表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍々しき侵食と囚われの世界【最終章開幕】  作者: 悠々
第2章 結界都市陥落編
17/186

第15話-1 約束


「キリヒトー!」


 聞き慣れた声が自分の名を呼ぶ。


「……ティアナ?」


 陽気な昼下がり。

 丘の上で大樹に腰をかけるキリヒトの元へ、小走りで走ってくる少女の姿が見えた。

 金色の長髪を揺らし、手にはバケットを持っている。


「今日は風が気持ちいいわね」


 キリヒトの隣に腰をかけ、長い髪を押さえながら言う。


「そうだね、きっと春が来たんだよ」


「はる?」


「うん、お父さんが言ってたんだ。この村は気候の変化が大きい地域にあるから、一年を通して色んな呼称があるんだって」


「へぇ、でその、はる?って言うのは?」


「花が咲いて動物たちが動き出す。始まりの季節なんだって」


「私はる好きー!」


「僕も好きだなー」


 この村の住民はみんな春が好きだ。

 商業の村ならではの理由もそこにはあって。


「……ねぇ?」


「ん?」


 しばらく微睡んでいたティアナがそっと口を開く。


「キリヒトも将来、騎士団にはいるの?」


 騎士団。

 村の安全を守るために結成された集団の総称、魔獣から人々の命を守る大切な役目をになった人達のことだ。

 キリヒトの家系は代々この村の騎士団長を排出している名家であり、キリヒトも読み書きより先に剣術を学ぶほどだった。


「そうだね……」


 キリヒトが村人達から期待されているのは事実だった。

 そのせいでキリヒトは常に人との間に壁を感じてきた。

 ティアナと会うまでは。


 ティアナだけは名家の子供としててはなく、キリヒトとして自分を見てくれた。

 ティアナも代々この村の村長を務める、いわばこの村の最重要人物であるが故、キリヒトの気持ちがよくわかるのだ。

 キリヒトはそれが嬉しかった。




「……ねぇ?」


「……ん?」


 どのくらい経ったのだろうか、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 すでに辺りは夕日に包まれていた。


「キリヒトは、私の事、守ってくれる?」


「……もちろん、ティアナを一番に守るよ」


 ティアナを一番に守る。その言葉に嘘はなかった。

 それはティアナがいつか村長になるということだけが理由じゃなかった。

 キリヒトはティアナに恋していたのだった。


「それじゃあ約束ね!」


 ティアナが立ち上がり、キリヒトの前へと出る。

 夕陽を背景に、ティアナが笑ってみせる。


「私の事を守ってね、私の騎士様!」


「……うん!」


 差し伸べられたその手を掴んだその時だった。

 爆発音とともに地面が大きく揺れる。


「きゃあ!」「ティアナ!」


 咄嗟にティアナを抱きとめ、その場に身をかがめた。


「一体何が………え?」


 丘から村を見下ろすと、真っ赤に燃え盛る建物と煙が見えた。

 その規模から、ただの家事ではないことが分かる。


「なんで魔獣が結界の中にいるの?!」


「分からない!魔獣達がこっちに来る前に逃げるんだ!」


「で、でもまだみんなが……」


「そんなこと言ってる場合じゃ……っ!」


 町の方へ向かおうとするティアナの手を引き走り出す。

 が、


「きゃっ、ど、どうしたの?」


 急に立ち止まったキリヒトの背中にティアナがぶつかる。


「あ、あれ……」


 キリヒトが震える声で遠くを指さす。

 その先にあったのは、いやあるはずのものがなかった。


「結界が……まさかっ!」


「ティアナ!?」


 キリヒトの手を振り払い、村の中へと走り出す。


「どうしたんだ急に!」


「おばあさまが……っ」


 丘を駆けぬけ市街地に入ると人の悲鳴と破壊音で耳が痛くなった。

 嗅いだことも無い異臭に鼻を押さえ、息苦しさで倒れそうになる。


「ここを曲がれば!……っ!?」


 村長宅が見える大通りに出た刹那、二人の視界に映ったのは羽の生えた魔人に囚われた村長の姿だった。


「おばあちゃん!」


 ティアナが村長の元へと走り出す。


(ティアナにはあの魔人の姿が見えてないのか?!)


