第20話 不思議な少女
「ユリカ、大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
フォーラ村を出てからはや半日、日没がすぐそこまで迫っていた。
「今日は野宿になるな……」
元々一日で着く距離じゃないことは分かっていた為、野宿用のグッズは買い揃えてはいた。
だからと言って安心して野宿できる訳では無い。
「……ユズルさん、あっちの方角に二体います」
「……ありがとう」
安心して野宿できない理由。
それは魔獣がいること。
「ローレンス式抜刀術参の型 劫火」
ユリカの千里眼のおかげでこうして先手を打ててはいるが、ユリカ無しだったら野宿は愚か結界の外に出たら最後、生きて目的地までたどり着けるかさえ分からない。
「かなり剣技が様になってきましたね」
「そうか?ありがとう」
ユリカの言う通り、ユズルの剣技はフォーラ村の一件を得て進化した。
魔法の習得が一番の要因だが、それだけでなく、実際に魔人を相手にして戦ったという経験がユズルを強くしていた。
「今日はここに泊まろう」
「分かりました」
野宿の準備を整える頃には辺りは暗くなっていた。
「それじゃあ見張りは交代で。ユリカは先に寝ていいよ」
「ありがとうございます。では」
そう言ってテントの中へと入って行った。
ユリカがテントの中に入った後で、焚き火の火が消えぬよう薪を放り込む。
「燃える火を見ていると眠くなるな……」
気を紛らわすために、鞄からノートを取りだし日記を書き始める。
これはユズルがアルバ村にいた時から続けているいわゆる日課だった。
内容は、師匠ボップとの修行のことや、学校のことなど様々で。
「あいつら、元気かな……」
村に置いてきた生徒たちを思い出す。
平和で笑顔が溢れる学び舎。
次、いつ帰れるか分からない。
「……あいてぇな」
日記を閉じ鞄へと仕舞う。
今宵は月が綺麗だった。
「見えてきたぞ!」
何事もなく一夜がすぎ森を抜けると、村が見えてきた。
「村に入ったらまず村長のところに行かなきゃな」
「そうですね」
他の村に入った場合最初に挨拶するのは暗黙了解だった。
移動商人達も、最初は村長の元へと向かう。
村に入り暫くすると一人の男性と出会った。
「すみません、自分たち旅の者なんですけど村長宅は何処でしょうか?」
「ああ、それなら……」
男性は、丁寧に道を教えてくれた。
こういう時言語が統一化されていると困らなくて助かる。
「ご丁寧にありがとうございます」
二人は頭を下げ、教わった通り広場へと歩き出す。
と、その道中少し変わった少女とすれ違った。
季節はもう夏も折り返しと言うのにフードを被り、黒いローブで身を包んでいた。
だが、特に触れることは無かった。
「ここかな?」
言われた通り噴水のある広場に出ると、一軒だけレンガ造りの家を見つけた。
「ごめんください」
戸を叩く。
暫くすると中から一人の女性が出てきた。
村長に仕える下女のようで、状況を説明すると快く家の中へと入れてくれた。
説明を終え、家を出ると時刻は正午を回っていた。
「いい人でしたね」
「そうだな」
この村の村長は年齢は約80歳前後といった感じだった。
村長が長生きしているということは、それだけ平和な村ということだろう。
「これからどうしますか?」
「そうだなぁ……とりあえず宿を探して、」
ぐぅぅぅぅぅ
「……先にご飯にしますか?」
「……そ、そうしよう」
ユズルのお腹の音に、ユリカが笑う。
広場を抜け大通りに出ると、市場が開かれていた。
見ると、見たことの無い植物や料理、アクセサリーなど心惹かれるものが並んでいた。
それを見て思い出す。
「あ、」
「どうかしました?」
「俺、フォーラ村の市場結局行けてない……」
ユリカと行く約束をしていたものの、約束をしたその日にベルゼブブの襲撃を受けて市場を観光する余裕などなかったのだ。
