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禍々しき侵食と囚われの世界【最終章開幕】  作者: 悠々
最終章 生存戦争編
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第160話 開戦前夜

 グランドゼーブの外傷は酷いものだった。

 ユリカが治療のため包帯を取るとそこには切り傷や打撲で覆い尽くされ、無傷な場所を探す方が簡単なほどボロボロの身体があった。

 正直、ここに来るまでこの戦争を甘く見ている自分がいた。

 昔と比べはるかに力を増した自分を、仲間たちを見て勝てるかもしれないという淡い考えを持ってここまで来た。

 だが、グランドゼーブの惨状を見てそれが以下に愚かな考えだったのかを知った。

 彼らはユズルが思っているより遥かに常軌を逸している。


「王都は、どうなった?」


「……」


 ユズルの問いかけに、グランドゼーブはしばし黙り込む。


「……陥落した」


 そして短くか細い声でそう零した。

 その後グランドゼーブの口から、これまでの全てが語られた。

 その一言一言に怒りや悲しみが込められている。


「つまり王都軍は全滅、指揮官である大将 ダインを失いグランドゼーブは重症、何とか聖王を逃がすことは出来たが王族階級の魔人は1人も仕留められていない、と」


「……申し訳ない」


「グランドゼーブが謝る理由は何一つない、むしろお前のおかげで俺たちは首の皮一枚繋がった訳だ、お前は人類の英雄だよ」


「元英雄に、そう言われてもな」


 グランドゼーブはふっと鼻で笑った。


「お前、俺の正体に気づいていたのか?」


 グランドゼーブには自分の正体が大精霊 カマエルであり、英雄と呼ばれたあのローレンス本人だとは話していない。


「お前と真正面からぶつかり合った者にしか分からないだろうな」


 ユズルが剣を向けた相手で唯一生き残っているのがグランドゼーブだった。

 ……ローレンスの頃のことも考えると魔王も入る訳だが。


「とりあえずグランドゼーブは休んでいてくれ、あとは俺たちが……」


「いや、もう大丈夫だ」


「そうは見えな──」


 そうは見えない、そう言おうとした刹那、グランドゼーブの全身を突如として旋風が覆い隠した。

 恐らく風の精霊の仕業だろう。

 風が止むとそこには、いつもと変わりないグランドゼーブの姿があった。


「精霊の加護って凄いんだな……」


「精霊王であるお前がその程度の認識でどうする」


 グランドゼーブの言う通りだった。

 今はまだ記憶を取り戻したばかりで色々とあやふやなのだ。

 魔王戦までには万全の状態を整えたいところだが。


「ユズル、ユリカ。俺はお前達と合流した時のために力を残していたのだ。お前達は、人類の最後の希望だ」


 元英雄であり、精霊王でもあるユズルと、王家の血を引き、かつて悪魔を滅ぼした禁忌魔法「審判の金槌」を使うことの出来るユリカ。

 このふたりは人類にとってこれ以上にない切り札だった。


「とりあえず、作戦を立てよう」


 ユズルはグランドゼーブにエリカから聞いた情報を全て話した。

 もちろんルイス達にも同席してもらい、大勢の知恵を借りて大掛かりな作戦会議が行われた。

 のだが、


「結局問題は、彼らの弱点なんだよな」


 どんな魔人かは聞き出せたが、彼らの弱点に関することは何ひとつとして情報がない。

 言い換えれば倒すすべがないのだ。

 ぶっつけ本番でどうにかなる相手では無い。

 だがこの場にいる者がどんだけ考えようとも、この点だけは解決のしようがなかった。


「──何、彼らについての情報なら私がある程度持っておる」


 突然扉から声が聞こえ、一同は振り返った。

 そこには、白い髭を蓄えた神父らしき服装のおじいさんと、エルフの女性が一人立っていた。


「遅くなったのう。どれ、作戦会議の続きと行こうか」


「ヨハネさん!それと──」


「2人とも、久しぶりね」


 隣に立っていた女性は、かつて妖精の森にて第十一位フォルティスト討伐の際共に戦った仲間 セイラだった。

 何故彼らが共にいるのかについては、後々セイラから語られた。

 偶然なのか、はたまた必然なのか。