「ティアナ!」


 キリヒトもそれに続き走り出す。


「……子供を殺すのは好きじゃないんだがね」


 こちらに気づいた魔人の手から村長がずり落ちる。

 その瞬間、ティアナの間合いに魔人が入った。


「──あ」


「ティアナ!!!!」


 魔人が腕を振り下ろす瞬間、キリヒトはティアナに覆いかぶさった。


「っ……!」


 鈍い音が鳴り響く。

 が、


「あ……れ?」


 まるで痛みを感じない。

 恐る恐るその瞳を開けると、



「──間に合った!」



「父さん!」


「くっ!」


 目を開けた先には父さん、フォーラム騎士団長 アイバクの姿があった。

 そしてその先には右肩を抑える魔人の姿が……。


(腕がない……?)


 と次の瞬間、何かが自分の隣に落下した音がした。

 魔人の腕。

 先程まで目の前の魔人の一部だったその腕が今隣に落ちていた。


「貴様っ!」


「仕掛けてきておいて生意気だな。この村に……何より俺の息子に手を出したことを後悔させてやる」


 アイバクが剣を構える。


「はぁっ!」


「なっ!」


 先に動いたのは魔人の方だった。


(エクステンド)びる(テール)!」


(剣が伸びたっ!?)


 いや剣が伸びたのではない、変形したのだ。


「どこを狙って……」


 変形した剣、いや鞭はアイバクを避けるように伸びる。

 まるで目的がアイバクへの攻撃ではないように。


「お前が騎士団長か、ココ最近周辺の魔獣の数が急速に減っている理由がわかった」


 縮んだ鞭の先には先程切り落とされた腕が握られていた。


「誤算だ」


 そう言って鞭を剣に変形させ村長に突き刺す。


「……これで目的は達成された。あとは、継承者を……ッ!」


 すぐさまその場を後にしようとする魔人を逃がすまいとアイバクが仕掛ける。


「ピラト!」


 剣先が光り、一点に魔力が集まる。

 風の抵抗を最小限に抑え、次の行動パターンを予測した一撃。

 とても素人には想像も出来ない動きだった。

 魔人から発された謎の粉が空中に飛び散る。

 だが目眩しにしては脆すぎる。


(村長の子……ティアナの母、エリカは騎士団が既に保護済みだ。それだけでこんなにも心が楽に戦えるとは)


 魔人の表情は次第に焦りへと変わる。


(このままでは──ッ!)


 今まで戦ってきた人間は誰も心のどこかに恐怖を感じでいた。

 だか、こいつは違う。


(こいつは今までのやつとは違う!このままだと)


 殺られる。

 初めて人間に恐怖心をいだいた。

 その時点で魔人は確信した。

 もう戦えない。もう勝てない、と。

 そう分かった途端魔人は逃げの体制に入った。


 逃げる筈だった。


「え?」


 その声は魔人でもアイバクでもキリヒトでもなかった。


「ティアナ?」


 一瞬ティアナの体が光ったように見えた。

 それが何を意味しているのかキリヒトは分からなかった。

 もちろんティアナ自身も。

 だが、戦闘中の二人は顔色を変えこちらに向かってくる。


 ……悪い予感がした。


「キリヒト!ティアナを連れて逃げろ!」


 そうアイバクが叫ぶ。


「っ、ティアナ!こっちだ!」


「う、うん!」


 ティアナの腕を掴んで走り出す。

 既に村の中心部まで魔獣が侵入してきており、何度も遭遇したが、小柄な体を駆使しそのピンチを脱した。

 目指すは村外れの地下通路。

 昔から何か緊急事態が起きた時、ここに避難しろと教わってきた。

 ここなら隣村のハルク村に避難することも可能だし、一時的に身を隠すことも出来るからだ。

 その背中を追うようにしてアイバクと魔人が迫る。


「まさかあんな小娘が」


「なんでティアナが……ッ」


 通る先々で村人がアイバクに助けを求めたが、今は一刻の猶予も許されない状況だった。


(ありえない、そんな事が……)


 村長、表向きには村の代表のような人だが、それだけでは無かった。

 村長とは、結界の核を担ういわば村そのものだった。

 その継承は村長が亡くなった場合のみ行われ、確実にその子供に受け継がれる。 

 そうやってこの村も発展してきた。

 だが、村長が亡くなった瞬間ティアナの体が光った。


(あの光は、継承の光だ)


