第18話 現れし災厄
キリヒトの一撃はベルゼブブの核を破壊した。
その瞬間、先程まで村を覆っていた術式が解除され体の感覚が戻り始める。
「うぐっ……」
「キリヒト!」
キリヒトがどどめをさした勢いで地面に突っ込む。
それもそのはず、キリヒトの足は悲惨にも立てる状態では無いのだから。
(勝ったんだな……)
光の粒子となって消えていくベルゼブブを見届け、肩を下ろす。
(本当に、長い戦いだった……)
長い間蓄積されていた熱い想いが溢れ出る。
「父さん……ティアナ……俺、やったよ」
あの日ただ棒立つことしか出来なかった少年は今、自分の手で仇を討ったのだ。
そんなキリヒトを見てユズルもなにか応えるものがあった。
この幸せな気持ちのまま村に帰ろう。
そう思ってキリヒトの肩を掴んだ時だった。
「──話には聞いていたが……まだ魔人になっていなかったとは」
背後から聞き覚えのない声が聞こえた。
(全く気づかなかった……っ)
だが、ユズルもキリヒトも声の主を見ることは出来なかった。体が動かないのだ。
決して術にかかっている訳では無い。
体が恐怖に逆らえないでいるのだ。
「普通の人間なら数分で魔人になる筈なんだがな。お前の血は特殊なようだ」
「……ぇ?」
足が地面から離れる。
見下ろすと左脇腹に何かが貫通していた。
左脇腹
「痛いだろう?」
「っ、はっ、くぅ……」
未知の感覚だった。なぜならその場所は、例の侵食に侵されている部分なのだから。
「なんで貫通しているのか分からない、といった顔だな」
依然としてユズルは相手の顔を見ていない。
それは向こうも同じはず。
(ユズルを助けなければ……っ)
しかしキリヒトの足は一向に動く気配がない。
クリストロン装備を動かすだけの魔力も残っていなかった。
キリヒトはただ見ていることしかできなかった。
「教えてやろう。これは我がつけたものだからだ」
………いま、なんて言った?
我がつけたもの?
「……この呪いをつけたのは、お前なのか?」
「呪い?そんなものはかけてない。お前にかけたのは、魔人化の術だ」
全身が凍りつく。言葉が出なかった。
脇腹から何かが抜け地面へと崩れ落ちる。
「顔をこちらに向けよ」
「っ!」
その声に反応して体が勝手に後ろをむく。
「誰……だ?」
そこには見覚えのない男性とその後ろに一人の女性が立っていた。
「最初に聞くのがそれか?」
「……っ」
謎の威圧感に吐き気を催す。
先程この男は、この傷が呪いじゃないといった。
今まで呪いと勝手に思い込み、呪術師と会うために村まで出たのだ。
なのに、
(根本的に全てが間違っていた……)
「まぁ知らないのも無理はない。魔人化の術をかけた時、その場に我はいなかった」
「……どういう、ことだ?」
「魔獣は私の手足だ。操ることなんて造作もない」
先程までのベルゼブブとの戦いを思い返すと、確かに奴は魔獣を使役していた。
それが本当なら全てが繋がる。
暴龍を操り、魔人化の術をかけた。
(暴龍を操った……?つまりこいつが……っ)
間違いない。こいつだ。
こいつがマトコとリアを殺した張本人だ。
怒りが湧き上がる。
今すぐこいつに飛び掛りたい。
だけど、だけど、
(どうして俺の足は動かないんだ……。どうして手の震えが止まらないんだ……っ)
目から熱い何かが溢れ出る。
「そう震えるな、弱者は食わない。魔王は食べるものにもこだわるでな」
「………ま、おう?」
それは、望まぬ形での邂逅だった。
「我は魔王 アーリマン。この我を目の前にして尚生かされたこと、光栄に思うが良い」
その後駆けつけた騎士団員により、キリヒトとユズルは救出された。
救出時、二人の状態は酷いものだった。
団長のキリヒトは出血多量による意識不明の重体で、ユズルはある一点を見つめたまま気を失っていた。
目立った外傷は無いものの脈が浅く危険な状態だった。
幸い帰路に魔獣の姿はなく、帰還時に目立った被害はなかった。
日が沈みかけたころ、村への帰還を果たした。
ベルゼブブとの戦いから三日後、
「………ぅん」
目を開けると見知らぬ天井が目に入った。
遠くから子供たちの声も聞こえる。
(帰ってきたのか……)
上半身を上げ、当たりを見渡す。
だが、部屋内にキリヒトの姿はなかった。
(無事、なんだよな?)
