第19話 結界都市復興
「キリ……ヒト?」
病室のドアを開けると、キリヒトは既に目を覚ましていた。
あの戦いから、実に10日の時が経っていた。
キリヒトは依然として窓の外を見ている。
「ティアナ、か?」
「う、うん。あの……」
なんでこっちを見てくれないの?
何か嫌われるような事をしただろうか。
それともまさか視覚までやられちゃったのかしら。
お医者さんやユリカさんは目は怪我してないって言っていたけれど……。
「キリヒト、どうしてそっち向いてるの?」
その言葉を聞いたキリヒトの手が小刻みに震えてるのが見えた。
「……怖いんだ。まだ信じられなくて」
「っ、キリヒト!」
「っ……!」
ティアナがキリヒトの顔を掴んで顔を向けさせる。
ティアナの顔にはもう、あの忌々しい傷はなかった。
「っ、ティアナ!」
「きゃっ」
キリヒトがティアナの抱きつく。
キリヒトが涙を流す姿を見るのは、何時ぶりだろうか。
最後に見たのは、キリヒトのお父さん、アイバクさんの追悼式以来だった。
「ごめんな、守れなくて……。長い間辛い思いをさせてごめんな……」
「キリヒト……」
長い間辛い思いをしたのは、きっとキリヒトも同じはずだ。
ずっと、ずっと私の為にこんなにもボロボロになって戦ってくれて。
「キリヒトはちゃんと守ってくれたよ?」
キリヒトの頭に雫が零れ落ちる。
それが涙だと、言うまでもなかった。
「私の事を救ってくれて、守ってくれてありがとう!私の騎士様っ!」
「ユズルー、そこ間違えてるよ」
「え、どこ?」
「さっき書いてたところだよー」
「ほんとだー、ユズル間違えてるー」
「あっ、」
「ユズル面白ーい」
「ユズル先生だろ!俺はベルゼブブを倒したんだからな!超強いんだからな!」
「ユズルうそつきー!」
「うそつきー!」
「なんだとー!」
「「「逃げろー!」」」
奇襲時の復興作業が進む中、ユズルは開けた空き地を借りて子供たちの面倒を見ながら勉強を教えていた。
大人や先生方は復興のお手伝いで忙しく、ユズルは病み上がりということもあり力仕事は止められている。
そうして思いついたのがこの青空教室というわけだ。
つい先日まで教師だったこともあり、乗り気だったのだが……
「舐められてますね」
「なぜだ……」
ユズルの授業を傍聴していたユリカが笑いながら言う。
逃げる子供たちを目で追っていると、一人の男が広場の角からこちらを見ているのが確認できた。
「……もしかして」
男の元へと歩み寄る。
「やっぱり!キリヒト、起きたんだな!」
角から見えた男の正体はキリヒトだった。
両脇には松葉杖が掴まれていた。
「歩いて大丈夫なのか?」
「一応左足は感覚があるんだ。歩くことは厳しいが、松葉杖込で体を支える分には大丈夫だ」
「そうか、よかったぁ。ここにいるってことはティアナさんから?」
「ああ、ここで子供たちの為に勉強を教えてくれていたそうだな。ありがとう」
「お礼を言われることでもないさ、むしろこっちが本職だしね」
改まってお礼を言われると少し照れる。
「それでユズル、今少しいいか?」
「構わないけど……あ、ユリカも呼ぶか?」
「いや、二人だけで話したいんだ」
ユリカを呼ぼうとしたユズルをキリヒトは止める。
ユズルはユリカに子供たちのことを任せ、キリヒトと並行して歩きだす。
「話って?」
「ああ、ユリカの事なんだが襲撃時、ベルゼブブとの戦闘中に言ったこと覚えてるか?」
確かあの時、キリヒトは何かを言いかけていた。
「ユリカは恐らく、王族の者だ」
「………え?」
予想外の言葉に聞き間違いか聞き直す。
しかし、聞き間違えではなかった。
キリヒトはユリカが王族だと思った理由を語る。
「……と、これがユリカが王族だと思う理由なんだが」
「……」
キリヒトの言うことはすべて納得出来た。
納得出来てしまうから、困るのだが。
「だが、それは実際に王都に行って確かめる他ない」
「王都……」
王都。人間界の王、聖王が居る都。
現実離れした話の内容に頭が重くなる。
「これはただの憶測だ。あまり期待はしないでくれ」
「……分かった」
「それより、ティアナから伝言を預かっているんだ」
「ティアナさんから?」
「ああ、明日の午後に今回の討伐戦に参加した兵士を対象に勲章授与式典を行うそうだ」
「そうなのか、俺も見に行くよ」
「何を言っているんだ?お前も授与対象だぞ?」
「え、いや俺よそ者なんですけど」
「よそ者とか身内とか関係ない。この村を救ってくれた恩人が授与されないでどうする」
「恩人……」
「村の人も、ユズルには感謝している。誰も反対しないさ」
「……分かった」
むしろ断った方が失礼だと思い、ありがたく頂戴することにした。
それに、良い区切りだ。
「それじゃあ俺は帰って安静にするよ。また明日」
「気をつけて、お大事に」
去りゆくキリヒトを見送り広場へと戻る。
広場ではユリカの授業を真剣に聞く子供たちの姿があった。
「あ、ユズルさん、おかえりなさい」
「ただいま……、なんか複雑な気持ちだ」
まさか教師であった俺よりも、ユリカの方が子供の扱いが上手いなんて……。
「どんな話だったんですか?」
「……明日勲章授与式典をやるらしくて、出てくれないかってさ」
「そうなんですね、おめでとうございます」
「ユズルー、くんしょーってなに?」
「明日になればわかるよ、ほら今日はもう帰る時間だ。続きは明日な」
「はーい!」「さようならー!」
子供たちが無事解散したのを確認して、ユリカと診療所へと歩き出す。