 その光は継承した事を示すものだった。

 これはありえない事だった。


(考えられるとしたら、継承するはずだったエリカが継承前に亡くなったか、それか本当に異例のケースなのか)


 エリカが亡くなった、というのは考えにくい、いや考えたくなかった。

 エリカの死は護衛に当たっていた騎士団の壊滅をも意味する。

 いづれにせよ異常事態には変わりがなかった。

 もし本当にティアナが継承者ならばこの村を捨てるという選択を強いられるかもしれなかった。

 というのも、ティアナは結界の張り方なんて知らない。

 知るはずがない。まだ無邪気な幼い子供なのだから。

 それに結界を維持できるほどの体力が彼女にあるかさえ分からない。


(もしこの村を放棄した場合、地下通路を通ってハルク村に避難する必要がある。とりあえず援護が欲しい。伝達と攻撃支援、そしてティアナ達の保護。まだどれひとつも連携が取れていない)


 あまりにも急な出来事だった為、エリカの保護までしか手が回らなかった。

 と、その時


「団長!」


 ふと通りかかった道沿いにいた団員が叫んだ。


「今、どういう状況なんですか?!」


 団員は魔人を牽制するアイバクと会話出来る距離まで近づいてくる。


「すまんが状況の説明は後だ。……急ですまないがお前に伝達と指揮を頼みたい。俺が追っているあいつが今回の主犯で間違いないだろう。村長が殺され、何故かティアナが継承した」


「なんですって?!」


「驚くのも無理はない、とりあえず俺は奴からティアナたちを逃がすのに専念する。お前は他の団員と合流次第、村人の救出に向かってくれ。最悪地下通路を使ってハルク村に避難する必要がある。可能なら地下通路を目指してくれ」


「わ、分かりました!」


「急で済まないがよろしく頼む。いざとなったらこれを」


 そう言ってアイバクは団員に信号弾を渡す。


「後のことは任せた!後ほど再会しよう!」


「はい!お気をつけて!」


 そう言って団員と別れる。


(ほんとうに申し訳ない……ッ)


 どうしたらいいか分からない団員を一人にした挙句、指揮を任せてしまった。

 彼は快く受け入れてくれたが、きっと心の中では不安と困惑でいっぱいだっただろう。

 それでも引き受けてくれた彼の有志を無駄にはしたくない。


(ならば!)


「ここで仕留める!」


「っ……!」


 いきなり距離を詰められ動揺した隙を付く。


「チェスト!」


 普通の魔獣ならこの程度で倒せるが、


「やはり一筋縄では行かないか……」


 すぐさま距離を置かれ体勢を整えられる。

 だが時間稼ぎにはなりそうだ、これを続ければ……


「なっ……」


 続けて技を放とうとするアイバクの目に、笑う魔人の姿が写る。

 そして次の瞬間、魔人の羽が開き宙へと舞いだした。


「時間稼ぎはこのくらいでよいな」


「時間稼ぎ……だと?どういう意……ッ!」


 全身が痛みだし、膝を地面につける。


「貴様……、何をした!」


 空から見下ろす魔人を睨みつける。


「なに、少しばかり毒を盛っただけよ」


「毒なんて……まさか!」


 キリヒトとティアナをかばい交戦した時、奴の羽から出ていたあの粉は……。


「安心しろ、少し痺れるだけだすぐ治るさ」


「くっ!」


 まずい、このままではティアナ達が危ない。

 アイバクは必死の力をふりしぼり立ち上がろうとするが……


「ぐあっ!」


 力を込めた瞬間体が焼けるように痛む。

 まるで焼けた鉄剣を刺されたような。


「普通の人間なら転んだだけで死ぬ程の強力な神経毒だ。例えお前でも毒の前では普通の人間と変わらん」


 そう言い残し魔人はティアナの逃げる方向に飛び立つ。


「ま、待て……」


 地面を這うようにして動こうとするが痛みで進むことが出来ない。

 と、その時だった。


「うそ……だろ……?」


 アイバクの視線の先には、体に強靭な鱗を纏う魔獣、暴龍の姿があった。

<あとがき>


シナリオや登場人物の変更は無いのですが、1~10話まで軽く編集しました。

分かりづらかった所を修正したつもりなので、もし「あの時わけわかんなかったんだよな」ってところがありましたら振り返って頂けると幸いです。

ここまで読んでくださっている皆さん、いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