第159話 聖王とグランドゼーブ
「王都は既に陥落している」
竜王の元で一行に告げられた言葉は、あまりにも重い一言だった。
竜の渓谷に到着した一行は、まず竜王の元に向かった。
道中通りかかった広場はかつてのような活気はなく、竜王祭を知るユズル達からすればまるで知らない廃墟に来た感覚だった。
「……あまりにも静かすぎる」
静かすぎるというのは単に街が静まり返っているという意味では無い。
人がいる気配が全くしないのだ。
この2年間気配を感じる修行を積んできたユズルと、千里眼の力を最大限に引き伸ばしたユリカの目には全てお見通しだ。
「皆さん、どこに行ったのでしょう」
被害にあった痕跡は無い。
避難しただけだといいが、そう思いつつ洞窟に向かっていると不意に気配を感じた。
それも1人ではなく複数。
だが直ぐにそれが敵では無いことがわかった。
「……ミカエラか?」
洞窟近くの開けた場所で大勢の竜人が集まっていた。
そのうちの一人がユズルたちの元へ歩み寄る。
その顔には、見覚えがあった。
「ドレーク!良かった、今の状況を教えて」
ドレークははやるミカエラを落ち着かせ、状況を説明し始めた。
「まず、竜の渓谷は今のところ被害は出ていない。人が町にいなかったのは、龍の財宝が無い今、魔人から町を守るすべがないからだ。今はみな、竜王様の元に避難している」
それを聞き、一旦は胸を撫で下ろす。
「俺たちは防衛地点を守る守護班と王都に偵察に向かう先遣班に分かれ行動していた。つい先程先遣班が帰ってきて報告を受けていたところなんだ」
そう言いながらドレークは先程の群れを指さした。
中にはかつて竜王祭で戦ったアーノルドやティネーガの姿も見える。
「彼らはこの後竜王様の元に報告に向かう。君たちも向かうといい」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
ドレークに礼を言い、ユズル達一行は竜王の元に向かった。
「王都は既に陥落している」
先遣班の発した言葉に、一行は戦慄した。
「我々が王都に着く頃には既に王都は魔族に占領され、特に戦闘が行われているようには見えませんでした」
「それに、籠城できるような状況でもありませんでした。総合的に考えて、王都は既に陥落したと考えるのが妥当でしょう」
アーノルドの発言に、ティネーガが補足する。
王都の陥落、それは事実上この戦争の敗北を現していた。
ボードゲームの世界では、自分の王が倒されればそこでゲームは終わり勝敗が決まる。
それは種族間の戦争でも同じこと。
聖王が倒されたとなれば、人類が負けたという事になる。
「……いや、待てよ」
王が倒れれば敗北。
だが今彼らは「王都が陥落」と言った。
一言も「聖王が倒された」とは言っていないのだ。
「聖王が倒されたところを見たか?」
ユズルの問に、先遣班全員が首を横に振る。
「もし、聖王が亡命していたならば、まだ負けていない!」
聖王の元には、グランドゼーブがいる。
彼がそう簡単に負けるはずがない。
グランドゼーブと聖王の亡命、その可能性に賭けることにした。
「直ぐにでも向かおう。帝国 インペリアルに」
ユズルの提案に、異議を唱えるものはいなかった。
竜王の元を離れた一行は次の目的地、帝国へと向かった。
現状報告、小休憩を挟むことが出来ただけでなく、竜人と同盟関係を結ぶことに成功した。
元よりお互い借りがあった為、特にいざこざもなくすんなりと同盟を結ぶことが出来た。
王都軍との過去を考えるととても同盟は無理だと考えていたが、ユズルが考えている以上に竜王及び竜人はユズル達を信用していた。
だからこそ、それに応えたいと思った。
「帝国が見えてきたわよ!」
目視では荒らされた形跡は無い。
どうやら読み通り魔王は王都以外には手を出さないようだ。
魔王を倒さない限り戦争は終わらない。
結局は王都に集まる、自分から手を出すまでもないということなのだろう。
そんな事を考えているうちに無事帝国の手前まで来た。
結界付近の警備はいつも以上に強固であり、人間であるユズル達にも警戒心を剥き出しにしてきた。
が、直ぐに警備をしていた兵士の1人がなにかに気づいたかのように兵士達に声をかけ始め道を開けてくれた。
その顔に、ユズルとミカエラは見覚えがあった。
確か、ユリカが攫われ帝国に同盟を持ちかけに行った時、本部の前で門兵をしていた男だ。
あの時は確か、ルイスが助けに入ってくれた。
恐らく、今回もお世話になることになる。
ユズルは門兵にルイスの場所を聞き出し、礼を言ってからその場を後にした。
ルイスは前来た時と同じく本部にいるようだ。
「ちょうど良かった、君たちに会わせたい人がいるんだ」
再会するなり、ルイスはユズル達を客間に通した。
恐らく会わせたい人とは、ヨハネのことだろう。
到着しているのなら連絡をくれればいいのに、そんなことを思いながら客間の扉を開け──、
その場にいた人物を前に、言葉を失った。
「グランド、ゼーブ……?」
変わり果てた姿のグランドゼーブと聖王を前に、ただ立ち尽くすしか無かった。
──同時刻 王都付近港にて
「セイラさんであってるかな?」
長い白ひげを擦りながら、神父らしきおじいさんが1人のエルフに話しかける。
「なんで私の名前を知っているの?」
「ふぉっふぉっ、すまんのう。友人の記憶に君がでてきたのでな」
神父は高らかに笑う。
セイラという名のエルフは終始警戒した様子で男を見ていた。
「ユズル君たちを探しに来たのかね?」
「どうして……」
「「どうして知っているの」、かな?ふぉっふぉっ、君が彼の友人だと気づいた時に少し気になってなら見せていただいたよ」
男はセイラが東の大陸に来た理由を見抜いていた。
正確には、男は過去を見る力を持っていたのだ。
「ユズルくんたちの居場所なら知っておる。帝国 インペリアルにて落ち合う予定じゃ」
「お主もどうじゃ?」と男は手を差し伸べた。
未だ不信感を露わにする女性に、男は「自己紹介を忘れとった」と手を打つ。
「私の名前はヨハネ。セイントヘレナ公国の神父じゃ」
そう、正体を明かすのだった。




