第17話 蒼き一撃
(なんだ………今のは?)
一瞬目の前の男の姿が、奴と重なった。
(まさかこいつ……あの時の……っ)
ドォォォォォン
一瞬にしてベルゼブブを地につける。
「キリヒト……」
目の前に現れたキリヒトの姿は以前とは違っていた。
それに、覇気も違う。
戦闘経験が浅いユズルでも分かった。
今のキリヒトは以前までのキリヒトとは何かが違う。
「思い出したぞ。貴様、あの時の餓鬼だな?」
「……」
ベルゼブブが瓦礫を掻き分け這い出る。
キリヒトが与えた傷は、既に癒えていた。
「そうか、そうか……はははっ」
ベルゼブブが不気味に笑う。
「今までに何度か戦ったことがあったはずだが、その時は全く気づかなかったぞ。それもそのはず、今までのお主は敵ではなかった。最も今まで奴以上の者を見たことがないがのう」
ユズルの隣で何かが軋む音がした。
顔は冷静さを保っているが、キリヒトの剣を握る手は怒りで震えていた。
「お主らのせいで、どんなに辛い思いをしたか……。村ひとつも壊滅させることが出来ず、魔王城を追い出され、王族になる権利を失った。魔王様から直々に頂いたチャンスをお主らが邪魔をした」
ベルゼブブの体が黒く染まり出す。
「復讐の時だ。親子揃って地獄に送ってやる」
「……復讐?ふざけるのも大概にしろ」
キリヒトが剣先をベルゼブブに向け吠える。
「これは俺の復讐劇だ」
(速いッ!?)
隣にいたはずのキリヒトが、キリヒトの刃がベルゼブブの腹部を貫通していた。
「はぁ!」
ベルゼブブを貫通した刃が紅く燃え上がる。
「離、れろぉ!」
「くっ!」
ベルゼブブから距離をとる。
「術式発動!」
先程まで村の周りを覆っていた紫色の光が強さを増す。
と、同時に、
「なんだ、これ……力が……」
「弱体化か……」
クリストロン装備の制御がうまくできず、ユズルも徐々に高度が下がりだす。
「この術式内にいる限り、妾は力を増し続ける。それに引替え、お主ら人間は衰弱していく」
(時間との勝負か……っ)
「妾もそろそろ本気を出してやろう」
ベルゼブブの体を黒い靄が覆い尽くす。
「させるかっ!」
よからぬ気配がし、ユズルが切りかかる。
が、
「なっ!」
近づこうとした瞬間、ベルゼブブの体から衝撃波が飛ぶ。
完全に接近してからの攻撃だった為、交わすことが出来ずに吹き飛ばされてしまった。
「炎の銃弾」
少し離れた位置からキリヒトが魔法を放つ。
「なんだあれ、バリアのようなものが張られている……」
キリヒトの魔法は確かにベルゼブブに命中した。
だが、傷一つ付いていない。
「まずい、な」
以前ベルゼブブの襲撃後に村長、ティアナさん宅の浴場でキリヒトと交わした話を思い出す。
階級の高い魔人のみが使うことの許されている覚醒。
それが今、ユズル達の前で起こったのだ。
「……この姿になるのはいつぶりかのう」
煙が除け晴れた視界の先には、魔人と魔獣を混ぜたかのような見た目の異形が、そこには立っていた。
「炎の一閃」
「ローレンス式抜刀術参の型、劫火」
二色の炎がベルゼブブ目掛けて飛び交う。
「遅い!」
「なっ……」
キリヒトとユズルの剣戟をかいくぐり背後に回る。
「毒鞭尻尾」
(しまったッ!)
クリストロン装備に魔力を込め距離を取ろうとするが、それを逃すまいとベルゼブブの握る鞭が変形する。
「伸鞭尻尾」
足先を捕まれ、毒による攻撃を直に食らってしまった。
(このままでは、とどめを刺す前に衰弱死してしまう……ッ)
もう守りに徹している時間はない。
攻め続け無ければ負ける!
「ローレンス式抜刀術伍の型、聖蒼!」
距離を詰める、が当たる気配がない。
ただただ体力だけが消耗していく。
「どんどん動きが鈍くなっているぞ?もう限界か?」
動きが鈍くなっているのは、自分でもよくわかっていた。
だが、もう引けない。
「ローレンス式抜刀術壱の型、煌龍!」
「そんな大振り、当たるわけが──」
「はあ!」
「っ!」
ユズルの大振りは罠。
本命はキリヒトの裏取り。
「くたばれぇ!」
キリヒトの打ち込んだ一撃が、首元の厚い層を破壊する。
(見えた!)
キリヒトが言っていた通り、ベルゼブブの核は喉元にあった。
このチャンスを逃す訳には行かない!
「ローレンス式抜刀術陸の型、煌牙!」
核目掛けて剣を突き刺す。
(取った!)
狙いもタイミングも完璧だった。
だったのだが、
「あ、れ?」
気がついた時には既に建物の壁にのめり込んでいた。
(攻撃された、のか?)
ベルゼブブの手元を見ていなかった。
だが、攻撃するような猶予はなかったはずだ。
「そろそろとどめを刺してやろう」
ベルゼブブの持つ鞭が剣へと変形する。
そしてその剣先を地面に突き立てた。
(何をして……っ!)
