第158話 メイシス初恋の人
「まさかアナーニさんがティアナのお父さんだったなんてな」
ミカエラの背中にしがみつきながら、キリヒトがそう言葉をこぼす。
が、ここは上空5000メートル。
そんな呟き、2人には届かない。
「なんか言ったか!」
ユズルはキリヒトに届く声でそう聞き返す。
その言葉にキリヒトは声ではなく、首を横に振り答えた。
「3人とも、ウィズダ村が見えてきたわよ」
そういうと、ミカエラはゆっくりと高度を落とし、着陸体制へと入った。
あの後、キリヒト、メイシス、ユズル、ユリカはウィズダ村へ。
エリカと、護衛のためレーネを含めたフォーラ村騎士団の兵士が何名かがファクト村へと、それぞれフォーラ村を出た。
別れ際、ユリカはエリカに、魔人化の進行を遅れさせる効果がある例の方法を伝えた。
その効果はユズルで立証済みだ。
「ユズル!ユリカ!」
ウィズダ村に着くなり、一人の女性がユズル達一向にかけ寄って来た。
年は20代後半ぐらいだろうか。
大人の色気を持つ、少し長身な女性が向かってくる。
「もしかして、メイシスか?」
「私、そんなに老けたかしら……」
先程まで笑顔だった女性の表情が一瞬にして崩れる。
メイシスは禁忌魔法「根源なる回帰」の代償により、通常の三倍の速度でその身が朽ちていく。
2年前初めて出会った時が18.19ぐらいだったと考えると、今はもう20代後半に差し掛かっている頃だろう。
実年齢の事はややこしいから置いておこう。
「メイシスに、言わなきゃいけないことがあるんだ」
再会するなり、ユズルは真剣な眼差しでそう言う。
すると何を勘違いしたのか、メイシスは赤面し、キリヒト達は気を使い村の中へと消えていった。
あとユリカに睨まれた。
「えーと、何かしら……?」
非常に話しづらい。
何故か勘違いされている上に、今から話す内容は割と真面目な話な為切り出しにくい。
気まずいのを承知で、ユズルは切り出す。
「メイシス、俺はローレンスの孫なんかじゃないんだ」
「……え?」
流石のメイシスも固まり、困惑を露わにする。
ローレンスを知っている数少ない生き残りであった彼女。
その彼女の目には、ユズルはローレンスの孫に写った。
持っていた肩身も、使う剣技も、顔立ちも。
一度たりとも疑ったことは無かった。
「話すの長くなるんだ。どこか座れる場所に移動しよう」
ユズル達一向はメイシスに連れられ、ウィズダ村の地下にある基地に来ていた。
かつて何日か生活を共にした場所だ。
メイシスに全てを話し、しばし沈黙の後でメイシスが口を開く。
「つまりユズルは、ローレンスなのよね?」
「信じられないと思うが、そうなんだ」
そう答えるや否や、メイシスはユズルの懐に飛び込んできた。
条件反射で掴んだ肩が震えているのを見て、ユズルは咄嗟に肩から手を離す。
「会いたかった……っ。ずっと、ずっと一人で、貴方の安否も分からないまま……っ。夜が来るとあの日のことを思い出して、貴方が生かしてくれたから……っ」
ユズルに抱きつき泣きじゃくるメイシス。
ユリカの方に目線をやると、非常に不機嫌そうな顔をされた。
そんなユリカに目配せをすると、溜息ながら許してくれた。
後で沢山可愛がってやろう。
ユリカの許可(?)も貰えたので、ユズルは泣きじゃくるメイシスの頭をそっと撫でた。
「ごめんな、ずっと忘れていて。でももう、一緒にいるから。忘れないし、一人にしない」
彼女が孤独にすごした50年もの年月。
目の前で仲間たちが殺され、自分を逃がしてくれた人の安否も分からず、魔女になり結界から出ることも出来ず、村人達から魔女と虐げられ、囚われ蔑まれる日々。
それを救ってくれた恩人であるユズルが、あの日魔王の元から逃がしてくれたローレンスだと知った時、50年前片想いしていた男性だと知った時、メイシスはどれだけ心惹かれただろうか。
ユズルはメイシスが泣き止むまで抱きしめ続けた。
「ごめんなさい、取り乱したわ……」
十数分後、メイシスは真っ赤に晴れた目を擦りながらユズルの懐から離れた。
そして今後についての話し合いが始まった。
「まず、次に行くのは竜の渓谷でいいのよね?」
「はい、とりあえず竜の渓谷で王都に乗り込む最終調整をしたいと考えています」
竜の渓谷は王都に近い。
王都手前での、最終休憩地点となるだろう。
「西の大陸にいる同士たちはどうする?」
「ヨハネさんとは一度連絡が取れています。東の大陸に着き次第連絡すると言っていましたが……」
そこでユリカは机に広げられた地図を指さす。
「もし、王都に1番近い港に来た場合、竜の渓谷に来るためには王都を通らなければなりません」
盲点だった。
それにおそらく一番到着の遅いヨハネを、港から王都を挟んで反対に位置する渓谷まで呼ぶのは効率が悪い。
「なので、最終休憩地点をここ 帝国インペリアルにしようと思います」
インペリアル。
ユリカが攫われた際、ミカエラとユズルが同盟関係をもちかけた国だ。
確かに帝国が王都に1番近い。
「まだ陥落してないといいけど」
「そこは賭けになるでしょう」
王都が陥落すれば、次に狙われるのは隣国であるインペリアルだ。
ここは信じて賭けるしかないだろう。
「その、ヨハネさんって人は東の大陸について熟知してるのか?」
キリヒトの純粋な疑問に、ユリカが答える。
「ヨハネさんは人の過去が見れます。前にユズルさんと私の過去を見て、東の大陸の大まかな地形は把握していると言っていました」
「それなら大丈夫か」
「はい。とりあえず、決定次第通信魔法で連絡します」
その後も話し合いは続けられ、ある程度話は纏まった。
まず、次の目的地は竜の渓谷。
そこで竜人と竜王の協力を仰ぎ、帝国インペリアルに向かう。
そしてヨハネと合流し、帝国軍、竜人、そしてユズル達で王都を攻める。
「持ってる情報交換は移動中に話そう。今は時間が惜しい」
「そうね。行きましょう!」
ミカエラの背に乗り、一行は竜の渓谷目指して飛び立った──。




