。
「早いな……」
昨日の市場に行くと、既に商人たちが支度を始めていた。
朝だから声量は小さいが、顔を見る限り皆楽しそうに見える。
「そろそろ戻るとするか」
一通り見て回ったあと、来た道をもどり出す。
書き置きを残したとはいえ、ユリカが起きた時に1人にさせるのは少し気が引ける。
と、宿に向かう途中で一人の少女が立っているのが見えた。
それは、例の少女だった。
(こんな朝早くから少女が1人……親とかはどうしてるんだ?)
あまり見すぎるのも良くないと思い、視線を逸らしながら前を横切る。
と、その時
「その剣は、どこで手に入れたの?」
すれ違い際に少女の口から声が漏れる。
「……俺のことか?」
「そうよ」
いきなりの事だった為、返答に詰まる。
「これは、俺のおじいちゃんの形見なんだ」
「形見……そう……」
声は聞こえるが一向に動く気配はない。
「そ、それじゃあ俺はもう行──」
「シュバルツ」
「……え?」
なぜ今、その名を?
「その剣の名前よ」
そう言い残して少女が目の前から跡形もなく消える。
現実離れした出来事に、まだ夢の中なのではないかと錯覚してしまう程だった。
「なんだったんだ……一体……」
少女が消えた虚無の空間を見つめ、ユズルはただ唖然と立ち尽くすしか無かった。
「ありがとうございました」
ユズルが宿に戻ると既にユリカは目を覚ましていた。
書き置きは見てくれていたみたいだ。
暫く今後の方針を話し合ったあと、とりあえず今日は移動商人の元を訪ねようと言うことになった。
そして今に至る。
「やっぱり本職の人達の情報は有難いですね」
「そうだね、いい人達でよかったよ」
移動商人によると、ここから王都に向かうには竜の渓谷という場所を通る必要があるらしい。
もちろん回り込むことも可能だが、その必要が無いため使う人はいないようだ。
回り込む必要が無い。
言い換えれば、竜の渓谷というところは安全だということ。
名前だけ聞くと物騒だが、そこに住んでいるのはドラゴンでは無く竜人であり、竜人は人を襲うことはしない。
フォーラ村であったミカエラさんがその例だ。
「次の目的地は決まりましたね」
次なる目的地、それは人間界の聖王が住む【王都 エルミナス】。
ユリカには魔王と戦うための仲間を作る為と言ってあるが、本当の目的はユリカに関する情報収集だった。
(まぁ、本当に魔王と戦うことが叶うならば一人では突っ込めないよな)
自分の勝手な行動で、人間界に被害が出たら大変なことになる。
迂闊には手を出せない。
「ユズルさん、前見て歩かないと危ないですよ」
「……あ、ああ」
深く考えすぎてしまった。
一度考え出すと自分の世界に入ってしまう、昔からの悪い癖だ。
考えるのをやめ顔を上げたその時、遠くにあの少女の姿が見えた。
「ユズルさん?」
「……ユリカ、着いてきてくれ」
人並みを掻き分け歩き出す。
この時間の市場は人が多い。
(くそ、どこいった?)
当たりを見渡すが少女の姿が無い。
「ユリカ、昨日すれ違ったあの少女覚えてるか?」
「はい、急にどうしたんですか?」
「本当にすまないが、その、千里眼で探せたりするか?」
「……やってみます」
ユリカに今朝のことは言っていない為、困惑するのも仕方ない。
「……見つけました。見つけましたけど……」
「どこだ?」
「下です」
「え?」
下?
「彼女はこの村の地下にいます」
「……また地下かよ」
地下と聞くと嫌な思い出が蘇る。
フォーラ村の件もそうだが地下絡みのトラブルに巻き込まれ過ぎである。
いや、今回の場合は自分から首を突っ込んでいる訳だが……。
「どうやったら行けるんだ?」
「入口を探して見ます」
ユリカと一緒に地下へと入口を探して歩き出す。
その間に今朝の出来事をユリカに告げる。
「なるほど、それは気になりますね」
「ああ。もし彼女の言うシュバルツがこの剣のことなら」
おじいちゃんは一体何者なんだ?
「……ありました、ここです」
「ここ……」
ユリカに案内されて連れてこられたのは、昨日村長宅を訪れた時に通った噴水のある広場だった。
とても入口があるようには見えないが……。
「その噴水、水面に特殊な結界が張られています」
「結界…どうやったら入れるんだ?」
「そのまま飛び込んで大丈夫だと思います。下が空洞になっているので濡れる心配もないと思われます」
「ありがとう」
人目が少なくなったタイミングを狙ってユズルが噴水へと飛び込む。
それに続きユリカも飛び込む。
ユリカの言った通り噴水には薄い膜のような結界が貼られていた。
その結界をすり抜けると空洞が広がっていた。
……地面の無い。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
(どこまで落ちるんだ……っ)
剣を抜こうにも狭すぎて抜けず、失速出来ない。
ドスンッ
「いてて……」
ドスッ
「うぐっ」
落ちた先で立ち上がる際、上から落ちてきたユリカに再度潰される。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。ユリカは怪我とかないか?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。……それでここは……?」
伏せた状態で目線をあげるとそこには1つのドアがあった。
玄関なのだろうか。
「開けてみますか?」
「……俺が開ける。ユリカは俺の後ろに隠れてて」
恐る恐る扉に手をかける。
鍵はかかっていない。
そのまま引き開けると、
「……ノックぐらいしたらどうかしら?」
扉の先には、例の少女がいた。
「とりあえず座って」
少女に案内され中に入るとそこは、地下とは思えない普通の部屋だった。
「どこでこの場所を知ったの?」
「……彼女の千里眼で」
「そう」
席に着くなり少女がお茶を運んでくる。
「聞きたいことがあってきたんでしょ?」
机を挟んで反対側に少女が座る。
(家の中でもフードを被ってるのか)
ユリカの言う通り人に見られたくない事情があるのだろう。
「今朝の話、詳しく教えてくれないか?」
今朝の話。ユズルの持つ剣についてだ。
「その剣は英雄ローレンスの愛剣、聖剣シュバルツよ」
聞き間違いではなかったなかったようだ。
「……なぜそう思うんだ?」
勿論ユズルもシュバルツについてはよく知っている。
村にいた頃読んだ魔導書に記載されていた。
だが、文書によって書かれている図にばらつきがあり、どれも信ぴょう性が薄かった。
「知っているわ……その剣のことも、あなたのおじいちゃんのことも、ね」
「どういうこと、だ?」
実を言うとユズルは自分のおじちゃんのことを全く知らなかった。
ユズルが生まれる前に亡くなったから、という理由だけではない。
母が生まれて間もない頃、おじいちゃんはこの剣をとおばあちゃんを置いて村を出た。
故に母も顔を知らないのだ。
おじいちゃんの訃報は村長を通じて届いた為、何ひとつとして情報がなかった。
少女が笑ったかと思うと次の瞬間、フードから出てきたのは、
「魔女……」
隣にいたユリカが声を漏らす。
「なんで、魔女が俺のおじいちゃんの事を……っ」
「良く知っているわ、だって──」
少女は立ち上がり、
「私が貴方のおじいちゃんを殺したのだから」
そう告げたのだった。
<あとがき>
読んでいただき誠にありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!