悪い予感がして咄嗟に剣を構える。
「ユズル!下だ!!!」
「っ!」
キリヒトの声と同時に地面から無数の何かが姿を現す。
(触手っ?!いや、これは……)
地面から生えでたそれは、先程までベルゼブブが握って鞭だった。
(地面に突き刺したのはそういう……っ)
「くそっ、なんだこれ」
切ってもすぐに再生し、逃げても追ってくる。
次第にベルゼブブとの距離が離れ、キリヒトとの連携も取れなくなってきた。
(このままだと俺達が持たないっ、何とかして本体……ベルゼブブの握っている剣を破壊しなければ……っ)
クリストロン装備にありったけの魔力を注ぎ込む。
「キリヒト!俺が奴の武器の本体を破壊する!その隙に奴の上に回ってくれ!」
「っ、分かった!」
キリヒトとの修行で新たに習得した新しい技、それを試す時だ。
「ローレンス式抜刀術撥の型──」
剣先、足先に力を止めて奔るッ!
「流星!!!」
鞭なんか関係ない。
狙うべきは大元ベルゼブブの手先のみ。
投げ身の突撃、否、ユズルは生身ではなかった。
ユズルの体の周りには水の層が渦巻いていた。
(先日の襲撃時には見なかった技だ)
襲撃時、ユズルの使った剣技はどれも魔法を絡まない純粋な剣技だった。
勿論、同じ剣技でも魔法が絡むかどうかで威力等色々変わってくる。
つまり、使えるなら使うに越したことはないのだ。
(あの時は奇襲だったとは言え、オッドアイの少女を襲った時も使わなかったのはおかしい。……まさかこの短期間で習得したのか?!)
目の前に迫るユズルを見て考えが交錯する。
「ローレンス式抜刀術弐の型、旋風!」
そうこうしているうちにユズルがベルゼブブの手に握られていた本体を切り落とす。
(やっぱりこれが原因だったのか!)
ユズルが切り落とした途端、先程まで動いていた触手のような鞭の動きが止まった。
だが、
「切ったからなんだと言うのだ?」
切ったはずの武器は既に元の長さへと戻っていた。
「なら何度だって切ってや……」
ユズルが剣を振り被ろうとする。
が、剣が一向に動く気配は無い。
「っ、いつの間に?!」
ユズルの剣には無数の鞭が絡みついていた。
「まずはお前からだ」
ベルゼブブが剣を振りおろそうとした時、
「後ろががら空きだ!」
ベルゼブブの上へと回っていたキリヒトがベルゼブブのうなじ目掛けて剣を振り下ろす。
「妾が気づかないとでも思ったのか?」
その刹那、キリヒトとベルゼブブが接触し大爆発が起こる。
(一体何がっ?!)
目の前で爆発を目の当たりにし混乱する。
晴れた煙の先に見えたのは、
「キリ……ヒト?」
両足から煙を上げてうつ伏せに倒れたキリヒトの姿だった。
キリヒトの足の傷は酷いものだった。
足こそ繋がっているものの、立って戦うのは不可能に近いほどの深い傷を負っていた。
それもそのはず、爆発源がキリヒトの足に巻かれていたクリストロン装備なのだから。
キリヒトは飛行、そして高速移動のためにクリストロン装備に魔力を込めた状態でベルゼブブと接触した。
その結果、クリストロン装備を起点として魔力が集中し大爆発が起きたのだ。
ただ奇跡的にキリヒトには意識があった。
あんだけの大爆発を食らってもなお意識を安定させているキリヒトはまさに人間離れしていた。
「キリヒト…動けるなら………して……俺が…から………してくれ………」
これがダメならもう諦めるしかない。
ユズルは自分の手に目を落とす。
既に術式が発動してからかなり時間が経っている。
序盤にくらった毒の効果も相まって全身の震えが露になって来ているのが確認できた。
最後の作戦はキリヒトに伝えた。
後は、
「ベルゼブブ」
「なんじゃ呼び捨てか。まぁ良い、見る限りだとお前さんももう長くないようだしのう」
ユズルは剣を構える。
「今からお前の首を断つ!」
「面白い、貴様もやつと同じ目に遭わせてやろう!」
ベルゼブブは翼を広げて上空へと羽ばたく。
「ローレンス式抜刀術弐の型、旋風!」
風を纏い、大空へと羽ばたく。
「そんな軽い技で妾の首を断つ?笑わせるな」
ベルゼブブはユズルの技を軽く受け流す。
「貴様らの機動源はもう把握済みじゃ!」
「くっ!」
ベルゼブブがユズルの足元に視線を下ろす。
が、そこにはあるはずのものがなかった。
(いや、確かにこいつもつけていたはずだ。……っ、まさか!)
首を断つと宣言したにもかかわらず、繰り出してきた技が軽かったのには確かに違和感があった。
わざわざ威力の弱い旋風を選んだのは、ドドメを刺すためではなく飛行する為。
トドメを指すと宣言したのは罠……っ。
(じゃあ、こいつの装備は何処に?)
その違和感に気づいた時には既に遅かった。
(腕に握って……ッ!!!)
「──蒼き終焉の炎」
キリヒトの蒼き炎が長い戦いの幕を閉ざした。
<あとがき>
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
遂に、第2章もクライマックス!
思いの外筆が走ったので、このまま連日投稿したいと思います、よろしくお願いします。