第164話 魂の付与
「審判の金槌!」
ヨハネの詠唱とともに、その身体の何倍にもなる大きさの金槌が魔王目掛けて振り下ろされた。
その金槌は地面に触れるや否や強い光を放ち、メイシスは反射的に目を瞑った。
目を瞑っているのに眩しくて瞼が焼き切れそうな程の光。
ヨハネの叫び声が止み、恐る恐る瞳を開ける。
強い光を見た反動で視界がはっきりしない。
ある程度視力が回復してきた時、メイシスの視界の先には立ち尽くすヨハネの姿が見えた。
まだ生きているということは、審判の金槌は成功したのだろうか。
「ヨハ──」
ヨハネ。そう名前を呼ぼうとして、メイシスは自分の口を両手で隠した。
ヨハネの目の前に、人影があった。
その距離、僅か数センチ。
ヨハネと向かい合うように立つその男の右腕は、ヨハネの身体を貫いていた。
「ヨハネ!!!」
「ごほっ……がっ……」
ヨハネの吐いた血が、魔王の前髪を赤く染める。
元より魔王の顔は、ヨハネの返り血で朱色をしていたが。
「まさか、習得していたとはな」
魔王にとってヨハネが審判の金槌を打ってくることは想定外だったようだ。
全く想定していなかった攻撃、それもかつて悪魔を葬った魔法を咄嗟に見切り、尚且つ反撃の一撃を入れてきた。
メイシスの目に、かつての景色が重なる。
目の前でアリアやアギナルドが殺される景色が。
「あぁ……あ……」
メイシスはやっと確信した。
この化け物には、到底勝てないと。
「タダで……死ぬほど……わしはお荷物ではない……」
(聞こえるか、メイシス君)
ヨハネが通信魔法を使い、メイシスに語りかける。
今にも死にそうなヨハネが、最後の最後まで必死に抗っている。
その姿を見て、メイシスは正気を取り戻した。
もうかつての弱い自分はいない。
今の自分は、魔王と戦うに価する実力者だ。
(わしは今から、この身を使って魔王の核を炙り出す。君はそれを他のみんなに伝えてくれ)
自分では伝えられない、それはヨハネの死を意味していた。
だが、もうこの状況からヨハネを救うことは不可能だった。
メイシスはヨハネの言葉に頷く。
それを見たヨハネは少し微笑んだ後、最後の魔法を放った。
「真聖……魔法、……浄化の記憶」
ヨハネが最後に放った技。
それは、ヨハネが今まで見てきた全ての記憶をひとつにした魔法。
見てきたもの全て。
ヨハネはその目で多くの人の過去を見てきた。
その中には、ローレンスやメイシスのような英雄クラスのものも少なくない。
つまりヨハネが放つ魔法は、無限大の力を秘めている。
腕を引き抜こうとする魔王の腕を必死に拘束し、ヨハネの魔法が起動した。
(さようなら、メイシス君──)
「ヨハネ──ッ!!」
メイシスの叫びと同時に、ヨハネを起点に大爆発が起こる。
その威力は、大魔術師であるメイシスの防御魔法を意図も簡単に破壊し、城の壁さえも超え、魔王が張った結界の壁に押しつぶされる形で静止した。
気を失うほどの衝撃。
だがメイシスは魔王から目をそらさなかった。
ヨハネがその命を賭して作り出した逆転の一手を見逃しては、ヨハネの覚悟を裏切ることになる。
ヨハネの来ていた修道服が灰となって宙を舞う。
その中でメイシスは、身体が大きくえぐれた魔王の姿を見た。
そしてそれと同時に、全員に向け通信魔法を飛ばした。
魔王の、核の場所を伝えるために。
「……惜しい人を亡くしたな」
未だ焦点がはっきりしないメイシスの前に、魔王が歩み寄る。
その体は既に修復されていた。
だが、剥き出しとなった肉体から、その被害の大きさが見て取れた。
(次は私の番、ね……)
最後を悟ったメイシスは、魔王を指さし笑顔で高らかに宣言した。
「最後に勝つのは、あの子達よ」
そして最後の魔法を唱える。
「禁忌魔法 魂の付与」
自分の命を代償に、対象者に強化魔法を付与する魔法。
代償が大きいほど、その魔法は威力を増す。
そしてその代償は、使用と同時に支払われる。
どうか、私の命が。
世界を救う、逆転の一手になりますように。
その思いを込めた魔法は、ユズル達の戦況を大きく変えることになる。
魔王vsメイシス&ヨハネ
ヨハネ、メイシスの死亡により魔王 アーリマンの勝利。