「行きたかったなぁ……」
「また今度、寄った時にでも行きましょう」
「それに……」と言ってユリカが鞄から何やら白い粉状のものを取り出す。
「もしかしてそれ、」
「そうです、シオです」
「おお!」
海沿いの村であるフォーラ村の人気商品シオ。
これがあるだけで、全ての料理が色付く。
「今はこの村の市場を楽しみましょう」
「それもそうだな」
どの店の店主もノリが良く、旅人である自分たちをまるで同じ村の住人かのように扱ってくれた。
一通り見て回ったあと、果物屋の店主から教わったこの村の宿へと向かうことにした。
と、宿へと向かう道でとある人物とすれ違う。
「あの子……」
「どうかしましたか?」
「あぁいや、この季節にあんな格好変わってるなーって」
ユズルの視線の先には、今朝村長の家に向かう途中ですれ違った顔をフードで隠し、全身をローブで覆っている少女がいた。
「きっと人に見られたくない事情があるんですよ。例えば、怪我跡を見られたくない、とか」
言われてみれば確かにそうだな、と納得する。
実際ユズルも人前で上半身の跡を見せるのは抵抗があった。
「……気になるんですか?」
ユリカがユズルの顔をのぞき込む。
「いや、大丈夫だ」
ただ見なれない服装だったから気にかけただけで、それ以上は何も無い。
ユリカの言う通り、なにか人に見られたくない事情があるのだろう。
「とりあえず宿に向かおうか」
「はい」
再び宿へと向かって歩き出す。
宿はほぼ空き部屋であったが、
(ユリカと別部屋は心配だな……)
ユリカの方に視線を向けると、
「……私も同じ部屋の方がありがたいです」
そう答えてくれた。
お互い疲れていたこともあり、早めに就寝するとこにした。
「……ユズルさん」
「ん、どうした?」
布団に入るなりユリカが話しかけてくる。
同部屋にしたのはあくまでユリカが心配だからであり、布団等は分けて使用している。
「この村には、どのくらい滞在する予定ですか?」
正直な所、そこまで考えていなかった。
というのも、ここから先実際にその土地に行かないと分からないことが多い為、計画を立てたとしてもその通りに行かないことがほとんどだと思われる。
「正確な期間は決まってないけど…、安全な村に居るうちにやれる事をやっておきたいとは思ってるんだ」
「やれる事……?」
「そう。例えば、この村の移動商人さんを訪ねて他の村の情報を聞いたり、村周辺の魔獣と戦って経験値を得たり、実際に探索してみて次の目的地を考えたり……」
「いよいよ旅、って感じですね」
「そうだね。アルバ村を出た時はほんの一週間ぐらいの旅だと思ってたのに気づいたらニヶ月近く経ってるんだもんなぁ」
こんな事になるなんて、あの時は思いもしなかった。
と、会話が途切れた瞬間眠気が2人を襲う。
「……おやすみなさい」
「……おやすみ」
風の音さえうるさく感じるほど、静かな夜だった。
時同じくしてウィズダ村の地下深く。
光も届かぬ地下で少女が、一人つぶやく。
「ローレンス……貴方の子なのね……」
頭に巡るのは今朝の記憶。
オッドアイの少女を連れた男のことだった。
すれ違い際に見えたあの顔立ち。
忘れるわけがなかった。
腰に掛かった剣が、彼の存在を証明していた。
「間違いないわ……あれは」
聖剣 シュバルツ
「英雄ローレンスが残した、最後の希望」
魔女になって48年。
結界に囚われておよそ50年。
囚われの魔女の物語は、終焉へと動き出した──。
第3章 地下の魔女編 開幕
<あとがき>
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!
遂に第3章 地下の魔女編始まりました!
実は今回の話は今年の春頃には大まかな流れが決まっていたのですが、いざ文章にしてみると纏まらずかなり時間がかかってしまいました(汗
これからもどうぞよろしくお願いします!