「ユリカ、言っておきたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「勲章授与式典の話が来て区切りができたから、明後日にでもこの村を出ようと思うんだ」
「そうですか、次はどこに向かうんですか?」
「まだ決まっていないんだ。だけど、一応候補がいくつかあって」
「分かりました。身支度済ませておきますね」
「っ、今回の襲撃でわかったがやっぱり結界の外はいつ死んでもおかしくないんだ。だから──」
「約束したじゃないですか、ついて行くって」
そう、だったな。
勝手に一人で決めようとして、俺は馬鹿だ。
「これからもよろしくな、ユリカ」
「……はい!」
この旅の仲間が、ユリカで良かった。
そう強く思うのだった。
<結界都市陥落編ーエピローグー>
勲章式典と言っても、会場となるような建物はあらかた倒壊しており、野外での決行となった。
無事勲章の授与が終わり、キリヒトが壇上に立つ。
「本日はこのような機会を設けて頂いたこと、そして祝福してくださった方々、何より今日勲章が授与された戦士達、皆さんに感謝の言葉を述べさせていただきます」
気がつけば周りには多くの人が集まっていた。
討伐戦に参加した兵士が勲章授与式典で復興作業から離れているため、人々がこの式典に集中しているのだ。
「えー、この場を借りまして私事ではありますが皆さんに伝えなければならない事があります」
全員の視線がキリヒトへと向けられる。
「本日をもって、私キリヒトは、フォーラム騎士団団長の座を辞任致します」
会場がざわつく。
もちろん、ユズルもこのことは知らなかった。
「今回の討伐戦で、足に深い傷を負ってしまいました。私はもう、皆と一緒に前線に出て戦うことができません。ですが、」
「最後に皆で、この村の仇を打ててよかった。今までありがとうございました」
そう言って頭を下げた時だった。
「俺達にはキリヒト団長が必要だ!」
静まり返る会場内に一人の声が響いた。
「そうだそうだ!」
「戦えなくたっていい!今度は俺たちが団長を守るから!」
その声は徐々に大きくなり、やがて団長コールが起こる。
「……こんな俺で、戦えない奴が団長でもいいのか?」
「戦える、戦えないなんか関係ない!あんたが今まで築いてきたものはそんなものじゃないだろ!」
「っ、」
「俺たちは今まで何度も団長に助けられ、支えられてきたんだ!これからは、俺たちが団長をサポートする番だ!」
キリヒトの目から涙が落ちる。
それを見て、ユズルも肩をすくめる。
「お前ら……これからもよろしくなっ!」
「それはこっちのセリフだぜ、よろしくな、団長」
観衆から拍手が起こる。
中には涙を流す者もいた。
この村は、暖かい所だな。そう思うのだった。
「ここにいたのか」
「……ユズルか」
遠くから、宴の音が聞こえる。
式典後、被害の少ない港付近で宴が行われていた。
「明日、この村を出ようと思う」
「……そうか」
キリヒトの隣に腰を下ろす。
目の前には夜の真っ黒い海が拡がっていた。
果てしなく広い海を目の前にして、ただただ静かに時間が過ぎていく。
戦いの疲れがまだ癒えていないのだろう。
夜風にさらされたユズルは夢の中へと落ちていった。
「……ありがとうな」
眠るユズルにそう語り掛けたのだった。
「ありがとうございました」
「お世話になりました」
早朝。
村の外れには、二人を見送る人影があった。
「気をつけてな」
「お二人共、色々とありがとうございました」
そうだ、とユズルは振り返る。
「アナーニさんやミカエラさんにも……あとレーネさん達にもよろしく伝えておいてくれ」
「分かった。……本当に俺が貰っていいのか?」
キリヒトの手には、ユズルが使っていたクリストロン装備が握られていた。
「その足じゃ移動は難しいだろ?使ってくれ」
「……ありがとう」
「それじゃあ!」
二人に別れを告げ結界の外へと出る。
目指すはここより西方に位置するウィズダ村。
王都、及び魔都に向かうにはその村を通る必要がある。
振り返ると、海の水面に太陽光が反射して町中を照らしていた。
「さぁ!新しい冒険の始まりだ!」
「……行っちゃいましたね」
「……ああ」
見送る二人の背中が見えなくなる。
「さあ、私達も家に戻りましょ」
ティアナは体の向きを変え歩き出す。
その手をキリヒトは掴む。
「……キリヒト?」
「……戦いが終わったら、ずっと言おうと思っていたんだ」
キリヒトの顔は真剣だった。
まるで一世一代の大勝負に出る時のような鋭い、けれどどこか優しい目でティアナを見ていた。
「俺と、結婚してください」
答えはもう、ずっと前から決まっていた。
「はい!」
キリヒトとティアナ。
二人の物語は、この先も共に紡がれていくのだった。
第2章 決壊年陥落編 完──。
<あとがき>
ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございました!
遂に第2章 結界都市陥落編、完結となります!
書いているうちは長く感じた今回の物語も、いざ完結してみると短く感じてしまいますね笑
次回から新章が始まります!
次章予告を少しだけ公開したいと思います。
それではよろしくお願いします!
ー次章予告ー
「私が貴方のおじいちゃんを殺したのよ」
おじいちゃんの残した一本の剣。
それは、ただの剣では無かった。
「どうして結界の中に魔女がいるんだ……っ」
結界の中に閉じ込められた魔女。
その過去は、あまりにも残酷で──、
「魔人化は止められないわ。だって」
「私も彼の被害者なのだから」
加速する侵食。
明かされる祖父の真実。
「俺たちが必ず、お前を人間に戻す!」
第3章 地下の魔女編 開幕──。