第149話 ボップの日記③
4年ぶりに日記の続きを書こうと思う。
もうこの世界にローレンスは居ない。
死んだのでは無い、だがもう彼はかえってこない。
この4年のことを、書いていこうと思う。
西の大陸から帰還した私たちを待っていたのは、囚われの日々だった。
やはり闇の精霊の目的は、例の洞穴にあった謎の水晶であった。
闇の精霊と村の人に手を出さないことを約束し、彼女に協力した。
週一で例の洞穴に赴き、水晶に掛けられた封印を解く手伝いをする。
その間ローレンスは、終始闇の精霊に敵対の態度を示した。
アルバ村に帰ってきて1年ほど経った頃、ローレンスの身体に異常が起き始める。
定期的に例の発作を起こすようになったのだ。
その度に闇の精霊が助け、ローレンスは一命を取り留めた。
ここだけ見れば良い奴に見える。
正直俺は闇の精霊を悪い精霊だとは思えなかった。 たしかに過去の彼女のことはローレンスから聞いている。聞いている時は、とんだ悪人もいたもんだと思っていたが、実際に一緒に生活しているとそこら辺にいる普通の少女と変わらないと言うのが私の感想だった。
……だから私は、油断したのだと思う。
「……なんで」
村の人々が逃げ回る。
建物が燃え、魔獣が村を蹂躙していた。
魔獣が村にいる、これが何を意味するか分かるだろう。
結界が解かれたのだ。
「グォオオオオオオオオ」
魔獣の群れをかき分け村長宅目指して駆ける。
そして村長宅の扉を開けた先に、そいつは居た。
「あら、バレちゃった?」
そこには村長の首元を掴み、笑みを浮かべた少女が1人。
「ルーナァァァ!!!!」
闇の精霊に向けて、俺はローレンスから習った剣技を放った。
ローレンス式抜刀術 壱の型 煌龍。
魔力を込めた一撃だ。
しかしその一振は、闇の精霊には届かなかった。
「絶対的な解除」
闇の精霊がそう言うと俺の剣は光を失い、失速した剣は闇の精霊の目の前を通過していった。
体勢を崩した所を、闇の精霊に撃たれ一瞬にして敗北した。
闇の精霊はトドメは刺さなかった。
ただ不敵な笑みを浮かべ、私を見下ろしていた。
「── 精霊ノ一太刀」
その時だった、ローレンスが現れたのは。
闇の精霊とローレンスがお互いを見合う。
不意に闇の精霊が腕を解き、村長を解放した。
そして虚空から、あるのもを顕現させる。
ゴツゴツした岩のような発光体。
それが何か私は分からなかった。
しかしそれを視界に入った瞬間、ローレンスが目を見開いた。
「……それを、どこで…………」
「精霊王の玉座」
闇の精霊の答えに、ローレンスはさらに取り乱した。
「玉座、だと……?馬鹿な、たどり着けるわけが……」
「いいえ、私はたどり着いた。これが何よりの証拠よ」
そう言って例の発光体に視線を向けた。
「いつから……いや、あの時か」
「察しがいいわね」
この時私は会話の内容が理解できなかった。
だが全ての事を終えた時に、理解した。
あの発光体はローレンスの核であり、辺境伯領でローレンスが発作を起こしたあの日、闇の精霊は玉座でローレンスの核を見つけた。
核を干渉されたローレンスは発作を起こし、それを救う振りをして闇の精霊は現れた。
なぜ彼女がわざわざローレンスを救ったのか、それは私に借りを作るためだった。
事実私は闇の精霊に借りを返すため、水晶の中に眠る子供の解放に協力した。
「うっ……」
ローレンスが頭を抱え、その場に蹲った。
闇の精霊に視線を向けると、彼女の手に握られていたはずの発行体が光を失っていた。
「絶対的な解除。あなたの核は、私が大切に保管しておいてあげるわ」
その言葉と共に闇の精霊の手元にあった核がすっと姿を消した。
「私の目的は達成出来たわ。今日はもう大人しく帰ってあげる」
「なんのために結界を……!」
