第162話 それぞれの戦場で
セイラの目の前で、ユズル達が姿を消した。
誰がやったのかは言わなくてもわかる。
あのワープの魔人、デスピアスとか言うやつがやったのだろう。
残されたのは、セイラと竜人達、そして帝国兵が数十名。
いきなり指揮官を失った彼らは、王族階級の魔人を前に恐怖で動けなくなっていた。
「か、彼らをどこにやったの!」
セイラがデスピアスに問う。
デスピアスは短くため息を着くと、
「他の王族階級の場所に飛ばした。魔王様は用心深いのでな、分散させて倒す算段を立てたのだ」
その言葉を聞き、セイラは絶望した。
なぜなら、この時点でもう作戦が崩壊したからだ。
ここから再度作戦を立て直そうにも、ユズル達がどこに飛ばされたのかも、再度集合できるのかも分からない。
第一、セイラ達だけでは、とても王族階級の魔人とやり合えるわけがなかった。
「安心しろ、向こうで決着が着けばここに戻ってくるようになっている」
その言葉を聞いて、僅かな希望は生まれた。
だがそれもすぐに消え去ることになる。
「まぁ私が生きている限り、いくらでも飛ばすことが出来る。その間にこっちが再度立て直せば、永遠に敗北することは無い。お前らが絶滅するまで待てばいいだけだ」
つまりユズル達が決着をつけ、ここに戻ってくるまでにデスピアスを誰かが倒さなければならない。
誰が。
いや、誰がじゃない。
自分たちがやるしかない、他のみんなは飛ばされてしまったのだから。
セイラは弓矢をデスピアスに向け発射する。
その弓矢はデスピアスの目の前で空間に引きずり込まれ消えていった。
「……ほぅ?」
デスピアスの表情が一気に変わる。
その威圧的な態度に、後方の帝国兵が何名か走って逃げ出してしまった。
が、セイラは逃げなかった。
覚悟を決め、周りを鼓舞する。
「私たちがやらなきゃ、誰がやる!今も尚死ぬ気で戦ってるユズル達に!道中魔人と戦い命を落とした兵士たちに!ここで逃げれば、顔向けできない!」
セイラが叫ぶ。
「私たちは自分たちの意思でこの戦争に参加した!こうなることは覚悟していたはず!今やらなくて、いつやるの!」
セイラの声に、兵士たちが一歩、また1歩と足を踏み出した。
「私たちで彼女を討つわよ!」
「「「おおおおお!」」」
こうして第6位 デスピアスvsセイラを含めた竜人と帝国兵達の戦いが幕を開けた。
それと同時刻、飛ばされた者たちもそれぞれ相手と対峙していた。
【ユリカ視点】
(何故だろう、初めて会うはずなのに……懐かしい?)
ユリカの飛ばされた場所は人里離れた森の中。
そこには無表情でただこちらを見る1人の女性が立っていた。
否、それが王族階級の魔人であることはひと目でわかった。
いや、それが誰だかももう、分かっていた。
エリカから事前に伝えられた情報では、女性の王族階級の魔人はただ一人。
人間の王家の血を引き、悪魔に恋した女性。
「500年振りですね、お母さん」
「……」
女性は答えない。
ただユリカを見つめ、無表情のまま立ち尽くしている。
ユリカには、何故かそれがまるで考え込んでいるように見えた。
最悪な形での親子の再会。
王族階級第1位イサベルvsユリカの戦いが今始まった。
【グランドゼーブ視点】
聖王を取り戻す際、大将ダインがその命を持ってして取り返した。
だがあの時、ダインを殺したのは魔王ではない。
魔王はまるで「自分が手を出すまでもない」と言った表情でただ嘲笑っていただけだ。
ダインを殺した魔人の顔は今も脳裏に焼き付いている。
その魔人は2つの角が生えていた。
……目の前に立つ、あの魔人のように。
「お前だろ、ダインを殺したのは」
「ダインという名を知らぬ」
冷酷な態度に怒りが増す。
まぁ魔人がいちいち殺した者の事を覚えている方が趣味が悪いかと、緊張感のない笑いがこぼれてしまう。
「まぁいい、仇討ちが出来て俺は満足だよ。アルクィアス」
「なぜ我の名を知っている?」
「味方に元魔人の有識者がいたんでな」
グランドゼーブは剣を抜く。
王族階級第4位アルクィアスvsグランドゼーブ、開戦。
【ミカエラ視点】
「嘘、でしょ……」
ミカエラの口元が震える。
飛ばされた先で出会ったのは、
「ミカエラ、大きくなったわね」
かつて死んだはずの両親だった。
確かに両親は死んだ。
王都軍の進撃を受けて、渓谷ごと焼かれ死んだ。
それはもう何十年も前の出来事で、今まで1度たりとも目撃情報などなかった。
なぜ今になって……。
何度も会いたいと願った自分の親を殺せなど、できるわけがなかった。
ミカエラから次第に戦う気が失われていく。
……だが既にミカエラの戦いは始まっていた。
エリカから事前に第5位の魔人は幻術使いだと教わっていた。
だが術を受けたものはそれすらも忘れてしまう。
ミカエラには今、幻術にかかっているという意識は無い。
ただ久々に再開した死んだはずの両親を前に立ち尽くしているだけだった。
王族階級第5位 ハルシュタット。
戦場はあの日の渓谷。
ミカエラの戦闘は既に、始まっている。
【キリヒト視点】
「……今、なんて言った?」
「2度も同じことを言わせるでない」
キリヒトは目の前の魔人が放った一言に、心の底から憤怒していた。
キリヒトが飛ばされた場所はあのハルク村だった。 ユズルが西の大陸から帰ってきた時の会話が、今も鮮明に思い出せる。
モルディカイという名の魔人が教えてくれた情報。
王族階級にいると聞かされていた人物。
「フォーラ村を襲ったのは我じゃ」
王族階級第3位 ベルゼバブ。
かつて対峙したベルゼブブの半人。
ずっとフォーラ村を襲ったのはベルゼブブだと信じ、足を失ってまで彼女を討った。
だが、本当の黒幕は目の前の魔人 ベルゼバブだったのだ。
それを知った時、キリヒトはどれほどかき乱されただろうか。
深呼吸をし、一度冷静になる。
むしろ死ぬまでにちゃんと復讐ができて良かった。そう思う事で情緒を安定させる。
王族階級第3位 ベルゼバブvsキリヒト。
復讐の1戦が始まる。
【メイシス&ヨハネ視点】
「まずいのぅ……」
「えぇ、本当に……」
2人が飛ばされたのは、王城の最上階だった。
城の下では、今も尚戦火が上げられている。
2人の周りには、無惨に散った兵士たちの亡骸が無数と放置されていた。
誰も、死体の回収など来れる場所では無いのだから。
かつて聖王が座っていた玉座には、別の王が座っていた。
「お前ら二人は、我が直々にと思ってな」
男が玉座から立ち上がる。
メイシスがその姿を見るのは、これで二度目だった。
「魔王 アーリマン……っ!」
魔王アーリマンvsメイシス&ヨハネ。
王族階級の魔人戦と同時に、魔王戦が始まってしまっていた。




