第157話 アナーニ・フォーラム
ユズル達一行は、連絡の取れないキリヒトを後回しにし、フォーラ村へと向かった。
「ユズル!ユリカ!」
村に着くなり旧友の一人、ミカエラと合流する。
そのままミカエラの背に乗り、ウィズダ村に向かうことになった。
メイシスと合流するためだ。
フォーラ村はレーネ達に任せるといい、村を出ようとしたその時だった。
「お母、さん……?」
フォーラ村村長 ティアナの母、エリカとキリヒトの帰還により状況が一変することとなる。
キリヒトの口から、今までの出来事が語られる。
エリカに会いに王都に行き、ボップに言われた通りに扉を開けエリカのいるあの異空間に行ったこと。
そしてその異空間内で、エリカが魔王によって魔人にされたこと等、エリカに関する話が語られる。
その話は酷く悲しいもので、同席していた騎士団員の何人かは涙を流しながらエリカの名を呼んでいた。
そして話し合いの末、フォーラ村に帰ろうという話になり、エリカの能力を使ってこの村の村長宅玄関に扉を繋げたのだが……。
「色々聞きたいことはあるんだが……まず、今エリカさんは人間、なんですよね?」
「はい……」
結界の中でこうして会話ができてるところを見ると、嘘では無さそうだ。
本人も困惑しているようで、人間に戻った原因は分からずじまいとなる。
この状況を後回しにするのもおかしな話だが、このままでは王都が陥落し、人類存亡の危機に陥る。
一刻も早く王都に加勢しに行かなくてはならない。
そのことをやんわりと伝えると、エリカは魔人の情報について教えてくれた。
「まず、今生き残っている王族階級の魔人は全部で6名。1位から6位までの上位6名が生き残った。中でも第6位 アズリエには気をつけた方がいい。彼女は別名ワープの魔人と呼ばれ、遠距離攻撃であれば物理魔法問わず彼女には一切当たることは無いわ」
ワープの魔人と聞いた途端、ユリカが顔を顰める。
「私はその魔人に会ったことがあります」
ユズルの記憶に、その魔人の記憶は無い。
ユズルと離れていた2年間で会ったのだろう。
そう考えていたのだが、
「私がその魔人と会ったのは、2年前、アイアスブルク辺境伯領にいた時です」
2年前、つまりその場にはユズルもいた事になる。
だがユズルにはあった記憶が……。
「まさか、俺が気を失っていた……」
「はい、あの時です」
王族階級第12位 クロセル・ヴァージンとの戦闘後、魔人化の力を使いすぎたユズルは気を失った。
その時に例のワープの魔人が現れ、クロセルを連れ去ったというのだ。
「そういえば結局クロセルとの決着はついてないよな?6位までしか生き残っていないということは、クロセルは死んだのか?」
「……彼はまだ生きているわ」
そうエリカが答える。
確かモルディカイが前に、上の階級に勝負を挑み勝つことが出来れば順位を代襲できると言っていた。
だが生き残っているのは6位以上の化け物達だ。その可能性は低いだろう。
逆にエリカと同じように王族階級を追放されたと考える方が自然だ。
順位は12位と一番低く、ユズル1人を仕留めることも出来なかった過去がある。
しかしそれは違った。
「彼は今、第2位の地位にいるわ」
「……なんだって」
第2位の魔人の強さは、ユズル達もよく知っている。
ハナヴィーラで戦ったジュピターが第2位だったからだ。
あの時は大精霊3人、そしてユズル、ユリカ、グランドゼーブの6人がかりでやっと倒せた強敵だった。
その位に今、クロセルがいる。
魔族の寿命から考えても、2年という短い期間で考えられない大出世をしている。
「彼は一度王族階級追放に追い込まれ、一度消息をたった。けれどその二年後ジュピターが死に、第3位 ヘブライアが2位に昇格すると同時に姿を現し、彼を殺して第2位の位を手に入れた」
ジュピターを倒したのはつい先日の事だ。
第2位と言えど、まだその位に着いたばかり。
