第166話 親子
【ユリカ視点】
自分の母との再開は、決して喜ばしいものでは無かった。
魔人を人間に戻す方法は存在しない。
エリカさんのケースは異例だった。
(聞いた話、人間化の手がかりになりそうなことは言っていなかった。突然変異としか言いようがない……)
そんな奇跡に賭けている時間も猶予もない。
他の仲間たちの状況が分からない。
ここに来る直前、ワープの魔人と遭遇した。
推測するに、全員が散り散りとなってそれぞれ魔人と対峙しているのだろう。
自分と、同じように。
(幸いユズルさん達なら散り散りになっても問題なさそうですが……)
心配なのはセイラ達だ。
彼女一人では到底王族階級、それも上位の魔人相手に無事で済むとは思えない。
決して彼女を過小評価しているのでは無い。
実際にこの目で上位階級の魔人を見て確信した。彼らは生き物という枠組みを超越している。
「それでお母さん、久しぶりに再開した娘になにかかける言葉ないですか?」
「……」
(気配がまるでしない。応答もなければ、襲ってくる様子もない……)
油断させようという算段なのだろうか。
それにしては少々寂しすぎるような気もするが……。
(でも動かないなら、狙いやすい)
なるべく争いたくは無い。
エリカによれば彼女は第1位。第2位のジュピターでさえ3人がかりでやっと倒せた。
実力差はかなりあるだろう。
それに、
(実の母親と殺し合うなんて……)
やっと会えた母。
思い出はなくとも、自分を産んでくれた母だ。
それに彼女は、コールドスリープより前の自分を知っている。
自分がなぜ生まれ、なぜあの場で眠っていたのかを知る唯一の人物なのだ。
もしかしたら、なにか鍵が隠されているかもしれない。
そんな予感を覚え、何とか母と会話が出来ないか試みる。
「母さん、ここはどこなんですか?」
「……」
「ユリカって名前はお母さんがつけてくれたんですか?私が物心ついた時、その言葉だけが頭に残っていて……。それで私はまたユリカとして生きることになったんですよ」
「……」
「私の父は悪魔なんですか?なぜ悪魔と恋に落ちたんですか?」
「……」
「……もう、なにか答えてくださいよ」
首を振るわけでも、唇をふるわせるわけでもなく、ただその場に立ち尽くすイサベル。
距離を詰めるわけでも、術を唱える訳でもない。
ただ光の無い暗い目でユリカをじっと見つめるだけだった。
(やはり、なんかしらの行動を起こすしかなさそうですね)
ユリカはイサベルという動かぬ的に向かい魔法を唱える。
「栄光なる地均」
イサベルの真下、足の着く地面に魔法陣が展開され、強い光が彼女を襲った。
魔族が最も恐れている光魔法。
人間にこそそこまで効き目は無いが、魔人相手なら最悪相手を死に貶めることが出来る。
(動いた様子はなかった……)
光が止み、晴れた視界の先にいたのは
「……無傷」
ほぼ無傷の状態で立ち尽くすイサベル。
術は間違いなく当たった。
つまり考えられる理由は一つ。
「光魔法は、効かないんですね……っ」
これが元王家の力なのだろうか。
だがしかし、この状況はユリカにとってかなり不利であった。
というのも、そもそもユリカは初めから魔人と戦うために鍛錬を続けてきた。
故に使える魔法は光魔法や回復魔法が殆ど。
一般魔法も少し扱えるが、王族階級の、それも第一位を倒せるほどの魔法は有していない。
……禁忌魔法を除けば。
(禁忌魔法には代償が存在する……。代償の大きさによっては皆に迷惑をかけることになる)
今回の魔王討伐戦はユリカの有する審判の金槌に全てがかかっていると言っても過言では無い。
もし自分が代償のせいで戦線を離れる、なんてことになれば……。
(まだ向こうからの動きは無い。慌てる時じゃ──)
「──黒薔薇」
「え──」
視界が黒く染る。
世界が暗転したんじゃない、視界を覆う何かが目の前に迫ってきたのだ。
それは靄などではなく、実体を持つ物理的ななにかであり、ユリカの小さな身体を一瞬で押し飛ばしてしまった。
地面が大きく削られ、辺りの木が薙ぎ倒される。
黒く染った何かはユリカを数十メートル押し飛ばした後、ガラスが割れるかのように散った。
その風景はまさに、花弁が散る花のように美しく、黒鳥の羽のように風に乗って優雅に舞った。
第一位の名にふさわしい、洗練された魔法。
だが、相手が悪かった。
「すみません、私に黒魔法は効きませんので」
「……、」
「……え」
(今一瞬、表情が動いた……?)