「私は闇の精霊よ?人のマイナス感情が強くなればなるほど力を増す精霊。光の精霊を圧倒するには、それなりの絶望感情が必要だった」
私は言葉を失った。
彼女は自分のために、私利私欲の為だけに結界を解かせ、多くの人を殺し、村を危険に晒した。
それだけでなくローレンスを再起不能に追い込み、私の許可なく契約を交わし私を傀儡のように扱った。
私は間違っていた。
一瞬でも良い奴だと思った自分を呪った。
彼女が姿を消した後、私はすぐさまローレンスの元に駆け寄った。
彼は苦しんではいないものの、体はほとんど消えかけていた。
「ボップ、聞いてくれ」
彼は消えそうな声で私に語りかけた。
私はこれが最後なのだと悟った。
「私の核は闇の精霊によって効力を失い、精霊として維持することが困難となった。今から私は精霊の部分と人間の部分を分離し、人間として生きていく」
状況も相まって理解できなかった私は、相槌を打ちながらも必死に彼の言葉を一言一句残さず書き残した。
「代償として私は赤子になるだろう。もちろんローレンスや精霊としての記憶は失われる。だが、核を取り戻した暁には全てを思い出すだろう」
「もう1人の光の精霊は、名をシュバリエルと呼ぶ。私がいつも持っていたあの剣は、もう1人の光の精霊 シュバリエルだ。ローレンスとして生きてきた時私は不意にその名を剣につけたと言ったが、あれは偶然ではなく必然だったのだ。無意識に私は彼女のことを感じ取っていたのだと思う」
頭がこんがらがりそうだった。
たしかにローレンスの持っていた剣にはシュバリエルと文字が刻んであった。
それはローレンスとして生きてきた時に、無意識につけた名前だと言うが、本能的につけたるべき名を付けたのだろう。
だがローレンスは言った、光の精霊の名はカマエルだと。
それの答え合わせは、すぐにやってきた。
「私の本当の名は、光の精霊 カマエル。これを、大きくなった私に伝えてくれ」
ローレンス……いや、カマエルはもう時間がないと言った様子で、私に感謝を伝えてきた。
その後私は、生前ローレンスがこの村にいた時居候していたとある夫婦の元を訪れた。
一人の赤ん坊と、一本の剣を抱えながら。
夫婦は赤子を受け取ると優しく微笑み承諾してくれた。
そして私は全てを記した手記をその夫婦に渡した。シュバリエルという名の剣とともに。
日記帳には、更にその後のことが書かれていた。
水晶の中の赤子を解放し、ユリカという名を与え村長の元で育てることにしたという旨。
5歳になった俺が、結界を越えた旨。
その他諸々。
そして最後のページ。
そこには、ボップの思いが綴られていた。
──俺は闇の精霊を利用することにした。協力するのではなく、利用だ。俺は沢山の人を殺した。きっと地獄に落ちるだろう、だが後悔はない。ローレンスの仇は打てそうにない事だけが唯一の心残りだ。魔王がいる限り闇の精霊の力は増え続ける。おそらく俺が死ねば闇の精霊は魔族側に着くだろう。後処理をさせてしまって申し訳ない。
最後に、ユズルへ。
俺を倒すことが出来るのは限られた条件を満たした者だけだ。きっとお前の手で終わらせてくれたのだろう。辛い思いをさせてしまって本当に申し訳ない。
俺が死んだことで一気に戦況は悪化する事だろう。俺の使命は闇の精霊を足止めし、あわよくばその力を利用して魔王を討つことだった。俺を倒したお前なら、きっと魔王を倒すことができるだろう。そして改めてここで伝える──。
「ユズルさん……」
ボップの家を出るとユリカが不安そうな表情で歩み寄ってきた。
それほどまでに俺の顔が酷かったんだと思う。
日記は、次の一文で締めくくられていた。
──ユズル、君はローレンスであり、光の精霊 カマエルなのだ。
と。