精霊王としての記憶を取り戻したばかりのユズルと、境遇は似ているだろう。
「それから第1位の魔人についてなんだけれど、彼女は他の魔人とは全く別の生き物だと思った方がいいわ」
「……第1位は女性なのか?」
「えぇ。いつも魔王に付き、決して単独行動をしない。故にその素顔もあまり知られていない」
その言葉を聞いた瞬間、ユズルはある一人の女性を思い浮かべた。
それは、キリヒトも同じだった。
2年前、ベルゼブブ討伐戦の際、決着と同時に現れた脅威。
その背後に、一人の女性が立っていたのを今でも鮮明に覚えている。
「あれはユリカの……」
「……っ」
ヨハネさんから聞いた話では、あの魔人はユリカの母であるイサベルなはずだ。
ただの魔人では無いと思っていたが、まさか第1位の魔人だとは考えもしなかった。
あの時、もし怒りに任せて剣を降っていれば、確実に命はなかっただろう。
2年越しの事実に脳が震える。
「三位以降の魔人については──」
エリカの話を最後まで聞いた一行は、感謝を伝えた後王都に向かうことを決意する。
王都に向かうことになったのは、ミカエラ、キリヒト、ユズル、ユリカの4名。
エリカは村に残ることとなった。
とはいえ不安は残る。
エリカが人間に戻った理由は分からず、一時的に魔人化が解かれただけで再び魔人化する可能性だってあった。
もしエリカが魔人化したら。自我を失い人を襲ったら。
果たして自我を失った魔人エリカを、残されたフォーラ村騎士団だけで止めることは出来るのだろうか。
「禁忌魔法の書では、魔人化を抑えるために愛する者との口付けが有効だと書かれています」
ユリカがそう助言する。
実際この行為に何度も助けられた。
病は気から、愛の魔法には確かに効果があった。
「そういえばエリカさんはティアナさんの母親なんだよな?ならお父さんは?」
単純な疑問を投げかける。
が、言ったあとで失言だと後悔した。
フォーラ村で過ごした数週間、一度も話に出てこなかったことが答えだ。
と思っていのだが。
「……夫はまだ生きてるわ」
エリカさんの口から出た答えは意外なものだった。
その言葉が意外だったのはユズルだけじゃない。
キリヒトも、ティアナも全員呆気にとられ困惑していた。
「夫はティアナが物心着く前にこの村を出た。彼は発明家で、この村は彼に合わなかったのでしょう。移動商人について行き、隣村のファクト村に向かった」
「そして、」とエリカが続ける。
「ファクト村に移住して数年後、ベルゼブブの襲撃により私が失踪、フォーラ村が壊滅的被害を受けたことを知った。きっと彼の性格上、もうこの村に戻るという決断は出来なかったのね」
自分が不在のうちに起きてしまった不幸な事故。
例え自分に非がなくとも、村のピンチに次期村長の夫である自分が不在であったことは、彼を負い目を感じさせてしまった。
「真相がどうなのか、私には分かりません」
ずっと黙り込んでいたティアナが口を開く。
「お母さんはまだ、お父さんを愛してますか?」
そう、必要なのはそれだけだ。
過去も経緯も過程も必要ない。
「……当たり前じゃない」
エリカも頬を、涙が伝う。
その答えを聞き、一同は頬を弛めた。
「では、逢いに行くべきでしょう。愛する夫に」
「…………えぇ」
「ちなみに興味本位なのですが、私のお父さんはなんて名前なのですか?」
完全に雑談モードに切り替わった室内は、先程までの憂鬱な空気を一気に晴らしていった。
しかしその空気は、次の一言でかき消されることとなる。
「あなたのお父さんの名前は、アナーニ・フォーラムという人よ」
もはや言葉が出なかった。
キリヒトの恩人であり、ユズルも会ったことのある人物。
クリストロン装備を作り出し、キリヒトの第2の父親のように育ててくれた人物の正体が、自身の妻の父親だと、誰が想像できただろうか。
十数年越しに明かされた真実に、ただただ沈黙することしか出来なかった──。