 これでユズル達が旅の中で出会った全ての仲間がここに集結した。


「行こう、魔王の元へ!」


 決行を翌日の早朝に決め、会議は解散の流れとなった。

 ミカエルは作戦を伝えるため一度渓谷に戻り、キリヒトはティアナと通信魔法で話すといいその場を後にした。

 グランドゼーブも聖王の元へと向かい、ルイスはユズル達の宿を手配すると、未だ混乱状態にある町の統制を図るため軍の者を連れ町へと消えていった。


「それにしてもヨハネさん達、お知り合いだったんですか?」


「いや、全然。たまたま同じ船に乗ってて、ヨハネさんが声をかけてくれたの」


 セイラによると、ユズル達に会うため東の大陸に渡ろうと決めたはいいものの居場所が分からず、「ユズルたちの事だからきっと王都に向かうはず」となんの頼りもなく海を渡ったらしい。

 1人で王都に乗り込むようなことがなくてよかったと胸を撫で下ろす。

 セイラやヨハネとしばし話をした後、ユズルはこの1ヶ月間の記憶をヨハネに見せた。

 ヨハネは一言「よく頑張ったの」と労いの言葉をくれた。

 セイラの同胞(エルフ)探しも順調なようだった。

 だが、やはりあの森の中にいた期間が長いためか、今の世界情勢についていけていないようだった。


「あの、通信魔法?というものの使い方がわからなくて……。あれがあればユズル達とももっと簡単に合流できたのに」


「あら、通信魔法を知りたいのかしら?」


 ユズル達の会話をそばで聞いていたメイシスが、セイラの言葉に反応した。


「まさかとは思っていたが、君が通信魔法の生みの親、メイシス君かね?」


「ええ、そうよ」


 メイシスはセイラに通信魔法について教えることを約束し、ユズルの方を振り向くと「少しヨハネさんを借りて行ってもいいかしら?」と聞いてきた。

 恐らく、ヨハネさんの妹である聖女アリアの最後の記憶をヨハネに見せるためだろう。

 ここは2人にしてあげようと思い、ユズルとユリカはその場を後にした。




 ルイスが手配してくれた宿に着くなり、ユズルとユリカはまるで溶けたかのようにベットに横たわった。

 ここ数日、しっかりとした睡眠が取れていない。

 それはきっと、全人類が同じことだ。

 すぐそこまで迫る死の恐怖に怯え、今も眠れる日々を過ごしているのだ。

 早く魔王を討ち、この囚われの世界から人類を解放しなくてはならない。


「ユズルさん」


 ふと視線を横に移すと、すぐそばにユリカの顔があった。

 少し頭を動かせば唇が触れるほどの距離。

 ユリカはそっと目を閉じ、ユズルからの口付けを待った。

 ……だが、ユズルはそれを拒んだ。


「ユリカ」


 ユズルは身体を起こし、ユリカの目を見る。

 ユリカもつられ身体を起こし、ベットの上で2人見つめ合う。


「最終決戦の時、悪魔の力を使うかもしれない。だから、口付けは……出来ない」


 ユズルははっきりとそう言った。

 この悪魔の力には今まで数え切れないぐらい翻弄されてきた。

 痣を見る度にリアとマコトが殺された日を思い出し憂鬱にもなる。

 だがここからの戦い手数は多い方がいい。

 これが最後の夜になるかもしれない。

 ユズルだって苦しい決断だった。


「……ハグくらいなら、いいですよね」


 そう言い、ユリカはユズルに抱きついた。

 その手が震えていることを、ユズルは見逃さなかった。

 ユリカを襲う恐怖や不安は、いつ死んでもおかしくない戦争という点だけでは無い。

 自分は魔王に有効打を使うことが出来る唯一の存在。その重圧は計り知れない。

 ユズルはそんなユリカを強く抱き締めた。


「痛いです、ユズルさん」


 口ではそう言いつつも、決して拒もうとはしなかった。

 2人は抱き合ったまま、夜を明かした。



「愛している、ティアナ」

「私もよ、キリヒト」



「そうか、アリアは最後に……」

「ええ、やっと伝えられてよかったわ」



「ミカエラ、今しか伝える時がないから伝える」

「何?ドレーク?」

「俺はお前の事が──」



 皆がそれぞれ思いを抱いたまま夜が明け、



 物語が動き出す──。





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