「うっ……」
頭が痛い。
どのくらい眠っていたのだろうか。
村に帰ってくるまでの記憶が無い。
(確か最後に見たのは……)
ズキッ
思い出そうとすると頭が痛む。
「魔王……あれが………」
初めて見た魔王の姿は人間のようだった。
魔獣のように恐ろしい見た目でも、魔人のように羽や牙が生えているわけでもなかった。
と、その時足元で微かに寝息が聞こえた。
「……ユリカ」
看病してくれていたのだろうか。
彼女の横には水の入った桶が置いてあった。
(こんな小さな子を、知らない土地でずっと一人にさせてたんだよな)
どんなに不安だっただろうか。
知らない人と村の外に出たことも、知らない土地で唯一知っているユズルとも離れ、魔人から呪いも受けて……。
「そうだ、ユリカの傷は!」
ユリカが呪いを受けたところを確認する。
「よかった……」
ユリカの肌は以前のように白く痕も残っていなかった。
それを見て、改めて戦いが終わったんだと実感する。
(本当に倒したんだな……)
と思い耽っていると、ユリカが目を覚ました。
「……ん?」
「おはよう、ユリカ」
「おはようございます……っ、ユズルさん、起きたんですかっ!」
ユリカが体を勢いよく起こし慌てた口調で話す。
「よかった……って」
ユリカが自分の体を見て赤面する。
「あ……」
露になった上半身。
傷を確認することに気を取られ、そっちの配慮に欠けていた。
「……見ました?」
「い、いや見てないぞ」
急いで顔を逸らす。
(危ない、また気を失うところだった……)
「………そんなことする人だったなんて」
「ご、誤解しないでくれ!俺は傷を確認しようとしただけで…」
「…………えっち」
「っ、すまない」
「……」
「……」
(き、気まずい……)
しばらく沈黙が続く。
最初に口を開いたのはユリカの方だった。
「体の方はどうですか?」
「あ、ああ、ピンピンしてるよ」
「そうですか、よかったです」
元々目立った外傷は無かった分、痛みとかは感じなかった。問題はキリヒトだ。
「それよりも……キリヒトは無事か?」
「キリヒトさんも無事ですよ。運ばれてきた時は危ない状況だったようですが」
「無事なんだな、よかった」
「ですが……」
ユリカが顔を暗くする。
それを見て、ユズルにとっていい話ではないことは分かった。
「キリヒトさんの傷は、かなり深くて……。今後戦うことはもちろん、歩くことも……」
「そんな……」
ユズルは息を飲む。
まるで自分が宣告されたように心が重く沈んでいく感じがした。
辛そうな顔をするユズルを、ユリカは優しく撫でる。
「……ユリカ?」
「前に、この村に来た時ユズルさんが私の事撫でてくれましたよね。あの時のお返しです」
この村に来た日、大熊に襲われ意識がないユズルに寄り添ってくれたユリカを撫でた時のことを思い出す。
「あの時、なんで私のこと撫でてくれたんですか?」
あの時、たしか俺は「分からない」と答えた。
だが、撫でた理由が今ならわかる。
「あの時、ユリカが不安そうな顔をしてたから、安心させてあげたいな、て」
きっと今のユズルはユリカから見ても分かるほどに、不安や悲しい顔をしているのだろう。
「きっとキリヒトさんなら大丈夫です。だってティアナさんが着いてますから」
「……そうだな」
「ユズルさんにも、私が着いていますから。だから、大丈夫です」
「……っ」
優しい言葉をかけられながら撫でられるなんて、何時ぶりだろうか。
親友を亡くした日からずっと一人で抱え込んで来た感情が、ユリカの手を通して何処か流れていくのを感じた。
ユリカの一言で、心が救われた気がした。
「さ、お腹も空いているでしょうしなにか作りますよ」
ユリカの手が頭から離れる。
もう少し撫でて欲しかったな。
「ご飯食べたらどうしますか?」
「そうだなぁ」
キリヒトの様子は見に行くとして、その後どうするか。
窓の外に目をやると崩れた建物の間で遊ぶ子供たちの姿が見えた。
目が覚めた時聞こえた声はあの子たちの声だろうか。
普段なら学校に言っている時間だろうがこんな状況だ。
先生方も家族や自分の事で手一杯だろう。
「よし、決めた」
「あまり激しいことはしないでくださいね」
心配そうにそう言い残してユリカが部屋を出る。
俺は俺にできることをしよう。
そう思いながらユリカのご飯を待った。
キリヒトが目を覚ましたのは、それから1週間後の事だった。
<あとがき>
いやぁベルゼブブ難敵でしたね〜。
今回話はなんと言っても魔王とのファーストコンタクトですね。
本当は先にフォーラ村を襲ってユリカに危害を加える予定でしたが、上手くまとまらなかったので没になりました笑
次回、第2章 結界都市陥落編、最終話となります!
よろしくお願いします!