しかし、そのほんの一瞬からはどう言った感情かまでは読み取れなかった。
「さて、困りましたね。光魔法が効かない貴方と黒魔法が効かない私。どうです?素手の殴り合いでもしますか?」
もし素手の殴り合いで決着が着くなら是非ともそうしたいものだ。
魔力も代償も払うことなく戦えるなら、それに越したことはない。
だが、そういう訳にも行かない。
(やはり禁忌魔法を使うしかなさそうですね……)
なるべく代償を最小限に抑えながら戦う。
そのためには、一般魔法を如何に工夫するかが重要である。
ユリカが次の一手を考えている時だった。
「──聖級魔法」
魔人には相応しくない言葉に、ユリカは肩をふるわせた。
その魔法は、聖王の一族のみが使用できる魔法で──、
「清浄なる息吹──」
世界最高峰の魔法である聖級魔法。
聖王一族のみが使用出来る技ゆえ、その威力は禁忌魔法に等しい。
代償を払わずに打てる聖級魔法と、代償が存在する禁忌魔法ではあまりにも分が悪すぎる。
「っ、盾!」
すぐに防御魔法を唱えるが、一般魔法で凌げるわけがなかった。
すぐに魔法は破られ、細かい白銀の風がユリカの身体を切り刻んでいく。
傷が増える速度は凄まじく、回復魔法の使い手であるユリカでさえも回復速度が間に合わないほどだった。
(このままではジリ貧、生き抜くためにももう、加減なんてしてる余裕は無いです……っ)
代償は最小限に抑えるつもりだったが、もうそんなことは言っていられない。
「禁忌魔法 魂の代替!」
ユリカが魔法を唱えると同時に、先程まで吹き荒れていた白銀の風が止む。
魔法を無効化したのでは無い。
イサベルの身体を操作し、魔法そのものを解除したのだ。
この魔法は唱えると術者は約2秒間、他人と入れ替わることが出来る。
一見禁忌魔法にしては優しめな魔法に聞こえるが、適当に奪う2秒間と、予め計画した上での2秒とでは話が違う。
実際ユリカはこの2秒間で魔法を解除し、イサベルの身体のどこに核があるのかまで突き止めた。
しかしその代償は決して軽いものでは無い。
「うっ……」
激痛と共に、左腕がぶらんと垂れ下がる。
代償は、左腕が数十分間使用不可能になること。
だが、ユリカにはもう左腕は必要ない。
全てをぶつけると決めた以上、もう加減はしない。
ユリカは捨て身でイサベルに接近すると、
「──禁忌魔法」
残された右手をイサベルに伸ばし、術を唱える。
「根源なる回帰!」
ありったけの魔力を込める。
この魔法で魔人化を止められないことはユズルで実証済み。
だが、魔人を人間に戻せることはメイシスで証明済みだ!
(お願い、成功して……!)
メイシスとイサベルでは、魔人としての格が違う。正直メイシスのように上手くいかないことは覚悟していた。
だが、もうこれしか方法は無い。
禁忌魔法を連発して戦えなくなるより余程ましな選択だった。
「……ぅあ」
(声が漏れた……、効いてるの……っ)
ユリカは魔力を注ぐ手を緩めず、イサベルの声に耳を傾ける。
「……あぁぁあ、あ」
頭を押え、苦しそうに喘ぐイサベル。
表情を伺おうとユリカが顔をあげた時だった。
「……え」
ユリカの目がイサベルと合う。
イサベルの瞳は、潤んでいた。
泣くことが出来ない魔人が、だ。
これはエリカの時と全く同じ状況だった。
(いける、効いてる……っ!)
ユリカは最後のひと押しと、全神経を指先に集中させる。
しかし最後のひと押しは、イサベルには届かなかった。
「うわぁぁぁああああ!!!」
イサベルが叫ぶと同時に、衝撃波がユリカを襲った。
そのまま吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。
衝撃で傷口が開き、先程受けた細かい傷が悲鳴を上げる。
そんな事には目もくれず、ユリカは立ち上がりイサベルに駆け寄った。
このチャンスを逃す訳には行かない。
「根源の──」
回帰。
そう詠唱しようとして、ユリカは何かに躓いたように地面に倒れ込んだ。
「え……」
攻撃を受けた訳では無い。
ユリカの身体は、どうに限界を迎えていたのだ。
元々耐久力がほぼ皆無のユリカが、全身に傷を負ったまま何度も技を受けた。
先程の衝撃波は、この勝負の決着をつけるには十分すぎた。
「……っ」
徐々に冷静さを取り戻していくイサベル。
その姿を、目の前で見届けることしか出来ず悔しさで唇を強く噛んだ。
(あと……少しだったのに…………)
出血多量による意識混濁に見舞われ、ユリカの視界がぼやけ始める。
ユリカの意識が完全に途切れる前に、イサベルは正気を取り戻した。
「……」
無言のまま、ユリカに歩みよるイサベル。
そして目の前まで来ると、冷たい目でユリカを見下した。
「なんで……」
遂にユリカの感情が決壊する。
涙するユリカに、イサベルが同情する様子は無い。
「──聖級魔法」
次の魔法が来る。
もう、聖級魔法レベルを凌ぐ魔力は残っていなかった。
ユリカの意識が薄れ、薄く開いた瞳は絶えず涙を流し続けた。
(…………ユズルさん、ごめんなさい)
「誓いの一閃──」
魔法で作られた鋭利な光がユリカに振り下ろされる。
その魔法は何かにぶつかり、消滅した。
ユリカにもう意識は無い。
放たれた魔法はまるで水面を打つ雫のように、飛沫となって消え去る。
辺りの温度が一気に下がっていき、草が首を曲げる。
その姿はまるで、今まさに顕現した者に対して頭を下げているように見えた。
「……あんた、私の主に何してくれてんのよ」
雨の精霊 アマリリス。
主の命令に背き今、イサベルの前に顕現するのだった──。




