第156話 魔人エリカ
最終章開幕しました。
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最終章 生存戦争編
人間界で目を覚ましたユズル達一行は、まず最初にキリヒトへの通信を試みた。
「キリヒトは王都に向かった。もし順調に行けばもう王都に着いていてもおかしくない頃だ!」
「やってみます」
ユリカは通信魔法を使い、キリヒトとの交信を図る。
基本的に魔法は、魔力量が多ければ多いほど精度が高く、そこに素質が相まってより高度な魔法となっていく。
ユリカの場合、魔力の量も質もその辺の魔法使いとは比べ物にならない。
ユズルはユリカに全幅の信頼を置いていた。
しかし、
「……キリヒトさんが見つかりません」
「え?」
返ってきた答えは予想だにしないものだった。
「自分で言うのもなんですが、私は魔法使いの中でも右に出るものはほとんど居ないと自負しています」
それにはユズルも同意だ。
これは決して盛った話ではなく、事実である。
「私が何を言いたいか、分かりますか」
ユリカの表情を見ればわかる。
これは異例のケースであり、最悪の状況を覚悟しなければならないということだ。
(頼むキリヒト、無事でいてくれ……っ)
「エリカさんが……、魔人?」
キリヒトは今、子供の頃にお世話になった女性を前に、困惑していた。
ティアナの母であり、約20年間、行方知らずだった彼女の正体は、魔人だったのだ。
「誤解しないで欲しい。初めから魔人だったら、結界の中であんなに元気に過ごせるわけが無いでしょう?」
エリカの言う通りだった。
なら彼女はいつ魔人になったのか。
その答えは言わなくてもわかった。
「初めてベルゼブブが村を襲撃したあの日、エリカさんは魔人になったんですね」
「……ええ」
貴族階級の魔人であるベルゼブブ。
村の中に内通者がいたということもあり、次代村長になるはずだったエリカは居場所をばらされ殺された。
そのため村長の権限は孫のティアナに継承され、死体が発見されなかったが為にエリカの行方は今の今まで誰も分からなかった。
あの日ボップが、この部屋を訪れるまでは。
「この部屋は一体……」
辺りには重力に反し宙に浮く書物や、先の見えない吹き抜けの天井、そして窓が無いはずの部屋なのにまるで太陽の下にいるからのような不自然な光。
外部からの干渉を一切受けない。
明らかに異空間であった。
「私は魔王が直々に魔人にした、いわば王族階級の魔人なの」
それだけの能力が与えられていると言う意味だろう。
ならなぜエリカさんは魔人でありながら王都に、それも王城の中にいるのだろうか。
「私に与えられた使命は、王を洗脳し悪魔を甦らせること。でも、それは失敗に終わった」
ユズルと、そしてボップの手によって計画は白紙に戻され王族階級としての立場を失った。
今自分が生きているのは、魔王が自分を脅威だと思っていないからだ。
「役目を失い、地位を失い、そして自分の娘と共に歩む未来さえも、失った……」
エリカの表情は悲しみに歪む。
が、その目は一切揺らぐことがなかった。
「私はもう、泣くことさえできない。魔人としての力も誇りもない。ただ、魔王が死ぬその日まで意味もなく生かされているだけの存在……」
エリカが欲している言葉を、キリヒトは分かっていた。
だがそれを実行した時、もうキリヒトは自分の嫁に顔向けできなくなる。
愛する嫁の母親を殺すことになるのだから。
「エリカさん、俺はティアナと結婚しました」
「……」
「ティアナには、エリカさんに会いに行くと伝えてここに来ました。あなたを殺すことは出来ません」
「なら、どうするのですか?」
エリカの問に、キリヒトは1度言葉を詰まらせる。
が、無理も承知で浮かんだ唯一の案を口にした。
「一緒にフォーラ村に帰りましょう」
今からでも遅くは無い。
きっと説明すれば村のみんなもわかってくれる。エリカさんは被害者なのだから。
そう差しのべた手を、エリカは首を横に振り返した。
「さっきの、聞いたでしょう」
エリカの言う"さっきの"は、恐らく魔王の件だろう。
王都を占拠した。
そう魔王は言った。
それが意味すること、それは戦争が始まったという事だ。
きっと今も、この空間の外では戦闘が始まってるのだろう。
「魔王が勝てば、人々はより一層魔族に恨みを持つ。それに生き残れるかさえ分からない。逆に魔王が倒されれば、魔人は全員消滅し、当然私も消える……」
キリヒトは黙って俯く。
かける言葉を探すので精一杯だった。
もはや自分一人でどうにかできる問題ではない。
それでも。
「エリカさん、帰りましょう」
「……っ、今の聞いて──っ」
叫ぶエリカの手を強く引く。
突然の行動に、エリカの身体は大きく傾きキリヒトの息がかかる距離にまで接近する。
「フォーラ村に!あなたを恨んでる人なんていない!」
「──っ!」
視界を埋め尽くす、悲しみの怒りに染まった表情。
目が見開かれ、そして。
涙が零れた。
「ティアナも!村人たちも!そして俺も!誰も貴方を責めない!寧ろみんな貴方に会いたいんだよ。俺がエリカさんを探しに行くと言った時のみんなの言葉を知ってるか!」
魔人は涙を流すことが出来ない。
なのに今なぜ、自分の頬に、こんなにも熱いものが伝い落ちているのだろう。
「エリカさんを頼むって、エリカさんを連れ戻してくれって、そう言ってたんだよあいつらは!」
顔が歪む。
きっと人に見せられない顔になっているに違いない。
でも、それでも良かった。
泣くのなんて、何年ぶりなのだろう。
何度も泣きたい日があった。
何度も死にたいと思った。
でも涙は出なかった。死ぬ事も出来なかった。
でも今やっと、救われた気がした。
「だから、帰りましょう。フォーラ村に!!!」
「……うん。………うん」
その時だった。
空間がゆがみ始め、ノイズ音がなり始める。
「これは……」
「きっと、私が力を失ったから……」
エリカさんが涙を流した。
それは魔人なのに涙が出た訳ではなかった。
「エリカさん……その姿……」
「……え?」
エリカは、人間に戻ったから涙が流れたのだった。




